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13-決戦
143.少女、潜伏する。
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澄み渡る空はどこまでも深い青に包まれていた。
ホールの中央で佇むイニは、昔の事を思い出していた。そう、ユーナに出会ったあの運命的な日を。あの日も確かこんな風に澄んだ青い日で――
「!?」
物思いに老け込もうとした瞬間、すさまじい破壊音がホールに響き渡った。
もはや音の暴力と呼んでも差し支えないレベルだ。衝撃波で天上付近にビシッと亀裂が入る。
「な、なんだ!」
目を見開き振り返ればホールの入り口は見るも無残に破壊され、透明なガレキがパラバラと崩れ落ちているところだった。
舞う土煙の中、小柄なシルエットがバージンロードの上をこちらに向かって歩いてくる。やがて姿を現したその人物は、不敵な笑みを浮かべながら腰に手を当てた。
「そこまでだ変態ストーカー、悪いがそこの花嫁を奪いに来たぜ!」
勇ましくこちらを指す少年は黒い瞳に強い光を宿らせていた。
見覚えのある、できれば二度と見たくなかったその面にイニは身構えた。
「ユート! やはり現れたな、君だって姉であるユーナを復活させたいだろう!? なぜ邪魔をする!」
「へっ?」
一瞬面食らったユーナだったが、思い出したかのように自分の顔を触るとひどく重いため息をついた。
「そうだ、これ優斗をモデルに作ったんだっけ……」
「何をブツブツ言っている!」
その音声を『とある所』で聞いていたニチカは首を傾げた。身動き一つできない場所なので気持ちだけだが。
「ユートって誰だろう?」
「初めて聞く名前だな」
頭の後ろで響く低い声にギクリとし、少しでも遠ざけようと身を捩る。
「ねぇ、もうちょっと離れられないの? こんな密着してたら苦しいんだけど」
「仕方ないだろう、作戦開始まで我慢しろ」
「ヘンなとこ触らないでね!?」
「馬鹿が、俺だってさすがに『こんな場所』でそんな気は起きん……」
その『こんな場所』に押し込められたのを思い出したニチカはワッと顔を覆って泣き出したくなった。
「誰よこんな作戦考えたのは!」
肩をすくめたユーナは半笑いを浮かべながら首を振った。
「やれやれ、がっかりだよ。あんなに愛しい愛しいって耳にタコができるほど言われた恋人にそんなこと言われるだなんて」
「……?」
スッと目を閉じた彼女は自身の魂にかけていたカモフラージュを解除した。圧倒的なオーラがローブの裾をふわりと浮き上がらせる。
身構えていたイニのクリスタルの瞳が見開かれ、その手から魔導球が零れ落ちた。
「やぁダーリン、地獄の底から舞い戻ってきてやったぜ」
あんなに会いたいと、取り戻したいと思った魂が目の前に在る。
ぶわりとこみ上げた涙を流しながら、神はその手で抱きしめようと駆け寄ろうとした。
「ユーナ!」
「おっと動くな!」
鋭い静止に思わず足を止める。突きつけた指の先に見えてきたのは凍えるように冷たい女神のまなざしだった。
「お忘れのようですけど? キミずいぶんとやらかしてくれたみたいじゃないか。僕、そーとートサカに来てるんだよ」
「ユーナ! 早くそんな人形からは出てこの身体に戻っておいで! 喜んでくれ、器も用意したんだ!!」
ニチカから奪った『器』を掲げたイニは幸福感に満たされていた。
本当の事を言うと、魔導球で引っ張ってもユーナの魂を呼び出せないかもしれないと不安で仕方なかったのだ。
だが現実はどうだ、彼女は自ら戻って来た上に自分のことをダーリンと呼んでくれた。やはりユーナも私の元へ帰ってきたかったのだ。愛されている、私は愛されている!
ところが彼女は悪鬼のような表情を浮かべたかと思うと足元をダンッと踏みつけた。
「まぁ嬉しい! 私のために頑張ってくれたのね。――なんて言うとでも思ったか、このばっかやろおおお!!」
きょと、とした顔のイニに向かってユーナはまくし立てた。
「僕が戻るわけ無いだろ! いいか? 僕は僕そのものを愛して欲しかった。たとえ闇属性だとしても、こんなホムンクルスの身体だとしても、ユーナという魂そのものをキミに愛して欲しかったんだよ」
ほとんど答えに近い言葉にも、イニは疑問符を飛ばすばかりだった。
「なにを怒っている? 私は君本来のこっちの姿が好きなのだが」
「っっンな金髪が、僕と呼べるかぁぁーっ!!」
業を煮やしたユーナが闇の矢を放つ。だが一直線にイニへと向かっていた矢は、彼から数メートル離れた空中で砕け散った。
「……ご丁寧にシールドまで張ってるってか」
イニはワケの分からない言い分をする恋人に苛立っていた。落ちていた魔導球を拾い上げ低く告げる。
「戻るんだユーナ、手荒な真似はしたくない」
「お断りだね、少なくとも一人の女の子を犠牲にしてまで戻ろうとは思わない」
「戻れ!」
「嫌だ!」
ユーナが両手をバッと水平に構えると、寄り添うように精霊たちが出現した。
「ゆかいなしもべ軍団たちよ――」
「「「「応っ」」」」
「主たる僕が命じる。あのスカした勘違い男をシールドから引きずり出すぞ!!」
精霊たちが光にほどけ、ユーナの手の中に集束する。
本来ならば反属性同士で打ち消しあうはずなのだが、ユーナの闇の魔力を主軸に置くことで奇跡的なバランスを保ったまま四大精霊の膨大なエネルギーは加速度的に増して行く。
それが限界に達したとき、ユーナは目を見開き両の手のひらを力いっぱい前へと押し出した。
『エンシェント・クリア!!』
ググッと反動するような感覚が手の中に生まれ、間髪入れずに虹色のエネルギー球が撃ち出された。かつて地上で旅をしていた時編み出した最終奥義が、イニのシールドに着弾する。
キィ……ジジジジジジジ!!
甲高いベルにも似た音が激しく鳴り出した。
耐久力と破壊力が競り合い、余波で辺りの装飾品が吹き飛ぶ。そして――
「無駄だ!」
パン!という破裂音と共に、ユーナ達の放ったエネルギー球が弾け跳んだ。
ダメージを負った精霊たちが投げ出されドサリと落ちる。精霊たちとリンクしていたユーナも膝を着いた。彼女は信じられないような表情で傷一つ負っていないシールドを見つめる。
「……嘘だろ」
「はははは! その技に対抗できるように魔耐久力を限界まで引き上げたのだ! もうお前らに出来ることなど何もないッッ」
余裕の笑みを浮かべるイニは、こう続けた。
「その技で想定していたのはニチカ君の劣化版だったがな。オリジナルの君が撃ってきたのは多少ヒヤリとしたが何とかなったようだ」
「……」
「さぁ! 引き剥がすぞ!」
イニが魔導球を掲げ光りだした瞬間、ぞわりと魂が強烈に引き寄せられるのを感じた。
「う、うあぁぁぁ!!!」
「親和性の高い君本来の肉体、近しい精霊たちのエネルギーを集めた魔導球、そして気高い思想の器。分はこちらにある、抵抗しても良いがその分だけ苦しくなるぞ」
「っぐ、ぁぁ……!」
バリリと強制的に引き剥がされるような痛みが魂を貫く。壮絶な眼差しでにらみつけながらユーナはハッと短く息を吐いた。
「あんまりあの子を甘く見ない方がいい……」
「それはニチカ君のことかね? あぁ、わかっているさ。今も機会を狙ってどこかに潜んでいるんだろう?」
「今だ!」
ユーナが叫んだ瞬間、ヒビの入った天上からボロリと何かが剥がれ落ちた。
『隠れ玉』の成分をしみこませた布をかなぐり捨て落ちてくるのは、黒い竜に乗ったニチカとオズワルドだった。
「イニ――ッ!!」
捨て身の特攻覚悟で落ちてくる。それを見上げた神は空いている方の手を掲げ口の端をつり上げた。
「先ほどからこちらを狙っていたのは気付いていたさ! そこだ!」
シールドの内側から光のレーザーが放たれる。それを避けようとしたヴァドニールは左の翼膜を穿たれバランスを崩した。
「っ、撃って!」
苦しげに小さく鳴いた黒竜が、落ちていきながら最後の力を振り絞り口から業火球を吐き出す。だが痛みで狙いが外れたのか、妙な軌道を描いたそれはあらぬ方向へと飛んで行った。
「ハハハハ! これで終わりか? 奇襲をし掛けたつもりだったのだろうが、姿を見せない時点で警戒されていたことに気付くべきだったな!!」
フロアに墜落した黒竜から師弟が転がり落ちる。床にペタンと座り込んだニチカは荒い息をつきながら俯いていた。その側で倒れる男からはじわりと赤い血が滲み出している。
「さぁユーナ! もう邪魔するものは居ない、私の元へ来い!」
静まり返ったホールの中で勝ち誇った声が響く。
それが収まった瞬間、カチャリと言う金属音がイニの 後ろから 鳴った。
「な――」
予想だにしない角度からの音に弾かれたように振り返る。
まっすぐな黒い瞳を向けるニチカが、ディザイアを構えて立っていた。
ホールの中央で佇むイニは、昔の事を思い出していた。そう、ユーナに出会ったあの運命的な日を。あの日も確かこんな風に澄んだ青い日で――
「!?」
物思いに老け込もうとした瞬間、すさまじい破壊音がホールに響き渡った。
もはや音の暴力と呼んでも差し支えないレベルだ。衝撃波で天上付近にビシッと亀裂が入る。
「な、なんだ!」
目を見開き振り返ればホールの入り口は見るも無残に破壊され、透明なガレキがパラバラと崩れ落ちているところだった。
舞う土煙の中、小柄なシルエットがバージンロードの上をこちらに向かって歩いてくる。やがて姿を現したその人物は、不敵な笑みを浮かべながら腰に手を当てた。
「そこまでだ変態ストーカー、悪いがそこの花嫁を奪いに来たぜ!」
勇ましくこちらを指す少年は黒い瞳に強い光を宿らせていた。
見覚えのある、できれば二度と見たくなかったその面にイニは身構えた。
「ユート! やはり現れたな、君だって姉であるユーナを復活させたいだろう!? なぜ邪魔をする!」
「へっ?」
一瞬面食らったユーナだったが、思い出したかのように自分の顔を触るとひどく重いため息をついた。
「そうだ、これ優斗をモデルに作ったんだっけ……」
「何をブツブツ言っている!」
その音声を『とある所』で聞いていたニチカは首を傾げた。身動き一つできない場所なので気持ちだけだが。
「ユートって誰だろう?」
「初めて聞く名前だな」
頭の後ろで響く低い声にギクリとし、少しでも遠ざけようと身を捩る。
「ねぇ、もうちょっと離れられないの? こんな密着してたら苦しいんだけど」
「仕方ないだろう、作戦開始まで我慢しろ」
「ヘンなとこ触らないでね!?」
「馬鹿が、俺だってさすがに『こんな場所』でそんな気は起きん……」
その『こんな場所』に押し込められたのを思い出したニチカはワッと顔を覆って泣き出したくなった。
「誰よこんな作戦考えたのは!」
肩をすくめたユーナは半笑いを浮かべながら首を振った。
「やれやれ、がっかりだよ。あんなに愛しい愛しいって耳にタコができるほど言われた恋人にそんなこと言われるだなんて」
「……?」
スッと目を閉じた彼女は自身の魂にかけていたカモフラージュを解除した。圧倒的なオーラがローブの裾をふわりと浮き上がらせる。
身構えていたイニのクリスタルの瞳が見開かれ、その手から魔導球が零れ落ちた。
「やぁダーリン、地獄の底から舞い戻ってきてやったぜ」
あんなに会いたいと、取り戻したいと思った魂が目の前に在る。
ぶわりとこみ上げた涙を流しながら、神はその手で抱きしめようと駆け寄ろうとした。
「ユーナ!」
「おっと動くな!」
鋭い静止に思わず足を止める。突きつけた指の先に見えてきたのは凍えるように冷たい女神のまなざしだった。
「お忘れのようですけど? キミずいぶんとやらかしてくれたみたいじゃないか。僕、そーとートサカに来てるんだよ」
「ユーナ! 早くそんな人形からは出てこの身体に戻っておいで! 喜んでくれ、器も用意したんだ!!」
ニチカから奪った『器』を掲げたイニは幸福感に満たされていた。
本当の事を言うと、魔導球で引っ張ってもユーナの魂を呼び出せないかもしれないと不安で仕方なかったのだ。
だが現実はどうだ、彼女は自ら戻って来た上に自分のことをダーリンと呼んでくれた。やはりユーナも私の元へ帰ってきたかったのだ。愛されている、私は愛されている!
ところが彼女は悪鬼のような表情を浮かべたかと思うと足元をダンッと踏みつけた。
「まぁ嬉しい! 私のために頑張ってくれたのね。――なんて言うとでも思ったか、このばっかやろおおお!!」
きょと、とした顔のイニに向かってユーナはまくし立てた。
「僕が戻るわけ無いだろ! いいか? 僕は僕そのものを愛して欲しかった。たとえ闇属性だとしても、こんなホムンクルスの身体だとしても、ユーナという魂そのものをキミに愛して欲しかったんだよ」
ほとんど答えに近い言葉にも、イニは疑問符を飛ばすばかりだった。
「なにを怒っている? 私は君本来のこっちの姿が好きなのだが」
「っっンな金髪が、僕と呼べるかぁぁーっ!!」
業を煮やしたユーナが闇の矢を放つ。だが一直線にイニへと向かっていた矢は、彼から数メートル離れた空中で砕け散った。
「……ご丁寧にシールドまで張ってるってか」
イニはワケの分からない言い分をする恋人に苛立っていた。落ちていた魔導球を拾い上げ低く告げる。
「戻るんだユーナ、手荒な真似はしたくない」
「お断りだね、少なくとも一人の女の子を犠牲にしてまで戻ろうとは思わない」
「戻れ!」
「嫌だ!」
ユーナが両手をバッと水平に構えると、寄り添うように精霊たちが出現した。
「ゆかいなしもべ軍団たちよ――」
「「「「応っ」」」」
「主たる僕が命じる。あのスカした勘違い男をシールドから引きずり出すぞ!!」
精霊たちが光にほどけ、ユーナの手の中に集束する。
本来ならば反属性同士で打ち消しあうはずなのだが、ユーナの闇の魔力を主軸に置くことで奇跡的なバランスを保ったまま四大精霊の膨大なエネルギーは加速度的に増して行く。
それが限界に達したとき、ユーナは目を見開き両の手のひらを力いっぱい前へと押し出した。
『エンシェント・クリア!!』
ググッと反動するような感覚が手の中に生まれ、間髪入れずに虹色のエネルギー球が撃ち出された。かつて地上で旅をしていた時編み出した最終奥義が、イニのシールドに着弾する。
キィ……ジジジジジジジ!!
甲高いベルにも似た音が激しく鳴り出した。
耐久力と破壊力が競り合い、余波で辺りの装飾品が吹き飛ぶ。そして――
「無駄だ!」
パン!という破裂音と共に、ユーナ達の放ったエネルギー球が弾け跳んだ。
ダメージを負った精霊たちが投げ出されドサリと落ちる。精霊たちとリンクしていたユーナも膝を着いた。彼女は信じられないような表情で傷一つ負っていないシールドを見つめる。
「……嘘だろ」
「はははは! その技に対抗できるように魔耐久力を限界まで引き上げたのだ! もうお前らに出来ることなど何もないッッ」
余裕の笑みを浮かべるイニは、こう続けた。
「その技で想定していたのはニチカ君の劣化版だったがな。オリジナルの君が撃ってきたのは多少ヒヤリとしたが何とかなったようだ」
「……」
「さぁ! 引き剥がすぞ!」
イニが魔導球を掲げ光りだした瞬間、ぞわりと魂が強烈に引き寄せられるのを感じた。
「う、うあぁぁぁ!!!」
「親和性の高い君本来の肉体、近しい精霊たちのエネルギーを集めた魔導球、そして気高い思想の器。分はこちらにある、抵抗しても良いがその分だけ苦しくなるぞ」
「っぐ、ぁぁ……!」
バリリと強制的に引き剥がされるような痛みが魂を貫く。壮絶な眼差しでにらみつけながらユーナはハッと短く息を吐いた。
「あんまりあの子を甘く見ない方がいい……」
「それはニチカ君のことかね? あぁ、わかっているさ。今も機会を狙ってどこかに潜んでいるんだろう?」
「今だ!」
ユーナが叫んだ瞬間、ヒビの入った天上からボロリと何かが剥がれ落ちた。
『隠れ玉』の成分をしみこませた布をかなぐり捨て落ちてくるのは、黒い竜に乗ったニチカとオズワルドだった。
「イニ――ッ!!」
捨て身の特攻覚悟で落ちてくる。それを見上げた神は空いている方の手を掲げ口の端をつり上げた。
「先ほどからこちらを狙っていたのは気付いていたさ! そこだ!」
シールドの内側から光のレーザーが放たれる。それを避けようとしたヴァドニールは左の翼膜を穿たれバランスを崩した。
「っ、撃って!」
苦しげに小さく鳴いた黒竜が、落ちていきながら最後の力を振り絞り口から業火球を吐き出す。だが痛みで狙いが外れたのか、妙な軌道を描いたそれはあらぬ方向へと飛んで行った。
「ハハハハ! これで終わりか? 奇襲をし掛けたつもりだったのだろうが、姿を見せない時点で警戒されていたことに気付くべきだったな!!」
フロアに墜落した黒竜から師弟が転がり落ちる。床にペタンと座り込んだニチカは荒い息をつきながら俯いていた。その側で倒れる男からはじわりと赤い血が滲み出している。
「さぁユーナ! もう邪魔するものは居ない、私の元へ来い!」
静まり返ったホールの中で勝ち誇った声が響く。
それが収まった瞬間、カチャリと言う金属音がイニの 後ろから 鳴った。
「な――」
予想だにしない角度からの音に弾かれたように振り返る。
まっすぐな黒い瞳を向けるニチカが、ディザイアを構えて立っていた。
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