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第3話
母とお茶会3
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部屋の外には、護衛が立っているだけだった。誰も呼びに来た者などいない。どうやらあのノックは、ルシアンの仕業だったかと、俺は遅まきながら気がついた。
ルシアンはずんずん歩いていく。どんどん人気へのないほうへと行き、使われていない部屋へと入り込んだ。
それと同時に俺は荒っぽく壁に押しつけられた。ルシアンは、のしかかるようにして、壁に両手をついてくる。そして、母そっくりの壮絶に色気と嫉妬に満ちた目つきで、瞳を覗きこんできた。
「ブラッド。あれが俺たちの母親だって、わかってるよね」
「わかってるよ」
俺は目をそらして、弟の脇の下から逃げ出そうと体を泳がせた。が、ぐっと肩を掴まれ、さらに近い位置で囁かれる。
「あんな女、愛してないよね」
「ああ、うん」
いや、もちろん、親子の情はあるが、そんなのを指しているわけじゃないだろう。こくこくと頷きながら、俺は再び冷や汗が滲んでくるのを感じた。
ルシアンは、俺に執着している。劫火の魔人として王都を襲ったのも、幼い頃に彼を苛めた俺に、復讐するためだったのだ。
で、そんな前世の記憶を保持したままの弟は、今生は兄弟愛に目覚め、その愛を大きく育て、大きく大きく育てすぎ、そろそろ何かの境界を突破しそうな勢いなのだった。
いや、まだ、越えてない! 越えてないよな!!
そう思いながらも、目を合わせられない。合わせたら最後な気がした。
「あんな女より、俺の方が、かわいいよね」
それはまあ、化け物めいた色気の持ち主に比べたら、ルシアンなどかわいいものだった。
「うん、そうだな」
「俺の方が、ブラッドの役に立ってるよね」
「うん、そのとおりだ」
今回もルシアンの機転で外に逃げだせたわけだし。
「俺だって、きれいだよね?」
ねだるような響きに、つい、チラリとルシアンへと目を向けてしまう。どこも貶すところがないどころか、神の手による彫刻だと言っても信じられそうなその顔に、文句などつけようがない。
「ああ。きれいだ」
「ブラッド大好き」
ルシアンが無邪気に笑う。俺は、その破壊力満点な笑顔にやられて、思考を止めた。母の容姿は前世の俺にとって好みど真ん中だった。その記憶を持つ俺にとっても、母と弟の顔は、絶対に言わないが、心揺さぶるものなのだ。
ルシアンは、その最終兵器な笑顔のまま、俺に迫ってきた。
「ブラッドも、俺のこと愛してるよね」
「う」
うん。操り人形のように頷く寸前で、俺は固まった。そのまま見つめ合う。脂汗を流しながら、自分の首が頷かないように、むしろのけぞった。必死の思いで頭の中に言葉をかき集め、口を開く。
「も、もちろん、おまえは俺のかわいい弟だ」
チッ。ルシアンは器用にも、笑顔のまま舌を鳴らした。
あ、あぶなかった。愛してるとか鸚鵡返しに答えていたら、どうなっていたことか。
「それより」
俺は弟の肩をぐいーっと押し退けながら、とにかく話題をそらすべく、言葉を吐いた。が、そこから先が続かない。
話題ぃー、話題ぃーっと。
思考をぐるぐるめぐらせ、ぽかりと浮かんだものに飛びつく。
「それより、今夜の準備はいいのか?」
「準備?」
「うん、そう。ほら、リチェル姫が」
夜這いに。って、俺、なんて話題を。
「ああ、あれ。そうだね、もうちょっと魔法陣増やしとこうかな」
「待て。違うだろう。彼女は賓客だぞ」
国王の甥たちの部屋に仕掛けられた対侵入者用の魔法陣は、相手を一瞬で消し炭に変えるものだ。
「賓客? 何言ってんの、ブラッド。あの女、ねずみ一匹入り込めないはずの俺の部屋の枕元に立つんだよ。ねずみ以下な生き物に決まってんじゃん。クモとかアリとかナメクジとか。もっと緻密なもの仕込んでおかないと、ゆっくり寝られないじゃん」
こともなげに、何かが間違っている対応策を、淡々と話す。それが途中で、例の笑顔に変わって、俺に顔を寄せてくる。
「それとも、今日、兄さんのベッドで寝てもいい?」
「いや。うん。おまえの言うとおりでいいんじゃないか。俺も一緒に魔法陣増やすの手伝ってやるよ」
「そう? ありがとう、兄さん。じゃ、俺の部屋に行こっか」
手を握られ(恋人つなぎ)、引かれて、再び廊下に出る。
俺は、ぎっちり握られた手をなんとか穏便にひき剥がそうとしながら、後でまた、リチェル姫に防御魔法陣をこっそり渡しておかなければと思ったのだった。
ルシアンはずんずん歩いていく。どんどん人気へのないほうへと行き、使われていない部屋へと入り込んだ。
それと同時に俺は荒っぽく壁に押しつけられた。ルシアンは、のしかかるようにして、壁に両手をついてくる。そして、母そっくりの壮絶に色気と嫉妬に満ちた目つきで、瞳を覗きこんできた。
「ブラッド。あれが俺たちの母親だって、わかってるよね」
「わかってるよ」
俺は目をそらして、弟の脇の下から逃げ出そうと体を泳がせた。が、ぐっと肩を掴まれ、さらに近い位置で囁かれる。
「あんな女、愛してないよね」
「ああ、うん」
いや、もちろん、親子の情はあるが、そんなのを指しているわけじゃないだろう。こくこくと頷きながら、俺は再び冷や汗が滲んでくるのを感じた。
ルシアンは、俺に執着している。劫火の魔人として王都を襲ったのも、幼い頃に彼を苛めた俺に、復讐するためだったのだ。
で、そんな前世の記憶を保持したままの弟は、今生は兄弟愛に目覚め、その愛を大きく育て、大きく大きく育てすぎ、そろそろ何かの境界を突破しそうな勢いなのだった。
いや、まだ、越えてない! 越えてないよな!!
そう思いながらも、目を合わせられない。合わせたら最後な気がした。
「あんな女より、俺の方が、かわいいよね」
それはまあ、化け物めいた色気の持ち主に比べたら、ルシアンなどかわいいものだった。
「うん、そうだな」
「俺の方が、ブラッドの役に立ってるよね」
「うん、そのとおりだ」
今回もルシアンの機転で外に逃げだせたわけだし。
「俺だって、きれいだよね?」
ねだるような響きに、つい、チラリとルシアンへと目を向けてしまう。どこも貶すところがないどころか、神の手による彫刻だと言っても信じられそうなその顔に、文句などつけようがない。
「ああ。きれいだ」
「ブラッド大好き」
ルシアンが無邪気に笑う。俺は、その破壊力満点な笑顔にやられて、思考を止めた。母の容姿は前世の俺にとって好みど真ん中だった。その記憶を持つ俺にとっても、母と弟の顔は、絶対に言わないが、心揺さぶるものなのだ。
ルシアンは、その最終兵器な笑顔のまま、俺に迫ってきた。
「ブラッドも、俺のこと愛してるよね」
「う」
うん。操り人形のように頷く寸前で、俺は固まった。そのまま見つめ合う。脂汗を流しながら、自分の首が頷かないように、むしろのけぞった。必死の思いで頭の中に言葉をかき集め、口を開く。
「も、もちろん、おまえは俺のかわいい弟だ」
チッ。ルシアンは器用にも、笑顔のまま舌を鳴らした。
あ、あぶなかった。愛してるとか鸚鵡返しに答えていたら、どうなっていたことか。
「それより」
俺は弟の肩をぐいーっと押し退けながら、とにかく話題をそらすべく、言葉を吐いた。が、そこから先が続かない。
話題ぃー、話題ぃーっと。
思考をぐるぐるめぐらせ、ぽかりと浮かんだものに飛びつく。
「それより、今夜の準備はいいのか?」
「準備?」
「うん、そう。ほら、リチェル姫が」
夜這いに。って、俺、なんて話題を。
「ああ、あれ。そうだね、もうちょっと魔法陣増やしとこうかな」
「待て。違うだろう。彼女は賓客だぞ」
国王の甥たちの部屋に仕掛けられた対侵入者用の魔法陣は、相手を一瞬で消し炭に変えるものだ。
「賓客? 何言ってんの、ブラッド。あの女、ねずみ一匹入り込めないはずの俺の部屋の枕元に立つんだよ。ねずみ以下な生き物に決まってんじゃん。クモとかアリとかナメクジとか。もっと緻密なもの仕込んでおかないと、ゆっくり寝られないじゃん」
こともなげに、何かが間違っている対応策を、淡々と話す。それが途中で、例の笑顔に変わって、俺に顔を寄せてくる。
「それとも、今日、兄さんのベッドで寝てもいい?」
「いや。うん。おまえの言うとおりでいいんじゃないか。俺も一緒に魔法陣増やすの手伝ってやるよ」
「そう? ありがとう、兄さん。じゃ、俺の部屋に行こっか」
手を握られ(恋人つなぎ)、引かれて、再び廊下に出る。
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