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1-ようこそ、世界へ
7.少女、支度する。
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「触んな変態女」
いつの間にか近寄ってきた男がシャルロッテの手をビシッと叩き落とす。そちらをキッとにらみつけた彼女は大げさに身をよじった。
「いったーい! なによう、こんな可愛い子独り占めしてあんな事こんな事する気でしょー、へんたーい、ひきこもり魔法オタクー」
「なっ、誰がそんなことするかっ」
「いやぁねぇ、事実だからってそんなムキにならなくても」
「っんの……!」
ニヤニヤと笑う彼女に激昂した男は、抱え込むようにニチカの首を上からグイッと押さえ込んだ。
「痛い痛い!」
「こんな色気もクソもねぇフェイクラヴァーに寄生されるようなガキ俺が相手にするとでも思ったか!? ハッ! あいにくと女なら間に合ってんだよ、何を好き好んでこんなペタコロンみたいなヤツを側に置くと思ってんだ」
「なっ……」
なんて言い草だ。ペタコロンがなんなのか検討もつかないが確実に馬鹿にされている。それだけはわかる。
「うわーん! 離してよっ、あなたにそんなこと言われる筋合いないでしょーっ」
「いてっ、引っかくな!」
その光景を見ていたシャルロッテがそれまでの表情から一転、真剣な顔をして口を開いた。
「フェイクラヴァーって、大昔の奴隷薬? 放っておくと一晩で薔薇の苗床になっちゃう。それホント?」
「え、あぁ、そうらしいです」
「だとしたら一大事じゃない。よく生きてるわね」
「えっと、その、応急処置……を、してもらいましたから」
赤くなって視線をそらすと、シャルロッテは顎に手をやり考え込んだ。
「応急処置って、どんな?」
「あのねぇー、ニチカはご主人とねー」
「あわわっ」
慌ててウルフィの口をふさぐ。ほんとにもうこの犬は無邪気で困る。あ、違う犬じゃなかった、オオカミだ。
「ってことは、まだ薔薇の種は体内にあるの?」
「はい、取り出す方法はさすがにわからなかったみたいで……」
そう言うと彼女は納得したようにポンと手を叩いた。
「あぁ、なるほど。だからオズちゃんが早起きしてるのね。これからそのフェイクラヴァーを取り除く旅に出るんでしょう?」
「えっ?」
「はぁ?」
少女の驚いたような声と、男の呆れたような声が同時に響く。そんな様子にはお構いなしにシャルロッテは喜々として荷物からいろいろと取り出し始めた。
「そうとなれば旅支度ね。あらやだ、ニチカちゃん靴はどうしたの? それにそんな薄着じゃ長旅には耐えらんないわよ。ちょっとまってね、確か厚手のケープと頑丈なブーツがあったはずだから」
「……おい」
鼻歌でも歌い出しそうな彼女に、オズの低いツッコミが入る。
「お前まさかとは思うが、この事態にかこつけて色々売りつけるつもりじゃ」
「やーねー! そんなわけないじゃない。ところでオズちゃんもその魔女ローブで外に出るつもり? ちょうどいいコートがあるんだけど」
「商売根性まるだしじゃねぇか!!」
咆える男の後ろでニチカはドキドキしていた。オズとウルフィがついて来てくれるならどんなに心強いか。何もわからない世界にたった一人で放り出されるよりは、ずっと良い。
だが男はあまり乗り気ではなかったようだ。
「断る。俺に何のメリットがある? コイツは記憶を消してそこらの街に放って終わりだ」
やはりダメか。ガクリと肩を落としたニチカだったが、シャルロッテは含み笑いをした。しなやかな指先を美しい唇にあて、ナイショ話でもするかのように声色を変える。
「じゃあここで旅に出たくなるような情報を一つあげましょうか、常連だから特別サービスよ」
「おー言ってみろ、俺は何を言われたってここを動く気はねーぞ」
「魔女協会が本格的に動き出したわ」
不敵な笑みを浮かべていた男は、その発言を聞いてピタリと真顔になった。
「なんだって?」
「当然よ、あなたの作った魔女道具が余計なトラブルばっかり引き起こして苦情が殺到してるとかなんとか……まぁそれ以外にも不穏な動きがあって、正式な免状を持たないモグリの魔女をあっちこっちで捕まえてるみたい」
何の話かさっぱりわからないニチカは、少し離れたところで深刻な雰囲気を見守っていた。魔女二人はしばらくボソボソと情報を交換していたかと思うと唐突にこちらに向かって来る。
「一般人ならともかく、魔女相手じゃこの森の結界も意味ないわよ。今すぐにでも審議官が空から降りてきても不思議じゃないんだから」
「ここの場所もバレてるってか。チッ、頭の固い連中め」
完全に目を覚ました様子の男は、目の前に来るとハッキリした声で呼びかけた。
「ウルフィ!」
「はぁい」
「しばらく家を開ける。ついてくるか?」
「もちろんですご主人さま。どこまでもお供します」
ウルフィはピシッと背すじを正しておすわりの姿勢を崩さない。普段はゆるい彼もこういった場面では主従関係をきっちり締めるらしい。
「当初の予定通りあと一時間で発つ。いつでも出られるようにしておけ。ニチカ、お前もだ」
「ラジャーっ!!」
「う、うん」
***
一時間後、一行は旅の支度を整え家の前に集合していた。ウルフィは大きな黄色いリュックを背中に背負っている。中にはたくさん詰められているのかパンパンだ。
そしてニチカはと言えば、シャルロッテに渡された装備を身につけているところだった。深紅のケープを制服の上からはおり、腕を保護するためにアームカバーをつけ、脱げてしまったローファーの代わりに頑丈な茶色いブーツを履くと旅装備はすっかり整えられた。
「いやーんやっぱり似合うわ、我ながら抜群のセンスね!」
「すごい、生地はしっかりしてるのにデザインも可愛い」
「でしょでしょー! アタシが作ったのよ!」
頑丈なだけでなく、簡単な魔除けもかけられているそうだ。さすが魔女の作ったものは違う。
ところが、ある事実を思い出しニチカは一気にしょげた。ケープの留め具を外しながら謝る。
「シャルロッテさんごめんなさい。ここまで試着しておいて申し訳ないんですけど、私ぜんぜんお金持ってないんです」
「あら、平気よ」
したり顔でニヤリとしたシャルロッテは、内緒話でもするように耳打ちした。
「お代はぜーんぶオズちゃんの請求に上乗せしちゃってるの。このくらい買ってもらいなさい、良い仲なんでしょ?」
「だから違いますってば!!」
真っ赤になりながら否定するも、魔女はカラカラと笑うだけだった。
「なーんてね、ニチカちゃん可愛いから今回だけ特別サービスよ。次回からご贔屓によろしくたのむわ」
なんて太っ腹なのだろう。胸がいっぱいになったニチカは小さくお礼を言いながら頭を下げる事しかできなかった。
「おい、この請求額はなんだ」
そしてようやく家主が出てくる。彼はさきほどまで来ていたヨレヨレの黒いローブからしっかりとしたロングコートに着替えていた。旅用のマントを羽織って留めるのだがそれすら黒い。全身黒ずくめなのに不審者にならずバッチリ決まっているのはやはり顔立ちが整っているせいだろうか。ずるい。
「あら、それでも安くしたのよ。市場価値を考えれば破格だと思うけどね」
「フン、しばらくは食料の配達もいいからな」
「はいはーい、わかってますわよー」
そしてオズは小袋から取り出した緑色の石のようなものをシャルロッテに渡す。あれがこの世界の通貨なのだろうか?
それにしても……と、少女はチラリと二人の様子を伺う。
「落ち着いたら連絡をよこす」
「えぇ、そうしたらまた訪ねるから。頼むからホウキで飛んでいける範囲にしておいてよ?」
「さぁ、保証はできないな……」
この二人の方が、よっぽど『良い仲』に見えるが違うのだろうか? 金髪の美女と黒髪の美青年。実に絵になる組み合わせだ。
(うー、この世界の人間って美形しかいないわけ?)
密かに自分の子供っぽい顔にコンプレックスを抱いていると、ポンと額をはたかれた。
「ほら行くぞ。ボーッとしてたら置いて行くからな」
「わわわっ、ちょっと」
倒れそうになるところを寸でのところで踏ん張り、もう一度シャルロッテの方を向く。
「ありがとうございました、シャルロッテさん!」
「気をつけてね、近いうちにまた会いましょ」
軽く笑って手を振り、金髪の魔女はひらりとホウキにまたがる。トンッと地を蹴ると突風を巻き起こし、あっという間に木々を飛び越えて行ってしまった。
それを見送った後、残された三人も森の出口むけて歩き出す。前を歩く黒い背中に向かって、ニチカは声を投げかけた。
「ねぇねぇ」
「なんだ」
こちらを振り向きもしないでオズは応えた。一応会話をする気はあるらしい。
「あなたオズっていう名前なのね」
いつの間にか近寄ってきた男がシャルロッテの手をビシッと叩き落とす。そちらをキッとにらみつけた彼女は大げさに身をよじった。
「いったーい! なによう、こんな可愛い子独り占めしてあんな事こんな事する気でしょー、へんたーい、ひきこもり魔法オタクー」
「なっ、誰がそんなことするかっ」
「いやぁねぇ、事実だからってそんなムキにならなくても」
「っんの……!」
ニヤニヤと笑う彼女に激昂した男は、抱え込むようにニチカの首を上からグイッと押さえ込んだ。
「痛い痛い!」
「こんな色気もクソもねぇフェイクラヴァーに寄生されるようなガキ俺が相手にするとでも思ったか!? ハッ! あいにくと女なら間に合ってんだよ、何を好き好んでこんなペタコロンみたいなヤツを側に置くと思ってんだ」
「なっ……」
なんて言い草だ。ペタコロンがなんなのか検討もつかないが確実に馬鹿にされている。それだけはわかる。
「うわーん! 離してよっ、あなたにそんなこと言われる筋合いないでしょーっ」
「いてっ、引っかくな!」
その光景を見ていたシャルロッテがそれまでの表情から一転、真剣な顔をして口を開いた。
「フェイクラヴァーって、大昔の奴隷薬? 放っておくと一晩で薔薇の苗床になっちゃう。それホント?」
「え、あぁ、そうらしいです」
「だとしたら一大事じゃない。よく生きてるわね」
「えっと、その、応急処置……を、してもらいましたから」
赤くなって視線をそらすと、シャルロッテは顎に手をやり考え込んだ。
「応急処置って、どんな?」
「あのねぇー、ニチカはご主人とねー」
「あわわっ」
慌ててウルフィの口をふさぐ。ほんとにもうこの犬は無邪気で困る。あ、違う犬じゃなかった、オオカミだ。
「ってことは、まだ薔薇の種は体内にあるの?」
「はい、取り出す方法はさすがにわからなかったみたいで……」
そう言うと彼女は納得したようにポンと手を叩いた。
「あぁ、なるほど。だからオズちゃんが早起きしてるのね。これからそのフェイクラヴァーを取り除く旅に出るんでしょう?」
「えっ?」
「はぁ?」
少女の驚いたような声と、男の呆れたような声が同時に響く。そんな様子にはお構いなしにシャルロッテは喜々として荷物からいろいろと取り出し始めた。
「そうとなれば旅支度ね。あらやだ、ニチカちゃん靴はどうしたの? それにそんな薄着じゃ長旅には耐えらんないわよ。ちょっとまってね、確か厚手のケープと頑丈なブーツがあったはずだから」
「……おい」
鼻歌でも歌い出しそうな彼女に、オズの低いツッコミが入る。
「お前まさかとは思うが、この事態にかこつけて色々売りつけるつもりじゃ」
「やーねー! そんなわけないじゃない。ところでオズちゃんもその魔女ローブで外に出るつもり? ちょうどいいコートがあるんだけど」
「商売根性まるだしじゃねぇか!!」
咆える男の後ろでニチカはドキドキしていた。オズとウルフィがついて来てくれるならどんなに心強いか。何もわからない世界にたった一人で放り出されるよりは、ずっと良い。
だが男はあまり乗り気ではなかったようだ。
「断る。俺に何のメリットがある? コイツは記憶を消してそこらの街に放って終わりだ」
やはりダメか。ガクリと肩を落としたニチカだったが、シャルロッテは含み笑いをした。しなやかな指先を美しい唇にあて、ナイショ話でもするかのように声色を変える。
「じゃあここで旅に出たくなるような情報を一つあげましょうか、常連だから特別サービスよ」
「おー言ってみろ、俺は何を言われたってここを動く気はねーぞ」
「魔女協会が本格的に動き出したわ」
不敵な笑みを浮かべていた男は、その発言を聞いてピタリと真顔になった。
「なんだって?」
「当然よ、あなたの作った魔女道具が余計なトラブルばっかり引き起こして苦情が殺到してるとかなんとか……まぁそれ以外にも不穏な動きがあって、正式な免状を持たないモグリの魔女をあっちこっちで捕まえてるみたい」
何の話かさっぱりわからないニチカは、少し離れたところで深刻な雰囲気を見守っていた。魔女二人はしばらくボソボソと情報を交換していたかと思うと唐突にこちらに向かって来る。
「一般人ならともかく、魔女相手じゃこの森の結界も意味ないわよ。今すぐにでも審議官が空から降りてきても不思議じゃないんだから」
「ここの場所もバレてるってか。チッ、頭の固い連中め」
完全に目を覚ました様子の男は、目の前に来るとハッキリした声で呼びかけた。
「ウルフィ!」
「はぁい」
「しばらく家を開ける。ついてくるか?」
「もちろんですご主人さま。どこまでもお供します」
ウルフィはピシッと背すじを正しておすわりの姿勢を崩さない。普段はゆるい彼もこういった場面では主従関係をきっちり締めるらしい。
「当初の予定通りあと一時間で発つ。いつでも出られるようにしておけ。ニチカ、お前もだ」
「ラジャーっ!!」
「う、うん」
***
一時間後、一行は旅の支度を整え家の前に集合していた。ウルフィは大きな黄色いリュックを背中に背負っている。中にはたくさん詰められているのかパンパンだ。
そしてニチカはと言えば、シャルロッテに渡された装備を身につけているところだった。深紅のケープを制服の上からはおり、腕を保護するためにアームカバーをつけ、脱げてしまったローファーの代わりに頑丈な茶色いブーツを履くと旅装備はすっかり整えられた。
「いやーんやっぱり似合うわ、我ながら抜群のセンスね!」
「すごい、生地はしっかりしてるのにデザインも可愛い」
「でしょでしょー! アタシが作ったのよ!」
頑丈なだけでなく、簡単な魔除けもかけられているそうだ。さすが魔女の作ったものは違う。
ところが、ある事実を思い出しニチカは一気にしょげた。ケープの留め具を外しながら謝る。
「シャルロッテさんごめんなさい。ここまで試着しておいて申し訳ないんですけど、私ぜんぜんお金持ってないんです」
「あら、平気よ」
したり顔でニヤリとしたシャルロッテは、内緒話でもするように耳打ちした。
「お代はぜーんぶオズちゃんの請求に上乗せしちゃってるの。このくらい買ってもらいなさい、良い仲なんでしょ?」
「だから違いますってば!!」
真っ赤になりながら否定するも、魔女はカラカラと笑うだけだった。
「なーんてね、ニチカちゃん可愛いから今回だけ特別サービスよ。次回からご贔屓によろしくたのむわ」
なんて太っ腹なのだろう。胸がいっぱいになったニチカは小さくお礼を言いながら頭を下げる事しかできなかった。
「おい、この請求額はなんだ」
そしてようやく家主が出てくる。彼はさきほどまで来ていたヨレヨレの黒いローブからしっかりとしたロングコートに着替えていた。旅用のマントを羽織って留めるのだがそれすら黒い。全身黒ずくめなのに不審者にならずバッチリ決まっているのはやはり顔立ちが整っているせいだろうか。ずるい。
「あら、それでも安くしたのよ。市場価値を考えれば破格だと思うけどね」
「フン、しばらくは食料の配達もいいからな」
「はいはーい、わかってますわよー」
そしてオズは小袋から取り出した緑色の石のようなものをシャルロッテに渡す。あれがこの世界の通貨なのだろうか?
それにしても……と、少女はチラリと二人の様子を伺う。
「落ち着いたら連絡をよこす」
「えぇ、そうしたらまた訪ねるから。頼むからホウキで飛んでいける範囲にしておいてよ?」
「さぁ、保証はできないな……」
この二人の方が、よっぽど『良い仲』に見えるが違うのだろうか? 金髪の美女と黒髪の美青年。実に絵になる組み合わせだ。
(うー、この世界の人間って美形しかいないわけ?)
密かに自分の子供っぽい顔にコンプレックスを抱いていると、ポンと額をはたかれた。
「ほら行くぞ。ボーッとしてたら置いて行くからな」
「わわわっ、ちょっと」
倒れそうになるところを寸でのところで踏ん張り、もう一度シャルロッテの方を向く。
「ありがとうございました、シャルロッテさん!」
「気をつけてね、近いうちにまた会いましょ」
軽く笑って手を振り、金髪の魔女はひらりとホウキにまたがる。トンッと地を蹴ると突風を巻き起こし、あっという間に木々を飛び越えて行ってしまった。
それを見送った後、残された三人も森の出口むけて歩き出す。前を歩く黒い背中に向かって、ニチカは声を投げかけた。
「ねぇねぇ」
「なんだ」
こちらを振り向きもしないでオズは応えた。一応会話をする気はあるらしい。
「あなたオズっていう名前なのね」
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