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172.記憶の書庫

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 その後、どうして屋上から落ちかけていたのかを説明して、改めて二人で調査することにした。軽々と塀を乗り越えたラスプは狭い足場に立ち例の六芒星に触れる。

「うぉっ」

 すると、微かなヴォン、という音を立てて一部の壁が消失した。私も手を借りながらその前に降り立つ。見ればどこかへ繋がる隠し通路が出現していた。一歩足を踏み出すと自動感応型らしい青緑色の光が足元にポッと灯る。先を進むラスプの背に隠れるようにして私も後をついていった。

「しかし、なんだって敵国の仕掛けがこんなところにあるんだ。お前の部屋の裏辺りだろ、このへん」
「あのマークはメルスランドの物だったけど、人間が魔族に見つからずにこんな大がかりな仕掛けを作れるものなの?」
「だよな、普通のニンゲンじゃ屋上にたどり着くことすら無理そうなものだが……」

 謎は深まるばかりだ。エリック様はこの先に誰かいるような事を言っていたし、その人(?)がこの仕掛けを作った張本人なんだろうか。一体この先に何が待ち構えていると言うんだろう。

 ドキドキしながら進んでいくと、突き当りに一枚の扉が現れた。人一人がようやく入れそうな幅の狭い扉だ。ラスプが慎重にノブを握り押し開ける。パァッと明かりがついていくにつれ、部屋の全貌が明らかになった。

「書庫?」

 そこにあったのは穴蔵のようなこじんまりとした部屋だった。入り口と向かい合うようにどっしりとした机と椅子が設置され、壁三面の棚には古そうな本がびっしりと詰め込まれている。あ、待って、振り返ると入り口の面にも棚がある。だけどそこに入れられていたのは本ではなかった。

「これ、記憶の……」

 ズラリと並べられた小瓶を一つ手に取る。中で細かい泡がはじけているトロリとした液体は、ルカが私に飲ませようとしていたアキュイラ様の記憶だった。

「どうしてこれがここに」

 横からラスプが覗き込もうとした時、私たちの背後から涼やかな声が上がった。

「わたしがこうしてあなたの前に出現しているということは、彼はやはり道を違たがえてしまったのですね」

 私たちは弾かれたように振り返る。いつの間にかそこに出現していた人物は、この世の物とは思えないほど美しい女性だった。

 滝のように足元まで流れ落ちる水晶色の髪、どこか妖精めいた愛くるしさを秘めた顔立ち、遠浅の海のように澄んだ水色のまなざしは星の光でも宿しているかのように煌めいている。背は私より少し低いぐらいで少女と呼んでも差し支えのないくらいの年齢だ。

「アキュイラ……」

 あっけに取られたようなラスプの口から彼女の名がこぼれる。私は思わず指をさしながら二人を交互に見比べる。こ、この人が!?

「え、だって肖像画と全然違くない? 私が見たのはもっと年上で、黒髪で、黒目で」
「この見た目だと舐められるからって、アキュイラは自身に目くらましの魔術を掛けていたんだ。オレたち幹部の前ではこの姿だった」

 確かに、これじゃ魔王というより天使と言った方がしっくりくる。よく見ると、彼女は若干透けていて向こうの棚が透過して見えていた。もしかして実体じゃない?

「あの、初めまして、私はあなたの後を継いで魔王をやらせて貰ってる――」
「わたしはかつてこの地で魔王の称号を冠していたアキュイラ……アキュイラ・エンデと申します」

 こちらの話をさえぎるように、アキュイラ様は胸元に手をあてて丁寧に自己紹介をする。ふしぎに思って彼女の目の前で手を振ってみたが何の反応も示さずに空を見つめている。

「もしかしてこれ、録画された映像みたいな物なのかな」
「この目の前にいる『あなた』が誰なのかは分かりませんが、どうか真実にたどり着く事が出来るよう、わたしは心の底から神に祈りを捧げています」

 彼女はまるで敬虔な信者のように目の前で両手を組んで祈りの形をとった。驚くことに、私はこの姿に見覚えがあった。

「私、この子みたことある」

 ライムと一緒に城の七不思議探索ツアーの時に見かけた女の子だ。リカルドのでっち上げではなく、本物のユーレイを見てしまったと勘違いしたあの時の。

 それをラスプに向かって説明していると、アキュイラ様の映像が「あー」と、話に割り込んできた。

「ごめんなさい、もしかしたら出現座標がズレて城のどこかに誤作動で出現していたかも……」
「ふぉ!?」

 まさかそっちから反応が来るとは思わず、ヘンなポーズを取りながらのけぞってしまう。そんな私とは反対に、隣のラスプはどこか嬉しそうな顔をしながら尋ねた。

「会話できるのか?」
「聞こえた単語を拾って、それを質疑と仮定して自動で反応しているだけなの。急いで魔術を組んだからもしかしたら的外れな答えを返しているかもしれないけど」

 なるほど、これがエリック様が言っていた例のシステムってやつだったのね。感心しながら私は独り言をつぶやく。

「しかしこれって現代で言うAIシステムじゃない。まさか異世界でお目に掛かれるとは……」
「……ごめんなさい、その問いに対する答えは用意していないわ。別の形で質問して貰えるかしら?」
「うわっ、ますます人工知能っぽい返し!」
「……ごめんなさい、その問いに対する答えは用意していないわ。別の形で質問して貰えるかしら?」

 同じ繰り返しをされてしまうと、やっぱりこれは映像なのだと悲しくなってしまう。ラスプなんか明らかにしっぽが下がっちゃってるし。

「えぇと、それじゃエリック様がここの事を知っていたのはどうしてですか?」

 そんな空気を打ち破るように私は質問をする。反応を模索中の彼女が口を開く前にとキーワードを追加していく。

「それに入り口にあったマークはメルスランドの物だった。アキュイラ様、あなたもしかして――」

 私だって何も考えずにただここまで来たわけじゃない。この場に居たのがアキュイラ様だったことで、私の中で浮かんだ仮説がどんどん真実味を帯びて来てしまう。

「人間、なんじゃないですか? それもメルスランド軍の」

 生身だったならそこで少し躊躇するのだろう。だけど決められた通りの反応を示すプログラムは即座に答えを返してきた。

「エリックの名を出すということは、彼がこの場所の事を教えたのかしら。それとも、あなたの「今」は、すでに勇者と魔王は代替わりしていたりする?」

 それに答えようとする前に、映像はまだ続いていた。胸に手をあてたアキュイラ様はハッキリと宣言する。

「そう、あなたの言う通り私はただの人間。リヒター王より|終わらせる者(エンデ)の名を与えられ、栄光(グロウリア)の名を持つ勇者に倒されるためだけに作られた『魔王』なのです」
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