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第4話

初恋の終わり6

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 アナローズ姫に会いに行く前に、まずはジョシュア・コルネードに会わなければならない。俺は王城内にある、魔法師団の本部である『真理の塔』へ足を向けた。
 普通に受付でジョシュアの居場所を聞きだす。『劫火の死神』だの『滅殺の英雄』だの、陳腐な二つ名をいくつも持つ俺は、大抵どこでも顔パスで、さあさあ早く通り過ぎてくださいませ、と、それは丁寧な対応を受ける。
 受付係は青い顔で、外の実験場だと教えてくれたので、そちらへ行った。

 それにしても、城内を動き回ると地味に苛々がたまる。なんだよ。いきなり殺したり、どかんと城を吹っ飛ばしたりしねーよ。そんな目で見られていると、したい気分にはなるけどな。

 実験場は直系1kmほどのだだっ広い場所で、周囲に保護障壁の魔法陣が仕込まれている。そのおかげで、中でどんな魔法が暴走しようと、外にはめったなことでは被害が及ばないようになっているのだ。

 奴は数人の魔法使いと共に、地面に魔法陣を描いた金属板を用意していた。そこへ、ひょっこりと入っていった。
 奴は気付くと同時にすぐに姿勢を正して、優雅に礼をしてきた。

 そう何歳も変わらないはずなのに、その姿はマキシミンよりもかなり若く見える。若い頃、人が善さそうで気弱に感じた容貌は、上品さと穏やかさへと転じ、年齢を重ねただけ貫禄も加わったような、申し分のない歳のとり方をしている。
 年齢不詳な美貌の姫の隣にあっても、けっして見劣りしない男だ。
 それが、少しだけ羨ましく感じられた。

 前世、奴と姫の心を手にしようと争った時のことが思い出される。
 よし。同じでいくか。
 俺は歩いて近付きながら、左腕を胸の前に差し伸べた。そして、詠唱を始める。

「汝、沈黙のうちに恵をもたらしめるものよ。我は汝の眷属。同じ理に縛られし者なり。我が声を聞け。我が願いを聞きいれよ! 我が敵を鉄の檻に閉じ込めよ!!」

 詠唱の終わりに、手をふっと顔のあたりまで上げる。それと同時に、ジョシュアの周囲に金属の棒が地面から突き出した。腕を止めて五本の指先を一つにまとめると、棒の上部が湾曲し、鳥篭のような形になった。
 つい面倒で、奴以外の魔法使いも一緒に閉じ込めてしまったけれど、まあいいだろう。殺すつもりはないし。

「王子!? 何をなさいます」

 驚愕の面持ちで、奴だけでなく他の魔法使いたちも檻にすがりついた。
 俺は立ち止まり、にやりと笑った。

「久しぶりだな、ジョシュア」

 ジョシュアの顔色が変わる。

「王子? まさか」
「俺の女がおまえに世話になったって聞いてな」

 奴だけでない。居合わせた全員が息を呑む。俺はせいぜい凶悪に見えるように笑いかけてやった。

「返してもらうぜ。礼はたっぷりはずんでやるからな」
「ブラッド!? ブラッドなのか!?」

 奴は愕然とした表情で俺を見た。
 俺は返事の代わりに再び詠唱を始めた。

「汝、生きとし生けるものを育みしものよ。我は汝の眷属。同じ理に縛られし者なり。我が声を聞け。我が願いを聞きいれよ! 我が敵を氷の覆いに閉じ込めよ!」

 右手を円を描くようにして振り上げ、そのまま左側へと落とす。その動作と共に、右側から厚い氷の塊が地面から湧き出し、半球を描きながら、反対側の地面まで到達する。
 うむ。我ながらいいできだ。金属の檻を包み、無色透明、ゆがみのない氷のドームができあがった。奴が何か叫んでいるが、氷が厚いから、まったく声は聞こえない。

 詠唱とは特別な発声法により、声に魔力をのせて言葉を紡ぐ技術だ。それによって魔法陣と同じ効力を持たせる。
 このとき使われる言葉は、魔法使いによって違う。世界の理に働きかけるには、それを深く理解していなければできないが、その理解度やイメージは人それぞれだからだ。
 つまり、詠唱の文句は魔法使い一人一人に固有のもので、己の証となるもの。誇りであって、他人と同じにするなど滅多にない。
 これで、俺が『英雄ブラッド』だと印象付けられただろう。

 この詠唱で正体がバレるのが嫌で、今まで使ってこなかったが、腹の底から声を出すから、妙に気分が盛り上がるんだよな。まあ、ちょっと発動に時間がかかるのが難点なんだが。

 さあて。次も楽しく詠唱付きでいくかあっ。
 アナローズ姫を賭けた勝負で俺が使った魔法はあと二つ。出し惜しみしないで食らわせてやる。

「汝、沈黙のうちに恵をもたらしめるものよ。我は汝の眷属。同じ理に縛られし者なり。我が声を聞け。我が願いを聞きいれよ! 我が敵を土の覆いに閉じ込めよ!」

 土塊が盛りあがって、氷を覆い隠して実験場に小山が一つできあがった。
 よし。飾り付けだ。

「汝、命に形作られしものよ。我は汝の眷属。同じ理に縛られし者なり。我が声を聞け。我が願いを聞きいれよ! 我が敵をその体で覆い、花を咲かせよ! アナローズ!」

 姫と同じ名を告げる。すると、小山のいたる所から芽が吹きだし、蔓薔薇がはびこった。しばらく待つうちに、白から淡いピンクの大輪の華やかな薔薇が花開いた。
 アナローズ。薔薇の中の薔薇。花の女王。

 俺はその花をいくつか摘んだ。彼女の手を傷つけないように、花に頼む気持ちで詠唱して、棘を落としてもらう。あの時も、こうやって花束を作って彼女に持っていったっけ。
 当時の、どきどきして、不安で、切なくて、わくわくして、独占欲に満ちた、高揚した気持ちがよみがえる。

 ああ、そうだった。彼女だけじゃない。
 俺も確かに、彼女に恋していた。
 俺は幸せな気分に、ほうっと満ち足りた息をついた。
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