異世界執事

伊簑木サイ

文字の大きさ
上 下
11 / 87
第三章 転

画竜点睛

しおりを挟む
「ちょ、ちょっと、すみません、手を離していただけますか」

 ようやくそれだけの言葉を吐きだした。大きな手に大事そうに手を握られていると、たぶんそう遠くない未来に心臓が過労死する。あるいは血が勢いよく流れすぎてどこかの血管が切れる。
 八島さんは名残惜しそうに手を離してくれたけれど、跪いて見上げるまなざしは変わらなくて。
 なんで今日はこんなに色っぽいのかなあっ。少し上目遣いなせい? ああ、もう、目の毒、目の毒ー!!

「あ、あ、あの、ですね、八島さんの席は、あそこにしましょう」

 私は斜め横にある一人掛けのソファを勢いよく示した。

「私の席でございますか?」

 八島さんは首をめぐらせてソファを確認して不思議そうに言った。やった! 視線がそれた!

「はい! 八島さんのお座布団と同じです。それとも他の席の方がいいですか?」

 アパートでは、座って寛ごうとしない八島さんのために、彼専用の座布団を買ってきて向かいに置いた。これは八島さんのために買ってきたものだから、使ってくれると嬉しいと言ってみたのだ。私は絶対に座らないし、他の誰が来ても座らせないから、これは八島さんが使わないとダメなんですからね、と。

 実家でも、ダイニングテーブルの席は決まっていて他の人のところには座らなかったし、リビングにも定位置があった。当然座布団もマイ座布団で、お客様が来るときには別の座布団を出してきた。私の中では一緒に暮らすってことは、家の中に居ても居なくても居るべき場所があるってことだったんだなあって、他の人と暮らしはじめて気付いた。

 座布団のことを持ち出すと、八島さんは、ありがとうございます、と目元をゆるませた。

「承知いたしました。あちらを使わせていただきます」

 ……で、また視線が戻ってくる。
 う? さっきより目の毒成分が増してる気がするけど、気のせいだろうか。私は動転気味に椅子を勧めた。

「えええええとですねえ、まずは座っていただいて」
「お話はお傍でうかがいます」

 間髪入れず、にっこりと返ってくる。

「じゃ、じゃあ、お屋敷の中を案内してください!」
「かしこまりました」

 よし! いいこと思いついたな自分! と思っていたのに、色良いお返事とともに、上を向けた掌がさし出された。……これは、ここへ手を載せろということだろうか。
 何往復か掌と八島さんの顔を見比べていたら、ご案内いたします、と、にこやかに催促される。
 ……また手を繋ぐんですか? どうしてもですか?
 結局、大きな手でしっかりと包み持たれて、その手に引かれて、私は立ち上がった。



 隣の部屋はがらんとした和室だった。でも寂しい感じはしない。むしろ、シンプルなだけに物の良さが際立つというのか。床の間に掛かった子猫が毬で遊ぶ掛け軸は、素人目に見ても、はっとする愛らしさと美しさだった。控え目に生けられた花とあいまって、和風なのに明らかに若い女性のための部屋なのだとわかる。
 欄間も飾り柱も季節の花々を描いた襖絵も素敵だ。畳が青く匂って、懐かしさを感じさせる。私は床の間の前に行って、しげしげと飾られているものを見た。

「可愛いですね」

 子猫が生きているようだ。

「触ったら、ふわふわの毛が堪能できそうです」
「触ってみられますか?」

 八島さんは私の手を離し、床の間に登って、掛け軸をはずしてきた。畳の上に広げて置く。そうして猫に手を伸ばすと、絵の中に手を入れて・・・・・・・・・猫をつかみだした・・・・・・・・。 
 子猫が、にゃあんと鳴く。
 私は声も出せないまま、目をぱちぱちしながら、猫を受け取った。膝の上にのせて耳と耳の間をカシカシとかいてやると、猫が目をつぶって、ぐるぐると喉を鳴らす。

「この作者は夭逝した名もない画家なのですが、天賦の才がございまして、描いたものの存在を写し取ることができたのでございます」
「……そうなんですか」
「幽霊絵などはよく売れて、羽振りもよかったそうでございます」
「幽霊絵って、おどろおどろしいのもありますけど、儚げな足のない美人が柳の下に立っていたりするのもありますよね?」
「はい。その美人画幽霊の方で、知る者ぞ知る有名な作者だったようでございます。本物の存在を絵の中に閉じ込めてしまえましたので」
「え?」
「ある豪商などは、金に物を言わせて、自分になびこうとしない執心した女性を描かせて、秘蔵したそうでございます」
「え? その女性はどうなっちゃったんですか?」
「その猫と同じです。その時のそのままに絵の中で生きています」
「ええ? げ、現実の女の人は?」
「存在が抜き取られますから、生きた屍ですね。千世様の時代のように医療が発達しておりませんでしたので、すぐに衰弱死しました」
「そ、そんな、だって、絵の中で生き続けるって、そんなの」

 私だったら我慢できない。いつ描かれたのかわからないけれど、江戸時代からだって二百年はたっている。そんなに長い間こんなところに閉じ込められてたら、頭がおかしくなる。

「千世様はお優しい」

 八島さんはこわばった私の頬を、いたわるように、そっと撫でた。

「ご心配ございません。その時のそのままに時を止めておりますから、これらには、過去も未来もないのでございます。ただその時の存在があるだけ。一瞬が永遠となっているだけです」

 いつのまにか手を止めてしまっていた私から猫を取り上げ、八島さんは絵の中に戻した。それからくるくると巻いてしまうと、床の間の横の押入れに行って、そこを開けてその中に置いた。

「では、こちらにしておきましょう」

 彼は別の二本を持ち出し、そのうちの一本を広げた。飛沫が美しい、流れ落ちる滝の絵だった。

「こちらは、このようにも使えます」

 縁側へと出て、掛け軸を庭へと向け、中に手をつっこみ、滝を引っ張り出す・・・・・・・・
 とたんに、掛け軸から、凄まじい水の奔流が庭へと迸った。轟々と水音をとどろかせるそれを唖然と見ていると、彼は端からするすると巻き取って、水を封じた。

「危ないものを近づけさせはいたしませんが、もしもの場合はこのようにお使いください。こちらは雷となっておりますので、より効果は絶大です」
「あ、あ、そっちはやってみなくていいです!」

 みなくてもわかる。目の前数メートルに雷が落ちたら怖いもの!

「何の絵かは軸の側面に書いておきましたので、こちらでご確認ください」

 八島さんは黒い軸の丸い面に、金の文字で、雷、滝、と書いてあるのを見せてくれた。

「わ、わかり、ました」

 ごくりと唾を飲み込んで頷くと、八島さんはその二本を持って行って、並べて飾った。床の間が荒々しく迫力満点となる。花器の位置を隅に移し、ちょいちょいと生けたものも挿し変える。それから押入れから刀置きと長いものを持ってきて、中央に飾った。

「こちらは、布都御魂ふつのみたまと申しまして、災難除けの剣です。抜くだけで荒ぶるものを退けてくれますから、……いっそ抜いておきましょうか」
「いえ、いえ、いえ、いえ、どうぞそのままで!」
「そうでございますか? 必要な時は、どうぞ抜いてお使いくださいませ」
「はい、はい、わかりました!」
「それと」
「はい!」

 まだ何かあるのだろうか。身構えて八島さんに返事をしたら、彼は押入れの反対側を開いて、そこから枕とタオルケットを出してきた。

「こちらにお昼寝セットをしまっておきましたので、どうぞお使いください」
「は、はい」

 私は気の抜けた返事をして、無意識にぴしりと伸ばしていた背筋から、ふにゃりと力が抜けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷獄の中の狂愛─弟の執愛に囚われた姉─

イセヤ レキ
恋愛
※この作品は、R18作品です、ご注意下さい※ 箸休め作品です。 がっつり救いのない近親相姦ものとなります。 (双子弟✕姉) ※メリバ、近親相姦、汚喘ぎ、♡喘ぎ、監禁、凌辱、眠姦、ヤンデレ(マジで病んでる)、といったキーワードが苦手な方はUターン下さい。 ※何でもこい&エロはファンタジーを合言葉に読める方向けの作品となります。 ※淫語バリバリの頭のおかしいヒーローに嫌悪感がある方も先に進まないで下さい。 注意事項を全てクリアした強者な読者様のみ、お進み下さい。 溺愛/執着/狂愛/凌辱/眠姦/調教/敬語責め

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

快楽のエチュード〜父娘〜

狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい…… 父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。 月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。 こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

【R18舐め姦】変態パラダイス!こんな逆ハーレムはいらない!!

目裕翔
恋愛
唾液が淫液【媚薬】の淫魔や、愛が重めで残念なイケメンの変態から、全身をしつこく舐めまわされ、何度イッても辞めて貰えない、気の毒な女の子のお話です 全身舐め、乳首舐め、クンニ、分身の術(敏感な箇所同時舐め)、溺愛、ヤンデレ   クンニが特に多めで、愛撫がしつこいです 唾液が媚薬の淫魔から、身体中舐め回され 1点だけでも悶絶レベルの快感を、分身を使い 集団で敏感な箇所を同時に舐められ続け涎と涙をこぼしながら、誰も助けが来ない異空間で、言葉にならない喘ぎ声をあげ続ける そんな感じの歪んだお話になります。 嫌悪感を感じた方は、ご注意下さい。 18禁で刺激の強い内容になっていますので、閲覧注意

本編完結R18)メイドは王子に喰い尽くされる

ハリエニシダ・レン
恋愛
とりあえず1章とおまけはエロ満載です。1章後半からは、そこに切なさが追加されます。 あらすじ: 精神的にいたぶるのが好きな既婚者の王子が、気まぐれで凌辱したメイドに歪んだ執着を持つようになった。 メイドの妊娠を機に私邸に閉じ込めて以降、彼女への王子の執着はますます歪み加速していく。彼らの子どもたちをも巻き込んで。※食人はありません タグとあらすじで引いたけど読んでみたらよかった! 普段は近親相姦読まないけどこれは面白かった! という感想をちらほら頂いているので、迷ったら読んで頂けたらなぁと思います。 1章12話くらいまではノーマルな陵辱モノですが、その後は子どもの幼児期を含んだ近親相姦込みの話(攻められるのは、あくまでメイドさん)になります。なので以降はそういうのokな人のみコンティニューでお願いします。 メイドさんは、気持ちよくなっちゃうけど嫌がってます。 完全な合意の上での話は、1章では非常に少ないです。 クイック解説: 1章: 切ないエロ 2章: 切ない近親相姦 おまけ: ごった煮 マーカスルート: 途中鬱展開のバッドエンド(ifのifでの救済あり)。 サイラスルート: 甘々近親相姦 レオン&サイラスルート: 切ないバッドエンド おまけ2: ごった煮 ※オマケは本編の補完なので時系列はぐちゃぐちゃですが、冒頭にいつ頃の話か記載してあります。 ※重要な設定: この世界の人の寿命は150歳くらい。最後の10〜20年で一気に歳をとる。 ※現在、並べ替えテスト中 ◻︎◾︎◻︎◾︎◻︎ 本編完結しました。 読んでくれる皆様のおかげで、ここまで続けられました。 ありがとうございました! 時々彼らを書きたくてうずうずするので、引き続きオマケやifを不定期で書いてます。 ◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎ 書くかどうかは五分五分ですが、何か読んでみたいお題があれば感想欄にどうぞ。 ◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎ 去年の年末年始にアップしたもののうち 「うたた寝(殿下)」 「そこにいてくれるなら」 「閑話マーカス1.5」(おまけ1に挿入) の3話はエロです。 それ以外は非エロです。 ってもう一年経つ。月日の経つのがああああああ!

【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】

うすい
恋愛
【ストーリー】 幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。 そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。 3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。 さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。 【登場人物】 ・ななか 広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。 ・かつや 不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。 ・よしひこ 飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。 ・しんじ 工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。 【注意】 ※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。 そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。 フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。 ※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。 ※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。

お屋敷メイドと7人の兄弟

とよ
恋愛
【露骨な性的表現を含みます】 【貞操観念はありません】 メイドさん達が昼でも夜でも7人兄弟のお世話をするお話です。

【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。 ※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。 ※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。

処理中です...