暁にもう一度

伊簑木サイ

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第四章 王宮の主たち

3-2

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 エメット婦人に、祖父に会いたい旨を連絡してほしいと頼んでから、イアルと二人で食事をとった。
 視察から帰ってきてから、ソランの食事も待たされた上に、すっかり冷めたものが出されるようになっている。毒見がされているのだ。
 イアルの湯気を上げている温かいスープを物欲しそうな目で見ていたら、諦めろ、と一言で切り捨てられた。

「ああ、早く領地に帰って、エイダ小母さんの料理が食べたい」

 ソランは頬杖をついてぼやいた。冷めているだけで、なんと味気なくなることか。

「おまえ、いつごろ帰れるつもりでいるんだ?」
「ええ?」

 ソランは考えをめぐらせた。剣の主は不死人に狙われるから、ソランまでこんな目にあっているのであり、それを片付けるには、まだ当分かかりそうである。というより、ひょっとしたら呪いが解けるまで駄目なのではないかと気付いた。

「へたすると、一生?」
「今頃気付いたのか」

 イアルが溜息を吐く。

「おまえ、もう少し緊張感を持ってくれ。おまえに何かあったら、俺がマリーに殺される」
「そこまでは」
「するに決まってんだろう! 俺と八日会わなくても平気だけど、おまえにはたっぷり抱きつくくらいなんだからな!」

 イアルはすっかり根に持っていた。

「嫉妬するなよ」
「嫉妬くらいさせろ」
「あー、はいはい」

 ソランは面倒になって、行儀悪く椅子に横向きに座った。向き合ってなんて食べていられない。
 そうこうするうちに祖父がやってきて、三人はソランの部屋へと移動することにした。



 兵の個室に備品の椅子は一つだけだ。その椅子を祖父にすすめ、ソランはベッドに腰掛け、イアルは立ったままでいた。

「さて、何の話かな?」
「はい。……先ほど、王家の方々とお会いしてきました。それで、陛下から請け負っている仕事について、詳しく聞きたいと思ったのです」
「おまえがそう言ってくれるのを待っていたぞ」

 祖父は立って、彼女を抱き締めた。ソランは驚いて、その顔をよく見ようとした。祖父はすぐに手を離して、満足げに彼女を眺めた。

「上に立つ者が、この仕事を厭うておるのに命令すれば、部下は己に誇りを持てない。そんなもののために命を懸けさせることはできんからな」
「はい。今までどのくらい甘えてきたことか。おじい様にも皆にも申し訳なかったと思っています」
「おまえが皆を心配し、憂えていたことは、誰もが知っている。誰もおまえを責めてはおらんよ」

 ソランは口元を引き締めた。祖父の部下たちの優しさが身に沁みた。

「まずはおまえにすべての情報を渡そう。そしてこれからは、おまえが行く先を示しなさい。私たちはそれに従おう」
「おじい様、私にはまだ」
「早いということはなかろうよ。遅かれ早かれ、おまえがあの領地を受け継ぐのだ。何、心配はいらない。細々とした指示はイアルが出すし、その補佐は私がする。イアルは有能だぞ。もっと使え」

 ――使えって。
 そんな風にイアルを見たことはなかった。兄のように思っているのだ。
 ――でも、もう、それでは駄目なのだ。
 ソランはイアルを見た。表情を硬くしている。ソランの顔もきっとそうなのだろう。

 彼は際限なくソランを甘やかし、守ってくれる。結婚しても、もっと愛する人がいても、傍で支え続けてくれる。これからもきっと。だけど、それに甘えて、すがってはいけないのだ。
 ソランは、一人で皆の前に立てなければいけない。領民たちの未来を背負い、すべての責任を負わなければ。

 わかっていたつもりだった。覚悟したつもりだった。何度もそう思ってきたというのに、それらはまだ甘かったのだと、この瞬間に思い知る。なんという孤独と重圧だろう。
 それでも、だからこそ、彼女は口角を引き上げ、笑顔を作った。まずは笑って見せよと叩き込まれた通りに。

 イアルがはっとしたように、いずまいを正した。

「頼りにしている。頼んだよ、イアル」
「仰せのままに」

 イアルが高貴な者に対する正式な礼を返してきた。
 それは二人にとって、二度と戻ってはいけない門出だった。



「おや、鐘が鳴っているな。もうこんな時間か。殿下の許へ行かねばならんのだろう?」
「はい」
「では、今日はここまでだな。残りは、時間を見繕って、イアルに教えてもらうといい」
「わかりました」

 様々なことを伝えられはしたが、最終的に、ソランは細かいことは気にしなくていいと言われた。おまえは大筋を知り、未来を紡げばよい、と。
 だが同時に、時間的にそれほど余裕がないことも知った。

 エルファリア殿下の体は、王位には耐えられない。
 しかし、ミルフェ姫が女王に立つとなれば、恐らく王配の座を狙う大領主たちは争い、内乱が起きるだろう。そして、あの姫では伴侶の傀儡となるしかない。
 そうなれば、アティス殿下が王族の地位を返上し臣従を誓ったとしても、火種である彼は、いつか必ず殺される。
 姫は結婚適齢期であり、アティス殿下の年齢から言って、誰がいつ立太子してもおかしくはない。今まさに、一触即発の状態なのだ。

 それをわかっていながら、アティス殿下は未だ踏み切ろうとしない。ありとあらゆる手を尽くして、平穏を保とうとするだけだ。エルファリア殿下の下で軍を率い、その治世を助けたいのだと言って。

「エルファリア殿下がミアーハ嬢と婚約したことで、そちらはだいぶ落ち着いたのだよ。リングリッド将軍は、アティス殿下の後見でもいらっしゃるからな。だが、ミルフェ姫の方は、その分活発になっている。アティス殿下さえ亡き者にできれば、権力が転がり込んでくるのだ。権力に取り憑かれた者にとっては、堪らない状況だろうよ」

 祖父はそこまで言うと、いかんいかん、と席を立った。

「殿下をお待たせしてはならん。さあ、お行き」

 共に部屋を出ようと、ソランの腕を引く。しかし、ソランの動きは鈍かった。珍しく緊張しているらしい様子を見て、首を傾げると、フム、と頷いた。

「取り繕っても、殿下は見抜かれるぞ。ならば、おまえはおまえでいるしかなかろう?」

 そのとおりだ。それで不興を買うのは辛いが、しかたがない。甘言を使って蔑まれるよりは、よほどましである。
 ソランは諦めて腰を上げ、祖父に続いた。
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