102 / 104
第7話
永遠2
しおりを挟む
ロズニスは、ベッドの上に置ける小さなテーブルも用意してきていて、おかげで俺は、布団の上にこぼすのを心配せず、がつがつ食べることができた。
二人はベッドサイドに椅子を持ってきて、次々にワゴンから給仕をしてくれている。
空腹が満たされて余裕がでてくるとともに、見るともなしに二人に視線をやって、俺は自分が何かを忘れているのを思い出した。
なんだったっけ。
首を傾げる。
すっかり手も口も止まってしまった俺に、二人が、どうしたのかと聞いてきた。
「いや、何か重要なことを忘れている気がするんだけど」
二人に関係があったような。
ん? 二人? 二人……、二人だ!
「おい、ルシアン、おまえ、さっき、ロズニスと二人で俺にくっ付いてるって、言ったよな?」
「え? そうだっけ?」
さらりとにこりとしてるが、言わなかった、と断言してないところで、認めたも同然だ。
「とぼけるな。師匠が出掛けっぱなしなのは、俺のせいだって、カナポリを焼き払ったせいだって……、って、まさか、刺客か!?」
そういえば、この頃来ないと思ってたんだ。それって、
「ジジイが老体に鞭打って刺客追い返してたからか!? あ、ってことは、おまえら、俺の監視か!!」
「監視って、やだなあ、護衛って言ってよ」
一転、ルシアンが肩をすくめた。
しれって、言ったな、このヤロウ!!
「駄目ですよう、ルシアン様。台無しじゃないですかー」
「だって、知らないから無茶するんだ。もう教えた方がいいと思うんだよね。それにさっき、自重してくれるって、俺と約束してくれたし。ね、ブラッド?」
まったく、しゃーしゃーと、そこで言質を盾にするか。
そんなもん、この状況で、知ったことかっ。
「忘れた」
俺は正々堂々と宣言してやった。
「ひどいよ、ブラッド!」
ルシアンが立ち上がって、大声をあげた。俺も負けずに、テーブルを押しやって立ち上がって、ベッドから飛び降りる。
脇に揃えてあったショートブーツを手に取り、片方ずつ履きながら、扉へ向かった。
「ブラッド、どこへ行くのっ」
「ブラッド様、どこへ行くんですかー?」
追いかけてくる二つの声に振り返って、来い、と顎をしゃくる。
「年寄りの冷や水で何かあったら、こっちも寝覚めが悪いんだよっ。クソジジイめ、棺桶に両足突っ込んでやがるくせして、何してやがんだかっ」
俺は時間が惜しくて、苛々とケンケンしながら靴紐を縛った。
「んで、ジジイはどこに行ってんだよ」
「それは聞いてないよ。極秘任務だし」
「ああ? なにが極秘任務だ。よし、そういう時は、エンだ。あいつに吐かせる」
お。やっと、紐が縛れた。
「ほら、行くぞ」
ぼんやりとしている二人を、焦れて呼ぶ。
「ルシアン、さっさとしろ。俺と戦うんだろ?」
「うん!」
「ロズニスも来い。連れてってやるから」
また置いていくと、拗ねるに違いないからな。
「はい!」
二人がようやく動き出した。こちらに向かって走ってくる。
俺は、もう振り返らなかった。前だけを見て先を急ぐ。
二人が俺にすぐに並ぶって、知っていた。
だから俺は、二人が俺の後を追いかけながら、言葉を交わしていたなんて、気付かなかったのだ。
「ブラッドがついてきていいって言ったから許すけど、足だけは引っ張んないでよね」
「しませんよっ」
「どーだか。さっきやったばかりだしー」
「ただ突っ立って見てただけのくせしてー、大きな口、叩かないでくださいー」
「あれは、ブラッドが負けるはずないってわかってたからで」
「どーですかねー?」
「この、テンパり女っ」
「二重人格の猫かぶり男っ」
その間にも、俊足なブラッドとの間は、どんどん開いていってしまっていた。
二人はしばらく黙々と走った。
「もしもの時は、あんた、ブラッドの盾になる覚悟くらいはあるんだろうね?」
「当たり前です。ルシアン様こそ、どうなんですか」
「俺は、世界ごと守るって、ブラッドと約束した」
優越感に満ちた物言いに、ぎりりとロズニスは視線を鋭くした。
「ふんっだ。いい気にならないでくださいねっ。ブラッド様は、ルシアン様を追いかけている時だって、私のこと毎日忘れずにいてくれたんですからね」
「置いてかれたくせに。ブラッドの横に立つのは俺だよ」
「どーぞ、横でも前でも後ろでも立てばいいじゃないですか。私はブラッド様の帰る場所にいますからー」
ルシアンの目も据わった。
お互いに火花を散らして見詰め合って、同時に、ふんっと顔をそらす。
そして、二人は立ち止まった。どちらからともなく、また顔を見合わす。
「ブラッド様は?」
「ブラッドはどっちに行った?」
言い合っていがみあっていた二人は、すっかりブラッドに置いていかれてしまっていたのだった。
ネニャフル王国国王の甥、英雄の息子にして、カナポリの英雄の称号も自ら持つ、類稀なる魔法使い、ブラッド・アウレリエ。
彼の受難は、まだまだ、まだまだ、当分続くに違いない。
彼が、誰かを愛するのをやめない限り。
それは、永遠かもしれない。
とりあえずお終い
二人はベッドサイドに椅子を持ってきて、次々にワゴンから給仕をしてくれている。
空腹が満たされて余裕がでてくるとともに、見るともなしに二人に視線をやって、俺は自分が何かを忘れているのを思い出した。
なんだったっけ。
首を傾げる。
すっかり手も口も止まってしまった俺に、二人が、どうしたのかと聞いてきた。
「いや、何か重要なことを忘れている気がするんだけど」
二人に関係があったような。
ん? 二人? 二人……、二人だ!
「おい、ルシアン、おまえ、さっき、ロズニスと二人で俺にくっ付いてるって、言ったよな?」
「え? そうだっけ?」
さらりとにこりとしてるが、言わなかった、と断言してないところで、認めたも同然だ。
「とぼけるな。師匠が出掛けっぱなしなのは、俺のせいだって、カナポリを焼き払ったせいだって……、って、まさか、刺客か!?」
そういえば、この頃来ないと思ってたんだ。それって、
「ジジイが老体に鞭打って刺客追い返してたからか!? あ、ってことは、おまえら、俺の監視か!!」
「監視って、やだなあ、護衛って言ってよ」
一転、ルシアンが肩をすくめた。
しれって、言ったな、このヤロウ!!
「駄目ですよう、ルシアン様。台無しじゃないですかー」
「だって、知らないから無茶するんだ。もう教えた方がいいと思うんだよね。それにさっき、自重してくれるって、俺と約束してくれたし。ね、ブラッド?」
まったく、しゃーしゃーと、そこで言質を盾にするか。
そんなもん、この状況で、知ったことかっ。
「忘れた」
俺は正々堂々と宣言してやった。
「ひどいよ、ブラッド!」
ルシアンが立ち上がって、大声をあげた。俺も負けずに、テーブルを押しやって立ち上がって、ベッドから飛び降りる。
脇に揃えてあったショートブーツを手に取り、片方ずつ履きながら、扉へ向かった。
「ブラッド、どこへ行くのっ」
「ブラッド様、どこへ行くんですかー?」
追いかけてくる二つの声に振り返って、来い、と顎をしゃくる。
「年寄りの冷や水で何かあったら、こっちも寝覚めが悪いんだよっ。クソジジイめ、棺桶に両足突っ込んでやがるくせして、何してやがんだかっ」
俺は時間が惜しくて、苛々とケンケンしながら靴紐を縛った。
「んで、ジジイはどこに行ってんだよ」
「それは聞いてないよ。極秘任務だし」
「ああ? なにが極秘任務だ。よし、そういう時は、エンだ。あいつに吐かせる」
お。やっと、紐が縛れた。
「ほら、行くぞ」
ぼんやりとしている二人を、焦れて呼ぶ。
「ルシアン、さっさとしろ。俺と戦うんだろ?」
「うん!」
「ロズニスも来い。連れてってやるから」
また置いていくと、拗ねるに違いないからな。
「はい!」
二人がようやく動き出した。こちらに向かって走ってくる。
俺は、もう振り返らなかった。前だけを見て先を急ぐ。
二人が俺にすぐに並ぶって、知っていた。
だから俺は、二人が俺の後を追いかけながら、言葉を交わしていたなんて、気付かなかったのだ。
「ブラッドがついてきていいって言ったから許すけど、足だけは引っ張んないでよね」
「しませんよっ」
「どーだか。さっきやったばかりだしー」
「ただ突っ立って見てただけのくせしてー、大きな口、叩かないでくださいー」
「あれは、ブラッドが負けるはずないってわかってたからで」
「どーですかねー?」
「この、テンパり女っ」
「二重人格の猫かぶり男っ」
その間にも、俊足なブラッドとの間は、どんどん開いていってしまっていた。
二人はしばらく黙々と走った。
「もしもの時は、あんた、ブラッドの盾になる覚悟くらいはあるんだろうね?」
「当たり前です。ルシアン様こそ、どうなんですか」
「俺は、世界ごと守るって、ブラッドと約束した」
優越感に満ちた物言いに、ぎりりとロズニスは視線を鋭くした。
「ふんっだ。いい気にならないでくださいねっ。ブラッド様は、ルシアン様を追いかけている時だって、私のこと毎日忘れずにいてくれたんですからね」
「置いてかれたくせに。ブラッドの横に立つのは俺だよ」
「どーぞ、横でも前でも後ろでも立てばいいじゃないですか。私はブラッド様の帰る場所にいますからー」
ルシアンの目も据わった。
お互いに火花を散らして見詰め合って、同時に、ふんっと顔をそらす。
そして、二人は立ち止まった。どちらからともなく、また顔を見合わす。
「ブラッド様は?」
「ブラッドはどっちに行った?」
言い合っていがみあっていた二人は、すっかりブラッドに置いていかれてしまっていたのだった。
ネニャフル王国国王の甥、英雄の息子にして、カナポリの英雄の称号も自ら持つ、類稀なる魔法使い、ブラッド・アウレリエ。
彼の受難は、まだまだ、まだまだ、当分続くに違いない。
彼が、誰かを愛するのをやめない限り。
それは、永遠かもしれない。
とりあえずお終い
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる