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第5話

エンディミオンⅣ3

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 さっき興醒めと言われたので、適当なところでやめる。腹に当てた手だけを離し、拘束したままの状態で話しかける。

「俺は木霊こだまみたいなものだ。いずれ消える」

 前世の俺の記憶など、そんなものでしかない。どんな魔法を使っても、時を巻き戻すことだけはできない。すべては、この過ぎ去っていく一瞬と同じに、過去なのだ。覆らないもの。変えようのないもの。けれど、未来は違う。

 俺は、自分の手が額とともに奴の目も塞いでいるとわかっていながら、自分の胸を指して言った。

「これからは、これを使え。過去の俺なんかより、よっぽど使い勝手のいい魔力を持っている。それこそ、でたらめで化け物じみた力だ」

 少々系統が違うが、俺と同じ力を持つルシアンは、人を創造した。創造された俺は、何の違和感もなくこうしている。それがどれほど類稀なことか、魔法の素養がない人間にだってわかるだろう。

「この単純馬鹿が!!」

 大事なところを踏まれているというのに、突然猛烈に手を払いのけられ、奴の足まで跳んできそうなのを、俺は数歩下がって避けた。

 びっくりして踏み潰しちゃったら、どうすんだよ、あっぶねえなあ。
 あわを食って内心ドキドキしている俺に、エンは激怒状態で怒鳴りつけてきた。

「この、大馬鹿者がっ。一番心配なのは、ブラッドぞ! これを見ていると、まるでおまえがいるようにしか思えぬ。頭が悪いわけでもないのに、馬鹿ばかりやらかす。なんだあのマヌケさかげんは。おまえにそっくりだ。このままでは、この子はおまえの二の舞ぞ。なんでわからぬ! おおよそおまえはルシアンが心配で出てきたのだろうが、まったくの見当はずれだわ! あれはぺリウィンクルの戦力を削ぎ、アルニムにも力を見せつけて、リチェル姫の持参金をたんまり巻き上げてくると出掛けていきおったのだ。ルシアンは相当にしたたかな男ぞ。……黙って聞け」

 俺が口を開こうとしたのを、鋭い口調だけでさえぎる。

「アナローズもだ。あれもネニャフルの女ぞ。その気になれば、男という男を骨抜きにして、一国ぐらい掌中に収めるわ。あれらはなんの心配もないのだ。むしろ心配なのは、この子ぞ」

 奴は、この子、と言いながら立ち上がって、俺の腕を掴んだ。ぎり、と指が食い込む。俺は奴を見上げた。十五歳の俺は、まだこいつの身長に届いていないのだ。

「この子は、きっとおまえと同じように、笑って死んでいく。余は二度も、我が守護魔法使いにそんな死を許す気はない!」

 俺は瞠目した。エンはまっとうであるにもかかわらず、王の威厳にあふれていた。俺はそれに打たれたのだ。

「……よって、約束を結びなおす。リュスノーの言いつけを破り、塔を出ていけば、ブラッドは弟子としての資格を失う。言っておくが、悪霊のせいだなどとは言い訳にならぬ。その正体を知る余が認めぬ。さすれば、ブラッドは守護魔法使いになれぬぞ。それでは困るのであろう? おまえは、ルシアンとアナローズを守りたいのだから」

 王は慈悲深い(と言われる)それは美しい微笑を浮かべた。俺はあまりの胡散臭さに、背筋が凍る心地がした。

「だったら、認めよ。守護魔法使いは複数人とし、その中にルシアンも含めると」
「駄目だ。認めない」

 今度は俺が王の手を振り払う番だった。上から威圧されるのは御免だった。

「言っておくが、おまえが認めようが、認めまいが、そうなろうぞ。ルシアンがそう望んでいるのだからな」

 俺は王を睨みつけた。そんなのはわかっている。だからこそ、そうさせないようにと、説得を王に任せたのだ。

「おまえこそ、約束を守るつもりはなかったな」
「おお。何を言う。かわいい甥との約束ぞ。最大限の努力はしたぞ? ただ、まわりがこぞって覆すだろうとは思っていたが」

 しらじらしい。じわじわと人を自分の思い通りの方向に動かすのは、こいつの十八番おはこだ。美貌はそれを助ける一つの道具にすぎない。こいつの本質は、そんなもので納まらない。

「まったく。おまえほど王位に相応しい奴はいねーよ」
「ほう?」

 王は微笑んで興味深げに片眉を跳ね上げた。

「俺には真似できねー。だけどな」

 俺もニヤリと笑う。そっちがそのつもりなら、俺も俺のやり方を通すまでだ。

「おまえも俺の真似はできねーだろ」

 ふっと王は鼻で笑った。

「そうだな」
「ああ。だから俺も、好きにさせてもらう」

 俺は外から風を呼んだ。窓が音を立てて開かれ、強烈な風が吹き込んでくる。苦手な魔法だから、どうも制御が甘いのだ。部屋の中は息も苦しいくらいの風が吹き荒れた。小物が舞い踊る。
 王は頭を庇って体を伏せた。その間に、俺は風に乗った。外へ出て、一気に高所まで駆け上る。

 俺は城のはるか上空で頭をかかえてうずくまった。
 あああ。またやった。失敗した。どうも俺は短気でいけない。わかってはいるんだが、一度として改められたためしはない。

 あいつにルシアンたちを追う馬の乗り継ぎを提供させようと思っていたのに、つい飛び出してきてしまった。よけいな魔力は使いたくなかったんだが、こうなってはしかたない。
 諦めて溜息をつく。

 俺はマントの端を足にくくりつけて、空で仰向けに寝そべった。月と星を見て、だいたいの方向を確かめる。
 そしてそのまま、下からゆるい風を吹きつけながら、俺はルシアンのいるであろうほうへ、ゆっくりと空を滑り降りていった。
 この間抜けな格好を、誰にも見咎められませんようにと、願いながら。
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