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8 巫女姫は自己嫌悪する
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巫女姫の一日というのは、庶民育ちのリサには非常に戸惑うものだった。
巫女姫が最も気をつけなければならないのは、体を健康に美しく保つことなのだという。
厳選された食材を使った、一流の料理人よる毎度の食事。じっとしているばかりではいけないと、安全に散歩できるように整えられた広大な美しい庭園。内面にも磨きをかけるようにと、そろえられた書物に教師。
特にお風呂には付添人が付いて毎回念入りに磨かれ、最高級の美容品で髪の一本から爪の先まで手入れがされる。着るものも、形は質素でも布地は王侯貴族と同等のものであったし、寝具など、すべすべのふわふわで雲の中で寝ているようだった。
そして極めつけは、始終人が傍にいて、彼女の一挙手一投足を注視していることだった。
ちょっとカーテンでも引こうと立ち上がれば、いかがなさいましたか。欠伸でもしようものなら、お疲れでいらっしゃいますか。
それに、彼女が動くだけで、十人規模の集団が移動するのである。トイレにまで。
そう。トイレに、ネイドまでついてくるのだ。もちろん、外で待ってくれてはいるのだが、待たれていると思えば、とてもではないが時間がかけられるものではない。そうなってくると、出るものも出てこない。
そうこうしているうちに、お腹は張って痛くなってくるし、食事は入らないし、顔に吹き出物はできるしで、医者が呼ばれた。
申し訳ないわ、情けないわ、恥ずかしいわで、いたたまれなくて、とうとうリサは、医者の前で泣きだして、巫女姫などできませんと訴えた。
すぐに神官長が呼ばれた。それどころか国王にまで話がいってしまい、てんやわんやの大騒動に発展した。
なにしろ、女神が「飽きた」と言った末に選んだ依代である。殊の外その体を気に入り、自ら衣裳まで用意して与えた巫女姫を、人の手落ちで失うことにでもなったら、女神の加護を失うだけではない、どんな怒りをかうかわからない。
駆けつけた国王が、厳しい面持ちで側仕えの処罰を声高に主張しはじめたところで、リサは真っ青になった。
彼らは何一つ悪くなかった。手抜きをするどころか、精一杯のはたらきをしてくれていた。だからこそリサは、息がつまってしまったのだから。
「や、やめてください、お願いです」
リサは泣きだしながら、必死に訴えた。
「彼らを責めないでください。彼らは良くしてくれました。わ、私が、悪いんです。私が、巫女姫にふさわしくないから」
「貴女が巫女姫にふさわしくないと、誰が言ったのですか?」
国王は柔和な顔を取り繕い、彼女の手を取って親身に尋ねた。
リサはその顔を見て、震えあがった。国王の瞳の奥に確かに怒りが見え、この不始末を断固として許す気がないのがわかったからだ。
なんてことをしてしまったのだろうと、リサははげしく後悔した。うまく巫女姫の務めが果たせないばかりか、迂闊なことを口にして、人々に迷惑をかけてしまった。
醜い上に、優雅に振る舞うこともできず、我慢も努力も考えも足りない。
私は、なんてなんてなんて駄目な人間なんだろう。
「申し訳ありません」
リサは滂沱と涙を流して、しゃくりあげた。
「も、申し訳、ありません。申し訳ありません……」
それ以外、言える言葉が見つからなかった。
「貴女が謝らなくてもいいのですよ。我々は貴女の憂いを晴らしてさしあげたいのです」
国王の言葉に、リサは強く首を振って答えた。違うのだと伝えたかった。いけなかったのは、駄目だったのは自分なのだと。
だけど、それを口にしようとすると、さらに涙が出てきて、言葉にならない。
説明の一つも、きちんとできない。駄目だ、駄目すぎる。私は駄目な人間だ……。
リサは己を恥じて、絶望して、消えてなくなってしまいたかった。生きてこんな醜態をさらしているのが耐え難かった。自分なんて死んでしまえばいいのにと、心から願った。
固く目をつぶって、うつむいて、ただただ声を殺して泣く。
巫女姫のただならぬ様子に、人々は困惑し、沈黙した。
ところが、その中でたった一人、高い靴音をたてて巫女姫に近づいていく人物がいた。護衛騎士のネイドだった。
彼は巫女姫の傍らに立つと、いささか強引に、国王の手から彼女を引き離した。そうして、引きむしるようにとった自分のマントを巫女姫の頭の上から無造作に掛けると、背をかがめて彼女の腰あたりを両腕で抱えて持ち上げ、軽く一礼して踵を返した。扉へと向かう。
「ネイド」
国王は非難を込めて彼を呼んだ。彼は足を止めて振り返って、毅然と国王を見据えた。
「女神は、この方を依代にと選ばれました。この方をです」
ネイドは強調して同じ言葉を二度繰り返した。
「女神はありのままのこの方を気に入られたのだと私は理解しているのですが、それは間違っていますか」
彼は途中から神官長へと視線を向け、尋ねた。
「いいえ、間違っていらっしゃいません」
神官長は己の非を悟って、深く腰を折り頭を下げた。国王は不機嫌そうに眉を顰めたが、口を噤んでいた。
巫女姫と護衛騎士は、国王に膝を折る必要のない存在だ。むしろ国王こそが、女神の加護を乞うて、巫女姫の前に跪く。
「巫女姫を休ませてきます。失礼」
それ以上無駄口は叩かず、ネイドは巫女姫を連れて足早に部屋を出た。
巫女姫が最も気をつけなければならないのは、体を健康に美しく保つことなのだという。
厳選された食材を使った、一流の料理人よる毎度の食事。じっとしているばかりではいけないと、安全に散歩できるように整えられた広大な美しい庭園。内面にも磨きをかけるようにと、そろえられた書物に教師。
特にお風呂には付添人が付いて毎回念入りに磨かれ、最高級の美容品で髪の一本から爪の先まで手入れがされる。着るものも、形は質素でも布地は王侯貴族と同等のものであったし、寝具など、すべすべのふわふわで雲の中で寝ているようだった。
そして極めつけは、始終人が傍にいて、彼女の一挙手一投足を注視していることだった。
ちょっとカーテンでも引こうと立ち上がれば、いかがなさいましたか。欠伸でもしようものなら、お疲れでいらっしゃいますか。
それに、彼女が動くだけで、十人規模の集団が移動するのである。トイレにまで。
そう。トイレに、ネイドまでついてくるのだ。もちろん、外で待ってくれてはいるのだが、待たれていると思えば、とてもではないが時間がかけられるものではない。そうなってくると、出るものも出てこない。
そうこうしているうちに、お腹は張って痛くなってくるし、食事は入らないし、顔に吹き出物はできるしで、医者が呼ばれた。
申し訳ないわ、情けないわ、恥ずかしいわで、いたたまれなくて、とうとうリサは、医者の前で泣きだして、巫女姫などできませんと訴えた。
すぐに神官長が呼ばれた。それどころか国王にまで話がいってしまい、てんやわんやの大騒動に発展した。
なにしろ、女神が「飽きた」と言った末に選んだ依代である。殊の外その体を気に入り、自ら衣裳まで用意して与えた巫女姫を、人の手落ちで失うことにでもなったら、女神の加護を失うだけではない、どんな怒りをかうかわからない。
駆けつけた国王が、厳しい面持ちで側仕えの処罰を声高に主張しはじめたところで、リサは真っ青になった。
彼らは何一つ悪くなかった。手抜きをするどころか、精一杯のはたらきをしてくれていた。だからこそリサは、息がつまってしまったのだから。
「や、やめてください、お願いです」
リサは泣きだしながら、必死に訴えた。
「彼らを責めないでください。彼らは良くしてくれました。わ、私が、悪いんです。私が、巫女姫にふさわしくないから」
「貴女が巫女姫にふさわしくないと、誰が言ったのですか?」
国王は柔和な顔を取り繕い、彼女の手を取って親身に尋ねた。
リサはその顔を見て、震えあがった。国王の瞳の奥に確かに怒りが見え、この不始末を断固として許す気がないのがわかったからだ。
なんてことをしてしまったのだろうと、リサははげしく後悔した。うまく巫女姫の務めが果たせないばかりか、迂闊なことを口にして、人々に迷惑をかけてしまった。
醜い上に、優雅に振る舞うこともできず、我慢も努力も考えも足りない。
私は、なんてなんてなんて駄目な人間なんだろう。
「申し訳ありません」
リサは滂沱と涙を流して、しゃくりあげた。
「も、申し訳、ありません。申し訳ありません……」
それ以外、言える言葉が見つからなかった。
「貴女が謝らなくてもいいのですよ。我々は貴女の憂いを晴らしてさしあげたいのです」
国王の言葉に、リサは強く首を振って答えた。違うのだと伝えたかった。いけなかったのは、駄目だったのは自分なのだと。
だけど、それを口にしようとすると、さらに涙が出てきて、言葉にならない。
説明の一つも、きちんとできない。駄目だ、駄目すぎる。私は駄目な人間だ……。
リサは己を恥じて、絶望して、消えてなくなってしまいたかった。生きてこんな醜態をさらしているのが耐え難かった。自分なんて死んでしまえばいいのにと、心から願った。
固く目をつぶって、うつむいて、ただただ声を殺して泣く。
巫女姫のただならぬ様子に、人々は困惑し、沈黙した。
ところが、その中でたった一人、高い靴音をたてて巫女姫に近づいていく人物がいた。護衛騎士のネイドだった。
彼は巫女姫の傍らに立つと、いささか強引に、国王の手から彼女を引き離した。そうして、引きむしるようにとった自分のマントを巫女姫の頭の上から無造作に掛けると、背をかがめて彼女の腰あたりを両腕で抱えて持ち上げ、軽く一礼して踵を返した。扉へと向かう。
「ネイド」
国王は非難を込めて彼を呼んだ。彼は足を止めて振り返って、毅然と国王を見据えた。
「女神は、この方を依代にと選ばれました。この方をです」
ネイドは強調して同じ言葉を二度繰り返した。
「女神はありのままのこの方を気に入られたのだと私は理解しているのですが、それは間違っていますか」
彼は途中から神官長へと視線を向け、尋ねた。
「いいえ、間違っていらっしゃいません」
神官長は己の非を悟って、深く腰を折り頭を下げた。国王は不機嫌そうに眉を顰めたが、口を噤んでいた。
巫女姫と護衛騎士は、国王に膝を折る必要のない存在だ。むしろ国王こそが、女神の加護を乞うて、巫女姫の前に跪く。
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それ以上無駄口は叩かず、ネイドは巫女姫を連れて足早に部屋を出た。
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