暁にもう一度

伊簑木サイ

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第九章 束の間の休息(海賊の末裔の地キエラにおいて)

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 ジェナスはしばらく、ソランの手を離すことなく捧げ持つようにし、それにじっと目を落としていた。やがて、独り言のように語りだした。

「失われた神は、おそらく『ウリクの双子神』でいらっしゃったと思われます」

 ソランは聞き覚えがなく、皆は知っているのだろうかと、それぞれの顔を見まわした。思い当たる節はあるようだったが、詳しいことは誰も知らないようだ。ディーが代表して尋ねた。

「すみません、それは唯一、軍神を降くだすことができるという双子の片割れの神のことですか?」
「そうです。あなたはどのような話を知っていますか? あなたの知っている話を教えてください」
「たいした話は。ただ、軍関係者にとっては禁忌の神ですよね?」

 殿下に話を振る。

「そうだな。ウリクセーヌより強いならそちらを崇めればよいようなものだが、そうするとウリクの嫉妬を買って、戦に必ず負けると言われているからな」
「嫉妬ですか? 自分を崇めずに敵対する神を崇めるから?」
「いいや、確か違ったと思ったが」

 ソランの質問に、確信がなさそうにして、殿下は振り返って背後に控えるディーを見上げた。

「ええ。ウリクセーヌは己の片割れである神を溺愛していたとか。だからその神の気を引くものを憎んだそうで」

 ソランは理解がまったくできず、眉を顰めた。だからといって憎むなど、わけがわからなかった。なんとなく、そんな愛を向けられた方こそ、重く煩わしかったのではないかと思った。
 ソランの不得要領な顔に察してくれたのだろう、ジェナスが説明をしてくれる。

「人間が便宜上、親子や兄弟と理解しただけで、神々は血肉で繋がっていらっしゃるわけではありませんから。対である存在は、それだけ繋がりが深かったのでしょう」

 ソランはそれに、ふと、母の話を思い出した。

「親子も親子ではないと?」
「父神は主神セルレネレス、母神は冥界の女王マイラであり、その他の神々は皆二柱の子供ということになっております。ですが、セルレネレスはその子神から幾柱もの妻を娶っていらっしゃいますし、また他の神々も兄弟同士で婚姻していらっしゃいます」

 そういえばそうである。人の関係に落として考えてはいけなかったのだ。ソランはようやく腑に落ちた。だからセルレネレスは、宝剣の主を殺すほど嫉妬したのだろう。

「双子神の名も、どんな神であったかも伝わってはおりませんが、戦神のウリクセーヌが双子神に降されることによって戦は終わり、平和が訪れるのだと言われております」
「他にも崇められずに忘れられた神々はあるのではないか? なぜ、その神だと言うのだ?」
「ウリクセーヌが天の守護神でもあられるからです。双子神が対の存在でいらっしゃるというのならば、地の守護神でいらっしゃったはず。だからこそ失われた神は、神力を解放してまでこの地を守られたのではないかと思うのです」

 全員の視線がソランに集まった。その居心地悪さに、なんですか、と聞く。

「いや、そうだな、聞くだけ無駄か」

 殿下が独りごちた。それにむっとして言い返す。

「無駄ってなんですか」
「別におまえを責めてはおらん。覚えているはずのないことを聞いてもしかたなかろう」
「殿下だって覚えていらっしゃらないでしょう」
「ああ。別人の話だとしか思えんな」
「私だってそうです」

 なのに、宝剣の主だ、失われた神だ、と言われたところで、実感などあるわけがないのだ。自分たちがいにしえの誰かだったなどと、本当は思ってもいなければ、信じてもいない。関係ないとすら感じている。
 それでも、目の前に苦しむ人々がいて、ソランたちがどうにかすることでその人たちが救えるというのなら、やらないではいられない。ただ当たり前のことをしようとしているだけだ。

「私は、先程確信いたしましたよ」

 ジェナスが愛しげに、ソランの手の甲を一撫でした。ぞくっとして、思わず体を強張らせる。その感覚はひどく艶かしくて、手を引っ込めたい衝動をありったけの自制心で抑えた。
 こんな感覚を与えられて許せるのは、ソランにとって殿下しかいなかった。それ以外はたとえ女性であっても、拒絶感で心がいっぱいになってしまう。今はもう、その感覚が何に繋がるか知っているから、無防備ではいられなかった。

 それに気付いたのだろう。ジェナスは寂しげに苦笑して、ソファから身を乗り出し、ソランの手を引いて、斜め向かいに座っている殿下へと引き渡した。

 何が起こっているのかわからぬままに背を押され、ソランは隣を空けてくれた殿下の横へと座る。呼び寄せるように肩に殿下の手がのせられて隣を見ると、覗き込んでくる目とかち合い、ソランは安堵が心に広がるのと同時に、どきどきする気恥ずかしさに我慢できず、すぐに俯いた。
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