暁にもう一度

伊簑木サイ

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閑話 ルティンの恋

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「コランティア、なにを考えている」

 斜め後ろを歩くフェリアス・ハイデッカー護衛隊長が、さも嫌そうに声をかけてきた。

「我が麗しの王妃陛下のことを」
「身ぎれいも良し悪しだと言っただろう。自分から不穏の種を蒔くのは、いいかげんやめろ。そんな物言いをするから、勘繰られるんだ」
「王妃陛下以上の女性を連れてきてから、そういうことは言われたいものだな」

 ルティンは平気な顔で嘯いた。ルティンたち姉弟の仲がよいのは有名だ。時に近親相姦を疑われるが、下種は一匹残らず処分してきたおかげで、最近では不愉快な思いをすることは、めっきり減っている。

 なにかと小うるさいハイデッカーは同い年で、姉に紹介されたのは、奴がまだ騎士見習いの十四の時だった。以来、何かというとこうやって組まされる。おもに姉の誤解によるもので、彼女は二人を無二の親友同士だと思っているのだ。大きな誤解だった。この世に奴ほどいけ好かない男はいないと、互いに思っている。

「くだらない用で話しかけないで、警護に専念してもらいたいのだが」
「してるから声をかけたんだろうが。憂い顔で遠くを見るな。色気駄々漏れで溜息吐くな。できたら仮面でも被ってくれと、再三言ってるだろう」

 ルティンは壮絶に艶やかな流し目をハイデッカーにくれ、ますます嫌そうにしたのを認めて、足を止めて向き直った。最上級の笑顔で微笑んでみせてやる。彼が顔を引き攣らせたのを見て、ルティンはさらに笑みを深くした。
 居合わせた者たちは、ルティンの周囲に、ぱあっと花が咲き乱れ、花びらが舞い散ったかのような錯覚を覚えた。あまりの美しさに息を止めて見入る。
 彼は美しい青年だった。二十代も半ばを越えているのに、恐らく女装してもまったく違和感がない。柔らかに波打つ薄茶の髪を、首の後ろで無造作に括ってあるだけだったが、立った襟からのぞくうなじが妙に色っぽかった。

 ハイデッカーは素早い動作で剣を抜き、ひゅん、とルティンの前の空を切り裂いた。その勢いのまま、ガッと大地に切っ先を突き立てる。

「てめえ、その顔、切り刻んでやろうか」

 護衛対象のルティンを威嚇しているが、その実、一挙に剣呑な雰囲気に持ち込んで、部下たちの目を覚まさせようとしているのだ。

「人の親切を仇で返すとは、見下げ果てた阿呆だな」

 面の皮一枚ごときで狂う人間など、いざという時、役立つか怪しい。ルティンにしてみれば、自分の顔を使って判断材料を一つ提供してやっているだけだ。

「ふざけんな。俺が何人の部下を失ったと思っている」
「おまえの監督不行き届きのせいだろう。指導力不足だな」

 けろりと言い返すと、今度は本気で怒った。目に殺気が宿る。真実を言い当てすぎたようだった。それに、ハイデッカーにも面子というものがある。彼は説教くさくて鬱陶しいが、なけなしの面子を叩き落して靴底で踏み躙ってやったほうが世間のためだというようなクズではない。ここは一旦、退くべきだろう、とルティンは判断した。

「まあ、落ち込むな。少数精鋭、結構なことじゃないか」
「その元凶が、しゃあしゃあと言うな!!!!」

 ハイデッカーは剣を振り上げて怒鳴り散らし、危険を感じた奴の部下たちは、後ろから一斉に飛びついて、彼の興奮が治まるまで、愉快な騒動を繰り広げたのだった。
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