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第5話
過去の残滓1
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王と初めて会ったのは、王都での身元引受人でもあるジジイから、アナローズ姫との婚約を許されたと、内密に知らされた日だった。
姫を手にできる。夢のような話に、俺は浮かれた。文字通り、天にも昇る心地だった。
結果的に、魂を飛ばして、ぼんやりとジジイを見て突っ立っていた俺は、ベシンと頭を叩かれ、我に返った。
「話はまだ終わっていない。妄想は夜、自分のベッドの中でしろ」
「痛ーな」
いつもならくってかかるところだが、俺の中は喜びに満ちあふれており、不快は怒りにまで成長しなかった。
「それで、なんだってんだよ」
横柄に聞き返すと、また手が出てきて、ベシンとやられる。
「口の利き方がなっとらん。婚約を取り消されたくなかったら、まともな言葉遣いをしろ。おまえが恥をかくのは自業自得だが、姫に恥をかかせるな」
俺はぐっと詰まった。相手は一国の姫だ。確かにジジイの言うとおりだった。
「……わかり、ました」
「よろしい。これから陛下が、直接おまえに婚約の許可を伝えにいらっしゃる」
「いらっしゃるって、ここに?」
こぎれいにはしているが、ここは研究資料が山積みになっている研究室だ。王を迎え入れるような場所ではない。
「そうだ。ここに。今すぐ」
「今すぐ?」
信じられない展開に、繰り返して確認をとったが、ジジイの返事は変わらなかった。
「そうだ。さあ、背筋を伸ばせ。言っていいのはただ一言。ありがたき幸せにございます、陛下、だ。言ってみろ」
「あ、ありがたき幸せにごじゃいましゅ、って、口がまわらねえっ!」
「落ち着け。ありがたき幸せにございます、陛下、だ」
ジジイは俺の失敗を笑うことなく、落ち着いた声で繰り返してくれた。おかげで俺は気持ちを落ち着けて真似することができた。
「ありがたき幸せにございます、陛下」
「それでよし。次は、礼をしながらだ。見本を見せる。一度で覚えろ」
そう言ってやってみせてくれたジジイの礼は優雅で毅然とした気品があり、さすが年の功というものだった。
俺はといえば、頭だけ下げるな、折るのは腰から、もっと深く、タイミングが悪いと、一から十まで直された。
途中で、だったらいらねーっ、と叫びたくなるほどだったが、さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。ただし、礼がなんとかできるようになる頃には、王に頭を下げるという行為が、酷く屈辱的に感じるようになっていた。
「どうやら間に合ったようだ」
ジジイは廊下のざわめきに気付いて、扉へと目を向けた。
「さあ、背筋を伸ばせ」
そう注意して、俺の斜め前へと立った。
「おお、我が義弟よ!!」
バターンッと扉が開け放たれたと思ったら、なんとも豪奢で派手な男が両腕を広げて歩みよってきた。服装は華美にして華麗。それが下品でなく、むしろ上品でさえあるのは、男の精悍な美貌のせいだった。
いつも遠くに見ていた国王陛下が、満面の笑顔で俺を抱き締めて、機嫌よく背中を何度も叩いた。
「おまえのような見目良い者が、我が守護魔法使いとなるとは、嬉しいことよの!!」
かと思うと体を離し、肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「その黒髪と揃いで黒がよいかの。それとも白も捨て難いかの。うむ。衣裳係!」
いつのまにか壁際に控えていた男数人が、さささ、とメジャーと紙束を抱えて現れ、よってたかって俺を計りはじめた。
「我が守護魔法使いをひきたてる衣裳を用意せよ。色は黒と白、両方だ!! 最高級の布地も金糸銀糸も使い放題を許す。金に糸目はつけぬ。女という女が目を奪われ、他国の王どもが羨望のまなざしで余を見て悔しがるようないでたちに仕上げよ。よいな!!」
国王が言い終わる頃には計測は終わり、行けとばかりに手を振られたのを合図に男たちは後退りして、部屋の外へと消えていった。
「今からおまえの披露が楽しみぞ。おまえによって、我が名声はさらに高まろうぞ。うむ。期待しているぞ!!」
ぼすぼす。両肩を二回叩き、王は唐突に俺に背を向けると、俺が何を言う暇もなく、部屋から出て行った。
姫を手にできる。夢のような話に、俺は浮かれた。文字通り、天にも昇る心地だった。
結果的に、魂を飛ばして、ぼんやりとジジイを見て突っ立っていた俺は、ベシンと頭を叩かれ、我に返った。
「話はまだ終わっていない。妄想は夜、自分のベッドの中でしろ」
「痛ーな」
いつもならくってかかるところだが、俺の中は喜びに満ちあふれており、不快は怒りにまで成長しなかった。
「それで、なんだってんだよ」
横柄に聞き返すと、また手が出てきて、ベシンとやられる。
「口の利き方がなっとらん。婚約を取り消されたくなかったら、まともな言葉遣いをしろ。おまえが恥をかくのは自業自得だが、姫に恥をかかせるな」
俺はぐっと詰まった。相手は一国の姫だ。確かにジジイの言うとおりだった。
「……わかり、ました」
「よろしい。これから陛下が、直接おまえに婚約の許可を伝えにいらっしゃる」
「いらっしゃるって、ここに?」
こぎれいにはしているが、ここは研究資料が山積みになっている研究室だ。王を迎え入れるような場所ではない。
「そうだ。ここに。今すぐ」
「今すぐ?」
信じられない展開に、繰り返して確認をとったが、ジジイの返事は変わらなかった。
「そうだ。さあ、背筋を伸ばせ。言っていいのはただ一言。ありがたき幸せにございます、陛下、だ。言ってみろ」
「あ、ありがたき幸せにごじゃいましゅ、って、口がまわらねえっ!」
「落ち着け。ありがたき幸せにございます、陛下、だ」
ジジイは俺の失敗を笑うことなく、落ち着いた声で繰り返してくれた。おかげで俺は気持ちを落ち着けて真似することができた。
「ありがたき幸せにございます、陛下」
「それでよし。次は、礼をしながらだ。見本を見せる。一度で覚えろ」
そう言ってやってみせてくれたジジイの礼は優雅で毅然とした気品があり、さすが年の功というものだった。
俺はといえば、頭だけ下げるな、折るのは腰から、もっと深く、タイミングが悪いと、一から十まで直された。
途中で、だったらいらねーっ、と叫びたくなるほどだったが、さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。ただし、礼がなんとかできるようになる頃には、王に頭を下げるという行為が、酷く屈辱的に感じるようになっていた。
「どうやら間に合ったようだ」
ジジイは廊下のざわめきに気付いて、扉へと目を向けた。
「さあ、背筋を伸ばせ」
そう注意して、俺の斜め前へと立った。
「おお、我が義弟よ!!」
バターンッと扉が開け放たれたと思ったら、なんとも豪奢で派手な男が両腕を広げて歩みよってきた。服装は華美にして華麗。それが下品でなく、むしろ上品でさえあるのは、男の精悍な美貌のせいだった。
いつも遠くに見ていた国王陛下が、満面の笑顔で俺を抱き締めて、機嫌よく背中を何度も叩いた。
「おまえのような見目良い者が、我が守護魔法使いとなるとは、嬉しいことよの!!」
かと思うと体を離し、肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「その黒髪と揃いで黒がよいかの。それとも白も捨て難いかの。うむ。衣裳係!」
いつのまにか壁際に控えていた男数人が、さささ、とメジャーと紙束を抱えて現れ、よってたかって俺を計りはじめた。
「我が守護魔法使いをひきたてる衣裳を用意せよ。色は黒と白、両方だ!! 最高級の布地も金糸銀糸も使い放題を許す。金に糸目はつけぬ。女という女が目を奪われ、他国の王どもが羨望のまなざしで余を見て悔しがるようないでたちに仕上げよ。よいな!!」
国王が言い終わる頃には計測は終わり、行けとばかりに手を振られたのを合図に男たちは後退りして、部屋の外へと消えていった。
「今からおまえの披露が楽しみぞ。おまえによって、我が名声はさらに高まろうぞ。うむ。期待しているぞ!!」
ぼすぼす。両肩を二回叩き、王は唐突に俺に背を向けると、俺が何を言う暇もなく、部屋から出て行った。
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