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121.困った時のおまじない

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 憤慨するオットーの荷車を見ると、荷台にかけられた茶色い麻布の下から黒っぽい葉がヒラヒラと二、三枚落ちた。間違いない、セニアスハーブだ。

「な、なんなんだよ、税関は通ったぞ。おたくの国で作られたものじゃないし税金はかかんねぇんだろ? 売れなかったから持って帰るだけだっての」

 警戒するような眼差しを向けているオットーに、私はこれまでと同じ質問を投げかける。

「ちょっと話を聞きたいだけなの。そのセニアスハーブってどこで仕入れた物? どんな人から買い付けたの?」
「、どんなって、フツーの商人だよ。俺がいつも使ってる仕入れ問屋で注文しただけだって」

 本当に見逃しそうなほど一瞬、彼は息を呑み込んだ。この世界に来てからだいぶ磨かれた直感が私に告げた。この人、何か知ってる。

「ちゃんとまっとうな問屋だよ、カイベルクの食料横丁の外れにある。なぁもういいだろ、これから人と会う約束があるんだ」

 話は済んだとオットーは再び荷車の持ち手を上げてしまう。あぁぁ、ここで逃すのは惜しい。けどこっちに拘束力は無いし、どうしよう。

(体に直接聞いてみましょうか?)
(それはまずいって、拷問したなんて知られたら今度こそ何を書かれるか――ん?)

 手首をゴキッと鳴らす過激派を止めようとした時、貰ったメモがひらりと落ちる。あれ? 気づかなかったけど裏側にも何か書いてある。自分の似顔絵だろうか、妙に上手いイラストのペロが吹き出しで『困った時のおまじないだヨ』と、言っている。

「えぇと、オットー→『キャラバットのフンとシジマネズミの毛皮』」

 何気なく読み上げた単語に、帰りかけていたオットーが固まる。静止した彼のこめかみに、見てわかるほどじわぁと冷や汗がにじみ出した。……怪しい。

「おや、心当たりがあるようですね」

 まるで『全て知ってるぞ』と言わんばかりに、こういったカマかけを十八番とするルカが私からメモを抜き取って薄く笑う。うわぁ、始まったぞ独壇場。しばらく目を細めていた吸血鬼は唐突にこんな事を言い出した。

「先ほどより顔周りの表面温度が0.五度上昇。呼吸回数が増え、脈拍はテンカウントで二十三弱――つまり心拍数・百三八にまで到達しています」
「なっ、んでそんなこと!」
「わかるか。ですか? 吸血鬼の観察眼を舐めないで頂きたい。このくらい朝飯前ですよ」

 一瞬だけ赤く光るルカのまなざしにオットーはギクリと身をすくませる。見ているこちらが哀れになってくるほど滝のような汗が流れ始めた。

「我々もこのような無粋な脅しはしたくありません。ですが、しらを切り続けるというのなら仕方ありませんよね。『キャラバットのフンとシジマネズミの毛皮』の件だけだと思わない方が賢明ですよ。これらはほんの触りだと『彼』は言っていましたから」
「彼?」

 怪訝そうな顔のオットーだったけど、爽やかさ全開の笑みを浮かべたルカの次の言葉に震え上がった。

「えぇ、紫色の悪夢を見たいですか?」
「むらさっ……!? まさか、アイツか!? うわぁぁあああ!!!」

 この世の終わりみたいな声を上げて膝から崩れ落ちる茶ブロッコリー。ガクガクと震えながら頭を抱えるサマは――って、何者なんですかねぇウチの査定委員長は。

「マジかよ、嘘だろ……やべぇよ……近頃見ねぇと思ったらなんでハーツイーズに……」
「さて、貴方の知っている情報をすべて吐き出してもらいましょうか」
「言う! 言うからアイツだけにはどうか! 俺はまだこの道で生きて行きたいんだ!」

 どうやらオットー氏、ハーブや香辛料を運ぶ他にロクでもない事に手を染めている様子。まぁ、それは今回関係ないから目をつむるとして……人目の少ないところに移動した私たちはようやく有力そうな情報を手にすることができた。

「で、何だっけか、セニアスハーブについて? 何の目的かは知らねぇが、このハーブをこの国に大量投入させたいヤツは確かに居るみたいだな」
「と、言いますと?」

 そこらへんの木箱に浅く腰掛けたオットーは、片手を広げて話を続ける。

「七月の半ばだから、えーと今からひと月ちょい前くらいか? 行商人仲間から『うまい儲け話がある』って誘われたのよ。まぁ話ぐらいなら聞いてやるかと集合場所の酒場に行ってみたら、同業者が数グループ集められててな。あ、そのメモ貸してみ? こいつと、こいつと――あとコイツも居たな」

 ペロリストにピッピッと印をつけて告発していくオットー。話すと決めたらずいぶんと潔いわね……あ、今ちょっとニヤッとした。私怨相手のいい情報でも拾ったのかしら。

「でだ、待てど暮らせど誰も現れない。一杯喰わされたかと帰ろうとした時、ようやくご依頼主さんが登場したんだがこれがまたうさん臭くてよぉ、頭からすっぽりフードかぶって顔が見えないようにしてやんの」
「その時、依頼相手の素性を確かめようとはしなかったの?」

 私だったらそんな怪しい人からの仕事請けたくない。ところがオットーはカラカラと笑って手を振った。

「おいおい、余計な詮索してたらこの業界じゃ喰ってけねぇって。国王サマには分からん苦労だと思うがね」
「我らが王をそれ以上侮辱するのは赦しませんよ」
「おっとと、失礼。悪気はねぇんだ、おいそんな睨むなって」

 すっかり饒舌になったオットーは「どこまで話したっけか?」と、頭をバリバリ掻きながら話をつづけた。

「そうそう、で、その『おいしい仕事』ってのが本当に好条件でよ。タダ同然で譲って貰ったセニアスハーブをハーツイーズに大量に持ち込んで売りさばけって内容でな」
「!」

 人間領にしか存在しなかった嗜好品は、やっぱり意図的に持ち込まれたものだったんだ。建国して以来、この国には大量の物資が次々と運び込まれている。その中にまぎれて大量投入し、充分に蔓延したところであの記事を打って国内での私のイメージダウンをさせた? 黒幕が狙ったのはこんなところだろうか。

「正体はわからんが、ありゃかなりの富豪がバックに着いてるぜ。口止め料も入ってたがそれを差し引いてもたんまり貰えて……あ、今さらだけど俺から聞いた話だってのは伏せてくれよ?」
「えぇ、その情報が真実でさえあれば秘匿しますよ。真実であればね」

 含みのあるルカの言い方に、オットーはうへぇと小さく声を漏らした。

「脅すない、俺だっておたくらを騙すほど抜けちゃいないさ。あの紫野郎から情報が流れたら仲間から干されちまうからな」

 とはいえ、彼が持っている情報は本当にこれだけのようだ。これ以上隠している様子もないし、ようやくオットーは本国へと帰っていった。その後ろ姿を見送りながら私たちは意見を交換する。

「おそらくオットーとその場にいたという数人の行商人は、セニアスブームの火付け役として選ばれたのでしょうね。黒幕と接触があったのは初回だけで、その後は自主的に運び入れていたのでしょうが」
「あの売れ残りの山を見たらね。今も繋がっているのであれば、あの記事が出た時点でセニアスハーブが産廃になっちゃうのは分かることだし」
「演技だとしたら大した念の入れようですが。まぁ見た感じそれもないでしょう」

 そこまで言ったルカに、先ほどのやりとりが引っかかる。

「そういえば見ただけで表面温度が分かるってほんと?」
「まさか、ヘビじゃあるまいし。ハッタリですよ」
「だと思った」

 黒幕と接触のあった行商人は数人浮かんできた。ここから辿っていけば何か分かるかもしれない。リストを眺めていたルカは次なる手を提案した。

「ここまで絞り込めれば十分でしょう。先ほどのオットーも含め、ここから先は私の保険会社を使って彼らの家族・交友関係・プライベートに至るまでできる範囲で調査してみます。顧客に居たかもしれません」
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