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第5話

舞台に登る1

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 王は胡散臭さ全開の笑みで、両腕を広げて近付いてくる。世間ではあれを慈悲深い微笑と言うらしいが、どう見ても俺にはそう思えない。だって、完全に楽しんでる目だろ、あれ。それを隠してすらいないのに、誰も彼もがごまかされるのは、恐らく顔の造作のせいだろう。

 無理を言わずとも道理が勝手に引っ込んでくれる美貌。それがネニャフル王族の特徴であり、最大の武器なのだという気がする。母しかり、王しかり、ルシアンしかり。人の心を常に好意に変えるそれは、ある意味、剣よりも魔法よりも強いのではないかと思う。

 そんな人望にあふれた王の両脇は護衛がかためており、そのまた脇を、護衛室から出てきた魔法使いたちが、決死の表情で急いで取り囲んだ。あっというまに物々しい集団ができあがる。

 そんなことだろうとは思っていたけれど、やっぱりあいつら、俺の護衛じゃなくて、俺から他を守るために待機していたんだな。この調子じゃあ、ベッドから降りる素振りを見せたとたん、問答無用で攻撃をくらうにちがいない。

 本来ならきちんと降りて王を出迎えるべきなのに、それをやったら絶対に血の雨が降る。そうでなければ、この狭い部屋の中では、ルシアンの炎の攻撃と、相殺しようとした俺の水の障壁のせいで、蒸し焼き状態になるかもしれない。
 そのさまがありありと脳裏に浮かび、背筋が冷えた。それは避けたい。絶対避けたい。俺は恐ろしい予測が実現されないうちに、王に釈明することにした。

「陛下。このような出迎えをお許しください。ベッドから降りることもままならないのです」
「うむ。よい。見舞いに来たのだ。病人にベッドを降りよとは言わん」

 やがて王は枕元の脇まで来てベッドに乗り上げ、俺と抱擁を交わした。そうして期待に満ちた瞳で、人の顔を覗き込んでくる。そのままいつまでたっても目を合わせたまま、微笑んでいる。
 年齢不詳の美貌とはいえ、50近いおっさんに抱きつかれ、至近距離で見つめ合うのは、苦行以外のなにものでもない。俺は全身に鳥肌をたてながら、その迷惑行為の意味を尋ねた。

「……なんですか」
「おまえが火柱を吹くと聞いてきたのだが。なんだ、せぬではないか」

 王は後半部分で後ろを振り返って、お付きの者たちに文句を言った。

「怒らせたらですっ、陛下っ。刺激してはなりませんっ。どうぞそのままお下がりくださいっ」

 侍従が必死の形相で小声で伝えている。うん、でも、王に抱き締められている俺にも丸聞こえなんデスが。
 俺は溜息をついた。

「火なんか吹きませんよ」
「そうなのか?」
「どうしてわざわざ口から火を吹く必要があるんですか。俺は好きなところに、簡単に火を出せるんですよ」
「ただの火ではないぞ。火柱ぞ。そこらの大道芸とはスケールが違うではないか。そう面倒臭がらずに、やってみたらどうだ、ブラッド」
「やりません」
「我儘な奴じゃの。では、不死になったというのは?」
「だったら今頃、療養なんか必要ないと思いませんか?」

 いつのまにやら手品のように王の手に握られた短剣が、先程から俺の背中の肋骨の間に当てられている。たとえ冗談でも気分はよくないのに、王の場合、まず間違いなく本気だ。

「おお。そう言われればそうだの。噂とは、まことあてにならぬな。もう少しでかわいい甥を刺し殺すところだった。うむ。真実とはつまらぬものよの」

 そうぼやきながら、王は身をひいた。

 俺はうんざりして、どうでもいいから、さっさとこの迷惑男を連れ帰ってくれないかと、願いを込めて護衛やら侍従やら魔法使いやらに目をやった。とたんに、護衛以外の全員が、音がする勢いで顔を強張らせた。
 だが、さすが毎日体張っている奴らは根性の座り方が違う。護衛たちだけは顔色さえ変えなかった。俺は感嘆して、彼らを見ながら思わず唇をほころばせたのだった。……のだが。
 次の瞬間、護衛たちは俺を見据えて、揃って剣の柄に手をかけた。今にも抜き放たんばかりの気迫は、ああ、なんデスか、やっぱり警戒中デシタか。……なんだか、本当に火柱を吹きたい気分になってきたな、おい。

 俺が少々やさぐれた気分になっているうちに、王は勧めてもいないのに、勝手に先程までルシアンが座っていた椅子に腰かけていた。そして、席を譲って隣に立ったルシアンに語りかけた。

「ルシアンも息災か」
「おかげさまで」

 二人はそっけなく挨拶を交わすと、それ以上お互い関わる気がないらしく、しらっとして会話が終わった。
 そんな二人の作り笑いは、驚くほどにそっくりだ。穏やかな表情なのに、心から笑っていない。むしろ完璧なその微笑で威嚇している。なんとも不穏で、ハラハラして落ち着かないものだ。
 なのに、二人を見るその他大勢の目は、俺の時とは違って、仲の良い伯父と甥を微笑ましく見守っているものって、どうなんだ。
 ……理不尽だ。どうして見舞われている俺ばかりが、気疲れしてなきゃならないんだ。完全に貧乏くじだ。

 俺は深い深い溜息をこぼすかわりに、いいかげん覚悟を決めることにした。
 王がわざわざ見舞いに来た理由は、見当がついている。予想通りだったらろくでもない内容だが、この国で生きていく以上、避けられる話でもない。
 話を先に延ばしても、気疲れがたまるばかりだ。さっさと嫌なことはすませたほうがいいだろう。そう考えて、俺は王に話をうながした。

「ところで、御用の件はなんですか、陛下」

 俺の質問に、王は嬉しそうに、華やかに笑んだ。
 その微笑みは例のごとく美しかったが、俺には、どうやっても不吉なものにしか見えなくて、どっと疲れが増したのだった。
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