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アニャン、女性を紹介される

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『おかえり。公主の具合はどうだい。もう熱は下がったかい?』

 パタラが寄ってきて、エウルの抱っこから下ろされた私の首筋に触れる。熱を見てくれた彼女は、にこっとした。

『ああ、もうすっかり下がったね。すっきりした顔をしている。よかったよ。
 さあ、こっちへおいで。あの子達が気になっているんだろ? 紹介するよ』

 食器などが載っている棚の所に、女性が二人立っていた。私たちが入ってきた時、パタラは彼女達と話していたのだ。
 彼女達は、私の視線に気付いて、頭を下げるようにしてうつむいた。目を合わせるのも恐れ多いという感じだ。
 ……あ。そうだった。私、お嬢様の代わりに来たんだった。お嬢様のように振る舞えと言われていたのに、具合悪くて、すっかりそんなことは忘れていた。
 でも、今さら、あんな高飛車に振る舞えない。どうしたらいいんだろう?
 考えが決まらないうちに炉の前の椅子に座らせられ、私を真ん中にしてエウルとパタラが両隣に座る。パタラは彼女たちを手招きした。
 彼女たちは、足音もさせずに優雅に歩いてくると、胸に両手を当て深く頭を下げた。

『耀華公主。ミミルとニーナだよ。これから公主の生活を助けてくれるからね。……ミミル、挨拶を』

 右側の女性が顔を上げた。少し垂れ目気味の、優しい顔立ちだ。歳はいくつか上だろうか。髪を左右に分けて細かい三つ編みを作り、輪にして桃色のリボンで耳の後ろに留めつけている。
 一目で好感を抱いた。何か通じるものがあるかのように、彼女もほんのりと笑んでくれる。……たぶん、私だけが感じたんじゃない。すごく嬉しくなる。

『ミミルと申します。ホラムの妻にございます。誠心誠意お仕えいたします。どうかよろしくお願いいたします』
『耀華公主、ミミル、だよ。ミミル。わかったかい?』
「はい、パタラ」

 第一夫人であるパタラに促されて、立ち上がる。たぶん、名前がミミル。彼女が第二夫人なんだろう。
 最初が肝心だ。しっかりご挨拶しなければ。

「耀華公主と申します」

 どうぞよろしくお願いいたします。と言いながら頭を下げようとした瞬間、後ろに腰をぐいと引っ張られ、ぽすんと椅子に腰掛けていた。

「え? え?」

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。目をぱちぱちとしてしまう。しかも立ち上がろうとしても立ち上がれない。エウルが腰を押さえているのだ。わけがわからずに彼を見上げたら、苦笑して、絶対に立つなとばかりに、腿の上に手を置かれた。

 ひゃっ、と声をあげそうになって、ごくんと唾を飲み込む。あたたかくて大きな手が置かれたところから、ざわざわしたものが体中に広がっていって、かーっと体温があがっていく。
 女性同士だってそんなところ触らないのに、男性に触られたら、恥ずかしくてたまらない。
 なのに、エウルは気にした様子もなかった。
 子供だと思われているから?
 ……でも、さっき、口づけられた……。……ああ、そういえば、気を失っているうちに、服も脱がされていたんだっけ……。それに、私が四人目の夫人。ということは、きっと女好きなんだ……。
 そうか、閻国の世継ぎの君だもの、妻が多いのは当然だ。
 なんだ。みんなに、こんなふうに気軽に触れているんだ。……口づけも。

 胸のあたりが、すっと冷える。
 ああ、私、馬鹿だ。なんてあつかましいことを考えてたんだろう。私だけに、大事そうに触れてくれてるんだなんて、勘違いして。
 エウルが優しい人なのは間違いないとわかっていたのに。もたもたしていても辛抱強く教えてくれるし、熱で動けなくても怒らないし、怒鳴らないし、暴力もふるわない。
 ……それだって、当然のことだった。私はお嬢様の代わりに、皇帝陛下の養女となって、ここに来たんだもの。粗略に扱われるわけがない。
 ただ、それだけのことだったのに。自分が彼の特別な気がしてしまっていた。
 ……恥ずかしい。恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい……。
 泣きたい気持ちでうつむく。誰の顔も見られなかった。

『まあ、まあ、気にするんじゃないよ、エウルは怒ったわけじゃないんだから。帝国の公主様が、侍女に正式な挨拶をしてくれなくてもいいんだよ。
 公主は下々にも分けへだてない、優しいお人なんだねえ。だからうちに寄こされたんだろうよ。
 いい人が来てくれたもんだ、ね、エウル』
『ああ、言うまでもない』

 パタラに慰めるように背を撫でられながら、二人の間に挟まって、親しげに話しているのを聞く。二人の深い絆を感じて、自分がとても邪魔者に感じた。
 エウルは、こんなに立派な奥様のいる人だ。その上、優しげな第二夫人と、正統派の美人な第三夫人までいる。ちびでのろまな私など、本当は必要としてないだろう。
 なのに、皇帝陛下の娘を嫁にやるというから、断れなかっただけなのだ。
 それにもかかわらず、優しく接してくれる。それだけでもありがたいことだった。

 ……しかも、本当は私は偽物。下働きとして買われた、農民の娘にすぎない。
 だからと言って、正直に言えるわけもないのは、学のない私にだってわかっている。
 国と国を繋ぐために、お嬢様が寄こされるはずだったのだ。あの、旦那様の宝であるお嬢様が。それは、どのくらい重要なことのはずだったか。
 これがバレたら、私一人が死ぬだけでは済まなくなるんだろう。
 ひょっとしたら、この優しい人たちと、家族の居る帝国が、戦になってしまうのかもしれない。
 ……そんなのは、駄目。また男の人たちが集められて、連れて行かれて、運が悪ければ、ううん、運が良くなければ、帰って来られなくなる。一番上の兄さんは、どこでどうなったのかもわからない。そんなのは、もう嫌。
 偽物であることは、絶対に一生の秘密にしておかなければ。

『ニーナも挨拶を』
『はい。ニーナと申します。スレイの婚約者です。誠心誠意お仕えいたします。どうぞお見知りおきを』

 はっとして顔を上げると、第三夫人が挨拶していた。彼女は私と同じように三つ編みを一つ後ろに垂らしている。左の耳の上にさした赤い花の簪がよく似合っている、ツンとした美人で、取り澄ました感じだ。
 私が若い護衛と話したら、生意気だと殴ったお屋敷の侍女に似ていて、苦手意識を抱いてしまった。

『公主、ニーナだよ。ニーナ。わかるかい?』
「はい、パタラ」

 こういう人には、だからこそよけいに、付け入れられないように、しっかり挨拶しなければいけない。なのにエウルは、私の腿から手を退けようとしなかった。
 どうしよう。
 迷っているうちに、パタラがパンパンと手を叩き、二人に何かを言いつけた。

『二人とも、食事の用意をしておくれ』
『承知しました』

 二人は揃って答え、棚の所まで下がってしまった。そこで何かを用意している。
 やがて彼女達は、テーブルに白湯や馬乳酒、それに皿に載せた白っぽい物を運んできた。たいした時間はかからなかった。
 終わると、二人は一礼して天幕から出て行った。

『さあ、いただこうかね』

 彼女たちが戻ってこない。一緒に食べないのだろうか?

『耀華公主、食欲がないのか? これはどうだ?』

 エウルが一番白い物を摘まんで差し出してくる。

『こっちに馬乳酒もあるよ』

 パタラも二人を気にした様子はない。エウルもパタラも、あの二人と共に食事をするつもりはないようだった。
 どうしてだろう?
 ……私が帝国の公主だから? さっきも彼女達は、私に対してへりくだって、恐れ多そうにしていた。四番目の妻であっても、私の方が立場が上なのだろうか?
 そう考えついて、納得した。あのお嬢様が、他の女性の下で甘んじているわけがない。彼女達より少しでも下に、いや、同じに扱われたら、エウルにしなだれかかって泣きつき、陰では怒り狂って、まわりの者を折檻しただろう。
 ……そうか。私の前では、位の低い妻は、彼と一緒に食事をすることもできないのか。
 私は罪悪感で胸が潰れそうになりながら、エウルに握らされた物に、口をつけた。
 さっくりとして、口の中で溶けていく。なんだかとても美味しい物だった。

『口に合ったか? 旨いか? これを食っていれば、すぐに肉がついて丈夫になる』

 もごもごしているのに、また一つ手に握らされる。

『エウル、それは美味しいけど、たくさん食べると胃もたれするから、今はそのくらいにしておき。
 公主、馬乳酒もお飲みなさいな』

 パタラも世話を焼いてくれる。
 ありがたくて、……ありがたすぎて、喉がつかえるようだった。

 あの二人がこれまで姿を見せなかったのは、他に住む天幕があるからだ。今もそこへ戻ったのだろう。
 だったらきっと、パタラが住む天幕もあるはずだ。……だって、ここには子供がいない。パタラは私よりいくつも年上に感じる。それなら、エウルとの仲睦まじさを見ても、子供がいないわけがない。
 たぶん、一人に一つずつ天幕が与えられるのだ。喧嘩なんてしないですむように。
 今は、私が具合悪くなったから、パタラもエウルも、一緒に過ごして面倒を見てくれているんだろう。
 ……いずれ、私はここで一人で暮らすようになるんだろう……。

 ひゅっとお腹の中が冷たくなったけれど、ううん、と思い直した。
 生きていく場所を与えてもらえるだけで、ありがたい。こうして気遣ってくれ、優しくしてくれる、この方達に報いないと。
 そして、帝国に帰されたりしないようにしなければ。
 幸い、エウルもパタラも言葉を教えようとしてくれる。早く話せるようになって、役に立つよう、仕事をいっぱい覚えるのだ。
 頑張らなきゃ。
 私は決意を固めて、馬乳酒を飲み干した。
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