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デビュタントの日
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今年もまた、デビュタントの日が来てしまったのね。
きらびやかな中にも初々しさのある飾り付けを見て、胸の内に暗雲がかかる。
デビュタントの日。貴族の娘が正式に社交界に出るお披露目のための夜会を、国王陛下が開いてくださり、そこでデビューする娘達がダンスを披露して、謁見を許される。
これを機に、娘達は「貴族として」結婚できるようになる。つまり、結婚相手を探し始め、……そして、「めぼしい娘」から決まっていくのだった。
私も二年前にデビューした。
一年目は、右も左もわからない中、母のご友人の方々に引き立てていただき、二つ下の義弟の――男性は十三、四から、父親に従って社交を開始する――ご友人方にもよくしていただいて、社交の場に慣れるのだけで精一杯だった。……だというのに、一緒に行動していたはずの友人の半分は、婚約者が決まっていた。
驚いた。だって、私だって彼女達がダンスに誘われたときには、壁の花になどならずに踊っていたし、踊り疲れれば、男性達とのお喋りも楽しんでいたのだから。……でも、よく考えれば、義弟のご友人や親族とばかりだった。
それに気付いたとき、呆然と崩れ落ちた。義弟が「アンジェリカ、大丈夫ですか」とあわてて抱き起こし、介抱してくれなければ、家の廊下でへたりこんだままだっただろう。
もちろん、年下の男性との結婚も珍しくはない。けれど、義弟のご友人方は、友人の姉として親切にしてくださっているのが疑いようがないくらい礼儀正しい方ばかりで、求婚してくれそうな素振りは少しも見られなかった。
これではいけないと一念発起した二年目。オフシーズンに礼儀作法を磨き直し、深く教養を身につけるべく勉強し、社交シーズンには夜会という夜会に出席した。
けれど実感したのは、「売れ残り」と「出荷されたばかりの優良品」では、売れ残りにあまりに分が悪いということだった。
結局私は、今度は友人達の旦那様方も加わってよくしていただき、さみしい思いはしないですんだものの、なんら成果を上げられなかったのだった。
……残っていた友人達も皆、婚約が決まったというのに。
もう、社交界になんて出たくない。喪中だとか財政が逼迫しているとか病気とか、何の理由もないのに、三年目なんて嫁ぎ遅れもいいところだ。
けれど、領地に引きこもったり、修道院に入るという選択肢は、私にはない。
……だって、私は、母の連れ子だから。
特に、可愛い義弟のためにも、ぜひ早く結婚したいと思っているのだ。
実のお母様を亡くして悲しくさみしい思いを抱えていた義弟は、似た年頃の私によく懐いてくれて、それは十八になった今も変わらない。
自分だってそろそろ花嫁を探さないといけないのに、まずは私のことばかり心配してくれるのだ。
社交界で私が気詰まりな思いをしないように、また、手癖の悪い男に引っ掛からないように、私の側を離れない。
そんな、いつまでも相手の見つからない、血の繋がらない小姑を抱えた義弟に秋波を送ってくれるご令嬢は、たくさんいるというのに!
義弟は、きらめく銀髪に赤みがかった瞳も美しい、見目麗しい貴公子だ。古い武門の血筋で伯爵位の中でも高位を誇る名門の後継者でもある。
今はいずれ将軍となる第二王子の側近となっており、王族の覚えもめでたい子なのだ。
どんな娘もよりどりみどりとはいえ、「めぼしい娘」から売れていってしまう。私に関わっていたら、義弟はどんどん「めぼしい娘」を逃がしてしまうだろう。
そう。今年は義弟と同年の娘達がデビュタントなのだ。義弟と年の近い年上の「めぼしい娘」は売り切れた。ここから何年間かが、義弟にとって勝負の時になる。
私にかかずらっている場合ではないのに、私によく懐いている弟は、けっして私を見捨てないだろう。
そんなわけで、一刻も早く私は結婚相手を見つけなければならないのだった。
……もしも。もしもの時は、修道院に入るしかないとは思っている。ただ、それは最終手段にしたい。高額のお布施をしなければならないし、愛する家族ともあまり会えなくなるから。
それに私だって、信頼できる方と結婚して、子を持ってみたいと思っているのだ。
お義父様は私を家に正式に入れてくださって、本当の父親のように愛し、家族として大事にしてくださっている。
私の婚約がいつまでも決まらないというのに、「アンジェリカはずっとこの家に居ればいいのだよ」などとニコニコしていて、少しも危機感がない。
お母様も、「焦って妥協しなくても、あなたなら必ず、あなたを愛し、大切にしてくださる、素敵な旦那様がどこにいるか気付くわよ」と鷹揚におっしゃるばかり。
お義父様とお母様の間に生まれた弟は、生意気になってきてこの頃は口を利いてくれないけれど、血の繋がった弟より弟らしい義弟の方は、今日も私のエスコートを買って出てくれるのだ。
――家族の愛は嬉しい。でも、重くて役に立たない。いえ、一人の求婚者も引っ掛けられない、ふがいない私が一番悪いのだけど。
きらびやかな中にも初々しさのある飾り付けを見て、胸の内に暗雲がかかる。
デビュタントの日。貴族の娘が正式に社交界に出るお披露目のための夜会を、国王陛下が開いてくださり、そこでデビューする娘達がダンスを披露して、謁見を許される。
これを機に、娘達は「貴族として」結婚できるようになる。つまり、結婚相手を探し始め、……そして、「めぼしい娘」から決まっていくのだった。
私も二年前にデビューした。
一年目は、右も左もわからない中、母のご友人の方々に引き立てていただき、二つ下の義弟の――男性は十三、四から、父親に従って社交を開始する――ご友人方にもよくしていただいて、社交の場に慣れるのだけで精一杯だった。……だというのに、一緒に行動していたはずの友人の半分は、婚約者が決まっていた。
驚いた。だって、私だって彼女達がダンスに誘われたときには、壁の花になどならずに踊っていたし、踊り疲れれば、男性達とのお喋りも楽しんでいたのだから。……でも、よく考えれば、義弟のご友人や親族とばかりだった。
それに気付いたとき、呆然と崩れ落ちた。義弟が「アンジェリカ、大丈夫ですか」とあわてて抱き起こし、介抱してくれなければ、家の廊下でへたりこんだままだっただろう。
もちろん、年下の男性との結婚も珍しくはない。けれど、義弟のご友人方は、友人の姉として親切にしてくださっているのが疑いようがないくらい礼儀正しい方ばかりで、求婚してくれそうな素振りは少しも見られなかった。
これではいけないと一念発起した二年目。オフシーズンに礼儀作法を磨き直し、深く教養を身につけるべく勉強し、社交シーズンには夜会という夜会に出席した。
けれど実感したのは、「売れ残り」と「出荷されたばかりの優良品」では、売れ残りにあまりに分が悪いということだった。
結局私は、今度は友人達の旦那様方も加わってよくしていただき、さみしい思いはしないですんだものの、なんら成果を上げられなかったのだった。
……残っていた友人達も皆、婚約が決まったというのに。
もう、社交界になんて出たくない。喪中だとか財政が逼迫しているとか病気とか、何の理由もないのに、三年目なんて嫁ぎ遅れもいいところだ。
けれど、領地に引きこもったり、修道院に入るという選択肢は、私にはない。
……だって、私は、母の連れ子だから。
特に、可愛い義弟のためにも、ぜひ早く結婚したいと思っているのだ。
実のお母様を亡くして悲しくさみしい思いを抱えていた義弟は、似た年頃の私によく懐いてくれて、それは十八になった今も変わらない。
自分だってそろそろ花嫁を探さないといけないのに、まずは私のことばかり心配してくれるのだ。
社交界で私が気詰まりな思いをしないように、また、手癖の悪い男に引っ掛からないように、私の側を離れない。
そんな、いつまでも相手の見つからない、血の繋がらない小姑を抱えた義弟に秋波を送ってくれるご令嬢は、たくさんいるというのに!
義弟は、きらめく銀髪に赤みがかった瞳も美しい、見目麗しい貴公子だ。古い武門の血筋で伯爵位の中でも高位を誇る名門の後継者でもある。
今はいずれ将軍となる第二王子の側近となっており、王族の覚えもめでたい子なのだ。
どんな娘もよりどりみどりとはいえ、「めぼしい娘」から売れていってしまう。私に関わっていたら、義弟はどんどん「めぼしい娘」を逃がしてしまうだろう。
そう。今年は義弟と同年の娘達がデビュタントなのだ。義弟と年の近い年上の「めぼしい娘」は売り切れた。ここから何年間かが、義弟にとって勝負の時になる。
私にかかずらっている場合ではないのに、私によく懐いている弟は、けっして私を見捨てないだろう。
そんなわけで、一刻も早く私は結婚相手を見つけなければならないのだった。
……もしも。もしもの時は、修道院に入るしかないとは思っている。ただ、それは最終手段にしたい。高額のお布施をしなければならないし、愛する家族ともあまり会えなくなるから。
それに私だって、信頼できる方と結婚して、子を持ってみたいと思っているのだ。
お義父様は私を家に正式に入れてくださって、本当の父親のように愛し、家族として大事にしてくださっている。
私の婚約がいつまでも決まらないというのに、「アンジェリカはずっとこの家に居ればいいのだよ」などとニコニコしていて、少しも危機感がない。
お母様も、「焦って妥協しなくても、あなたなら必ず、あなたを愛し、大切にしてくださる、素敵な旦那様がどこにいるか気付くわよ」と鷹揚におっしゃるばかり。
お義父様とお母様の間に生まれた弟は、生意気になってきてこの頃は口を利いてくれないけれど、血の繋がった弟より弟らしい義弟の方は、今日も私のエスコートを買って出てくれるのだ。
――家族の愛は嬉しい。でも、重くて役に立たない。いえ、一人の求婚者も引っ掛けられない、ふがいない私が一番悪いのだけど。
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