叶わぬ約束

伊簑木サイ

文字の大きさ
上 下
13 / 14

13 箱入り娘

しおりを挟む
「おはようございます。お食事にお招きくださりありがとうございます」

 城の者が集って食事をする大広間ではなく、侯爵家のダイニングの方に通された。
 まずはご挨拶をと思って、スカートを摘まむ淑女の礼をしようとしたところで、ドレスを着ていないことに気付き、けれど途中で動作を止めるわけにもいかず、私はそのまま腰を落とした。

「うむ。まあ、座りなさい」

 すぐに、温かいスープとパンが運び込まれてくる。食前の祈りを捧げ、しばらく私たちは無言で食事をした。
 なにしろ私は昨夜から何も食べていない。お腹が空きすぎていて、淑女らしさを失わない程度に胃に物を押し込むのが大変だった。家だったら、もがもがもごもごがっついてるところだ。
 私が人心地着いたのを見計らったように、侯爵が声を掛けてきた。

「ベアハルトからは、誰が盗賊狩りに参加する見通しになったかね?」
「はい、私が」
「ちょっと待て。なぜそこで君が行くことになるんだ!?」

 ガタンと音を立ててエルバートが立ち上がり、声を荒げて私の返事を遮った。

「なぜって、私が侯爵に仕えるに足る騎士かどうか、判断していただくためよ」
「だからそれは俺で事足りるだろう!」
「あなたじゃなくて、私が認めてもらわないといけないの。私が当主になるなら、それは当然よね」
「当然じゃない! 未亡人や娘が当主となり、雇った騎士を出す家だってあるんだぞ!」
「あら、初めて聞いたわ」
「君は箱入り娘だから」
「あら、それ、どういうこと。私が物知らずだって言いたいの?」
「ああ、そうだ。君は自分が思っている以上に、世間のことを知らない。保護者も連れず、こんなところに一人でのこのこ乗り込んでくるぐらいには」
「一人じゃないわよ。従者を連れてきたじゃないの。それに、私がベアハルト家の保護者になるの。私に保護者なんて必要ないわ。何が問題だって言うの」
「問題だらけだ!
 一に、いきなり先ぶれもなく城に乗り込んでくるんじゃない。今回はたまたま、門番が侯爵に知らせに行く途中で俺が気付いたからよかったものの、そうでなければ追い返されていたぞ。そうしたら、真っ暗な林に逆戻りだ、獣や盗人がうろうろしている夜の林の中にな!
 二に、城の中を安全地帯だと思うな! 女が少なくて飢えてるからな。いい女だと思ったら無理やりにでも襲っておいて、責任取りますって言えば、美談になるんだからな! たとえ女が嫌がったとしてもだ! 冗談じゃない! こっちがどれだけ指くわえて我慢してたと思ってるんだ!
 そんなことになったら、皆殺しにしてもまだ足りない! 頼むから、自分を大切にしてくれ! 頼むから!」

 早口で怒鳴りたてたせいで息切れをおこして、彼は黙った。怒り顔で肩で息をしている彼をつくづく眺めて、私はやっぱり嬉しくて、ふふっと笑ってしまった。

「笑い事じゃないんだぞ!」
「ええ。あなたがそんなに必死になるくらいだもの、そうなんでしょうね。……ねえ、そんなに怒らないで。ずっと思っててくれたんだってわかって、嬉しくて笑ったんだから」

 いきりたっている彼の手を握ると、反射的にぎゅっと握り返してきて、ぐぐぐぐぐと眉間にしわが増えた。けれど彼は、唐突にがっくりとうなだれ、溜息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

処理中です...