上 下
1 / 104
第1話

ことの始まり1

しおりを挟む
 さて、質問です。
 時間的にも空間的にも閉じられたある一定の『場』に、風火木水土の力を暴走レベルで突っこむと、どーなるでしょーか?

 俺は『その中』でくつくつと笑っていた。
 ああ、ぞくぞくする。笑いが止まらない。

「すっげーな、これ」

 白い闇。あるいは黒い光。善も悪もない、ただ純粋な力。始原の、そして終焉にももたらされるだろう、世界の真の姿。
 力ある魔法使いなら、ある意味、求めてやまない究極の大技。

 もっとも、これをやるなら命と引き替えだ。そうそうやる馬鹿はいない。事実、理論的には予言されてきたが、今
までやった奴はいない。
 外からは知覚できず、中で知覚できた者は、時間も空間も閉じられている上に命を落とすから、誰かに伝える術もない。

 世界の真の姿を見られたとしても、得た知識で次なる研究に寄与できないのなら、それは術を行使した魔法使いの
自己満足にしかならない。
 まあ、世界の真理を知れるのだ。魔法使いとしては、最高の死にざまでもあるのだが。

「どうだ、最高だろう?」

 俺は共に閉じこめてやったルシアンに、獰猛に笑いかけた。ルシアンは無表情にこちらを見ていた。
 子供の頃ならば、やめてよー、やめてよー、と弱々しく泣いて、しまいにはいろいろ漏らしてただろうに。

 ルシアンにあの頃の面影はない。運動音痴で気が弱くて臆病で、狭い村の仲間内では、使いっぱしりのいじめられっこ。
 その時分のお山の大将が俺で、気分爽快に豪快にいじめたのも俺。

 まさかあれから十年以上もたって、俺がやっと出世して、高嶺の花のアナローズ姫を射落としたところで、復讐にやってくるとは思ってもいなかった。
 しかも、『劫火の魔人』なんていう、とんでもない二つ名付きで。

 王都全体を囲む巨大な魔法陣が、空から一瞬で大地に焼きつけられた時に、覚悟を決めた。それだけでも被害は甚大だったが、発動させられたら、国ごと滅びる。
 自分の命は二の次だ。それが、この国の守護魔法使いとして、王族の女を手に入れた者の義務だ。

 実は、美姫を手に入れたはいいが、お育ちは違うし、綺麗なだけでなんだかつまんねーし、それより『劫火の魔人』とガチで勝負の方が断然面白い、と思ったことは、内緒だ。
 ところが、喜び勇んで王都の空中に浮かぶ魔人殿とご対面してみたら、なんと同村の幼馴染。しかも最下層の下僕扱いした相手。

「あー、なに、仕返し?」
「この恨み晴らさでおくべきか!!!」

 イッちゃった目で醜く歪んだ表情されたら、なんだか、すとんと納得した。俺、こいつにこんな顔させるようなこと、やっぱりやってたのかって。
 だって、おまえ、へらへら笑ってたじゃん。泣いたって、足蹴にされたって、毎日仲間に入れてくれって、ついてまわってたじゃん。
 俺なら耐えられないと思いながら、こいつにとってはそうでもないのかと思っていた。

 べつに、俺だってルシアンが嫌いだったわけじゃない。他の奴だってそうだっただろう。ただ、鈍臭くて、苛々しただけ。
 だから、俺のいないところでルシアンが苛められて怪我した時は、黙って応急処置してやった。傷をふさいで、骨を接いで。死ねばいいとも、傷つけばいいとも、思ってはいなかった。
 小さな村の中、子供は少なく、物心ついたときから、疑うこともなく仲間の一人だった。
 どこかの流れの魔法使いについて姿を消してしまった時も、心配こそすれ、せいせいしたなどとは思わなかった。

 本当だったら、すげー二つ名引っさげて、よくぞ帰還した、と褒めたたえてやりたかったよ。復讐に他人巻き込むなんてバカやらかさなきゃな。
 あの、一日中ひーひー泣いて、鼻水だか鼻血だかわかんないの始終垂らしていた奴が、『劫火の魔人』だもんな。よほどの覚悟で頑張ったんだろうよ。
 そして、その動機が俺だって言うんなら、受けて立たなきゃ、男がすたるだろう。

 そんなわけで、俺は王都中に仕込んでおいた己の魔法陣を駆使して、ルシアンの魔法陣を大地から引きはがし、そのまま丸めた。ルシアンの魔力が強固で、魔法陣を消せなかったせいだ。……それぞれの力と繋がった、ルシアンと俺を閉じこめて。

 ルシアンの魔力は二つ名通りに、風と火の属性であり、俺の魔力は、木、水、土に呼応する。おかげで、世界を構成する五つの要素全部が、限定された『場』で荒れ狂うことになった。

 俺はすぐに空間を完全に閉じた。この『場』が行き着くところまでいった時に、外の世界に、原初=終焉の力が放出されないように。

 体が分解していくのがわかる。世界は光。あるいは闇。すべては純粋な力に還元されていく。
 俺は混沌に還りながら、ルシアンの魂もむきだしになっていくのが感じられた。
 奴の魂に、『永久不変』の魔法陣が刻まれていることも。

「おまえ、ほんっとうに、バカだな」

 それは、現世の記憶を刻む術。魂は世界に還らず、何度でも同じ意識を保って生まれてくる。
 それほどまでに、復讐を成就させたかったのか。

 魂は人に生まれ変わるとは決まっていないのに。世界は振動する=力の粒子。何も無いように見える空さえ、粒子の一形態でしかない。人の意識を持ったまま、そんなものになってしまったら、いったいどうするつもりなのか。
 発狂すらできないまま、業苦を味わい続けることになるに違いない。

 その魂と、自分の魂が、混沌の中で混じり合ってしまうのがわかる。
 そうして、奴の魂の一番底に刻まれた思いも、ありのままに感じられた。

『おいていかないで。なかまにいれて。いっしょにあそんで』

 奴の中で俺は輝いていて、憧れて、手を伸ばさずにはいられない存在で。

『おれをわすれないで』

 薄暗くなり始めた林の中、誰も探しにきてくれなかったかくれんぼう。
 寂しい寂しい痛い記憶。
 そんな記憶は自分にはなかった。悪意があってやったんじゃない。恐らく腹がへったとかで、途中で解散したんだろう。それだけのことだった。
 なのに、どうすんだ、この始末。
 体はもうなかったが、俺は溜息をついた。

 まあ、いい。すべては後の祭りだ。飽和した力は、最早制御などできない。どうなるのかわからなくても、流れゆくしかない。

 『場』の中のなにもかもが混じり合っていく。意識が膨張=収縮する。世界の真理に魂をさらす。
 そして……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...