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11.オーラが微塵もありませんから
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耳元でビュンビュンと風がうなる。眼下には豊かに広がる緑一面の草原が広がり、遠く彼方にはまばゆい青の海が見える。上空から放り出された私は、すさまじい勢いで急降下していた。
「ぁぁぁぁぁあああああああああ」
ボフッ
「ぶぁっ!!」
パニックで上も下も分からなくなった次の瞬間、白いなんだかモコモコした物めがけて突っ込んでいた。しなやかな弾力性のあるそれに受け止められ、どうやら地上にぶつかってひき肉みたいになることだけは避けられたようだ。
「う、うぅ」
目を瞑ったまま何とか深呼吸すると、お日さまにたっぷり干されたお布団のような匂いが胸いっぱいに広がる。フラつきながらもようやく自分の足で大地を踏みしめると、メェメェと鳴きながら白いモコモコ達――つまり大量のひつじの群れは解散していった。
「死ぬ、死ぬかと思った」
へたりとそのまま崩れ落ちる。いわゆる挫折のポーズと呼ばれる体勢を取っていると上空からパタパタと軽い音が降ってきた。
「なかなか快適な空の旅でしたね」
「ど……こがっ」
ボムッと音を立てて、黒いコウモリが一瞬のうちに涼やかな目元の青年に変わる。タッと軽やかに降り立ったルカに向かって、私は盛大に叫んだ。
「どこが快適だっ!! あれ! あそこから放り出されるとか!」
ビシッ! と、未だ頭上を旋回する青錆び色の生き物を指差す。軽自動車よりは一回り小さいトカゲで、長い尻尾と大きな翼が生えている。
「毎度ありィ! またのご用命お待ちしてるッスよぉ!!」
やけにご機嫌な口調のオオトカゲは、チャッと決めポーズのようなものを取り魔族領の方へと戻っていった。
「ワイバーンタクシーも昨今は不況なようで、道中張り切ってましたね」
「だからって飛んでる時に一回転とか決めなくてもよくない……?」
吐きそうになりながら(どうでもいいけど今朝から吐きそうになりっぱなしだな、私)まだバクバク鳴っている心臓をいなす。よっぽど乗り心地が悪かったのかって?
うん。あのね、まず乗っていたという前提が間違い。
『不用意に動くと爪が刺さるから暴れないで下さいよぉ~!』
『~~っ!!』
『飛ばすッスぅぅぅー!!』
その強靭なツメでがっちり掴まれること三十分、私はトンビに攫われた油揚げのごとく空を飛んできたのだ。風がビュンビュンと吹き付ける中、小型竜の気まぐれでパッと離されてしまえばおしまいの状況でどれだけ生きた心地がしなかったかは想像に難くないだろう。
「もうやだ、ファンタジー世界ならホウキに乗るとかで良かったのに」
「ウィッチ運輸は足元を見て吹っ掛けてきますから。ワイバーンの方が良心的なんですよ」
手を取って立ち上がらせてくれたルカは、クリーム色のフード付きマントをふわりと着せてくれる。見た目より軽いそれは、草原の風に音もなくひるがえった。
「さぁ、あの丘を越えれば、この大陸全土のほとんどを治める大国メルスランドの首都、カイベルクが見えて来るはずです」
***
首都カイベルク。
大きなお城を取り囲むようにして広がる城下町で、街全体をぐるりと取り囲むように城壁が張り巡らされている。その城壁は高さが十メートル以上、幅が数メートルもあり、今日みたいな天気の良い日は上を歩けるよう一般市民に解放されている。だが一たび有事ともなれば弓兵がズラリと並び容赦なくビシビシと矢を射るそうだ。たとえばそう、魔族が攻めてきた時なんか。
(バレませんように! バレませんように!)
その城壁の東門、うす暗い通路をくぐりながら門番さんの横をできるだけ固くならないよう通り過ぎる。手に持った鋭い槍が目に入って冷や汗が背中を伝うのを感じたけれど、何事もなく街中に入る事が出来た。ホーッと息をつきながら胸を撫でおろす。
「呼び止められるかと思った~」
「ご心配なく、主様を見て魔王だと思う人はまず居ないですよ」
「そう?」
「オーラが微塵もありませんから」
「……え」
微妙に引っかかるものを感じたのだけど、街中の賑やかな様子にそんなこと一気に吹き飛んでしまう。
「おぉぉ!」
そこに広がるのはまさに中世ヨーロッパ系ファンタジーの世界だった。明るい色の目をした人々が生き生きとした表情を浮かべながらレンガ敷の通りを行き交い、通りの店先を覗いていく。着ている服も丈の長いロングスカートだったり、チュニックに腰巻をつけたスタイルだったり……なんていうんだろう? コスプレのような不自然さがまったくないのだ。
「ここは商業区。カイベルクは街道の交差点でもあり、各地からたくさんの物が集まる流通の街でもあるんです」
売っている物も樽に突っ込まれた長剣だったり、木箱に入れられたリンゴだったりで近代的な要素はまったくない。異世界だぁぁ
「人通りも多いですからはぐれないよう――主様?」
「ぁぁぁぁぁあああああああああ」
ボフッ
「ぶぁっ!!」
パニックで上も下も分からなくなった次の瞬間、白いなんだかモコモコした物めがけて突っ込んでいた。しなやかな弾力性のあるそれに受け止められ、どうやら地上にぶつかってひき肉みたいになることだけは避けられたようだ。
「う、うぅ」
目を瞑ったまま何とか深呼吸すると、お日さまにたっぷり干されたお布団のような匂いが胸いっぱいに広がる。フラつきながらもようやく自分の足で大地を踏みしめると、メェメェと鳴きながら白いモコモコ達――つまり大量のひつじの群れは解散していった。
「死ぬ、死ぬかと思った」
へたりとそのまま崩れ落ちる。いわゆる挫折のポーズと呼ばれる体勢を取っていると上空からパタパタと軽い音が降ってきた。
「なかなか快適な空の旅でしたね」
「ど……こがっ」
ボムッと音を立てて、黒いコウモリが一瞬のうちに涼やかな目元の青年に変わる。タッと軽やかに降り立ったルカに向かって、私は盛大に叫んだ。
「どこが快適だっ!! あれ! あそこから放り出されるとか!」
ビシッ! と、未だ頭上を旋回する青錆び色の生き物を指差す。軽自動車よりは一回り小さいトカゲで、長い尻尾と大きな翼が生えている。
「毎度ありィ! またのご用命お待ちしてるッスよぉ!!」
やけにご機嫌な口調のオオトカゲは、チャッと決めポーズのようなものを取り魔族領の方へと戻っていった。
「ワイバーンタクシーも昨今は不況なようで、道中張り切ってましたね」
「だからって飛んでる時に一回転とか決めなくてもよくない……?」
吐きそうになりながら(どうでもいいけど今朝から吐きそうになりっぱなしだな、私)まだバクバク鳴っている心臓をいなす。よっぽど乗り心地が悪かったのかって?
うん。あのね、まず乗っていたという前提が間違い。
『不用意に動くと爪が刺さるから暴れないで下さいよぉ~!』
『~~っ!!』
『飛ばすッスぅぅぅー!!』
その強靭なツメでがっちり掴まれること三十分、私はトンビに攫われた油揚げのごとく空を飛んできたのだ。風がビュンビュンと吹き付ける中、小型竜の気まぐれでパッと離されてしまえばおしまいの状況でどれだけ生きた心地がしなかったかは想像に難くないだろう。
「もうやだ、ファンタジー世界ならホウキに乗るとかで良かったのに」
「ウィッチ運輸は足元を見て吹っ掛けてきますから。ワイバーンの方が良心的なんですよ」
手を取って立ち上がらせてくれたルカは、クリーム色のフード付きマントをふわりと着せてくれる。見た目より軽いそれは、草原の風に音もなくひるがえった。
「さぁ、あの丘を越えれば、この大陸全土のほとんどを治める大国メルスランドの首都、カイベルクが見えて来るはずです」
***
首都カイベルク。
大きなお城を取り囲むようにして広がる城下町で、街全体をぐるりと取り囲むように城壁が張り巡らされている。その城壁は高さが十メートル以上、幅が数メートルもあり、今日みたいな天気の良い日は上を歩けるよう一般市民に解放されている。だが一たび有事ともなれば弓兵がズラリと並び容赦なくビシビシと矢を射るそうだ。たとえばそう、魔族が攻めてきた時なんか。
(バレませんように! バレませんように!)
その城壁の東門、うす暗い通路をくぐりながら門番さんの横をできるだけ固くならないよう通り過ぎる。手に持った鋭い槍が目に入って冷や汗が背中を伝うのを感じたけれど、何事もなく街中に入る事が出来た。ホーッと息をつきながら胸を撫でおろす。
「呼び止められるかと思った~」
「ご心配なく、主様を見て魔王だと思う人はまず居ないですよ」
「そう?」
「オーラが微塵もありませんから」
「……え」
微妙に引っかかるものを感じたのだけど、街中の賑やかな様子にそんなこと一気に吹き飛んでしまう。
「おぉぉ!」
そこに広がるのはまさに中世ヨーロッパ系ファンタジーの世界だった。明るい色の目をした人々が生き生きとした表情を浮かべながらレンガ敷の通りを行き交い、通りの店先を覗いていく。着ている服も丈の長いロングスカートだったり、チュニックに腰巻をつけたスタイルだったり……なんていうんだろう? コスプレのような不自然さがまったくないのだ。
「ここは商業区。カイベルクは街道の交差点でもあり、各地からたくさんの物が集まる流通の街でもあるんです」
売っている物も樽に突っ込まれた長剣だったり、木箱に入れられたリンゴだったりで近代的な要素はまったくない。異世界だぁぁ
「人通りも多いですからはぐれないよう――主様?」
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