23 / 272
第三章 大河サラン視察
1-4
しおりを挟む
その後、ソランたちは大河に沿って川上へと向かい、一号取水場の北西にある小高い山に築かれたエニュー砦に入った。
馬を預け、警備隊長と挨拶を交わし、すぐに物見台に案内された。
素晴らしい景色だった。左手には大河。眼下に支流である水路がゆるやかにくねりながら、少し高い地に築かれた三つの塔を持つ王都へと、きらめきながら流れていく。あたりは深い秋色に染まり、平和と豊穣が地平線の果てまでおおっていた。
目の端にハレイ山脈を認め、頂の雪が、傾いた日に金色に輝くのを見た時、ソランはこみ上げてくる熱いものに、息を止めた。
神々は遥か昔に遠く去り、最早この地上にいない。それでも神々の残した息吹は確かに息づき、世界に恩寵をもたらしている。それは日常に隠された、まごうことなき奇跡だった。
――今日の一日が与えられたことに感謝いたします。
ソランは、女神と、初めて女神以外の神々にも、心の中で祈りを捧げた。
どのくらいそうしていたのだろう。ソランの頭に、ぽんぽんと二度手がのせられた。いたわりのこもったそれに、顔を向ける。殿下の緑色の瞳が、光の加減で山脈と同じ金色に見えた。クシャリと髪をかき混ぜられる。
「泣かんでもよいだろう」
言われてもわからずにきょとんとしていると、頭の上にあった手が下りてきて、少々荒っぽく頬を拭われた。
「え? あれ?」
自分でもびっくりして、慌てて両手で顔を拭く。でも、涙は付いてこなかった。一粒二粒零れ落ちただけらしい。それでも恥ずかしくて、ソランは真っ赤になった。
「まあ、わからんでもないがな。守らねばと思わされる」
殿下は目の前の風景に視線を戻した。
ソランはすぐ隣にある、殿下の横顔に見入った。瞳は強い力を宿し、冒しがたい威厳が全身から放たれている。
――嗚呼。
唐突に心が震えた。
――この人の盾となり剣となりたい。
心臓が高鳴り苦しかった。ソランは血が逆流するような感覚の中で確信していた。
私はずっと、この方を探していたのだ。暁の中、追い求めていたのは、他の誰でもなく、この方、だったと。
馬を預け、警備隊長と挨拶を交わし、すぐに物見台に案内された。
素晴らしい景色だった。左手には大河。眼下に支流である水路がゆるやかにくねりながら、少し高い地に築かれた三つの塔を持つ王都へと、きらめきながら流れていく。あたりは深い秋色に染まり、平和と豊穣が地平線の果てまでおおっていた。
目の端にハレイ山脈を認め、頂の雪が、傾いた日に金色に輝くのを見た時、ソランはこみ上げてくる熱いものに、息を止めた。
神々は遥か昔に遠く去り、最早この地上にいない。それでも神々の残した息吹は確かに息づき、世界に恩寵をもたらしている。それは日常に隠された、まごうことなき奇跡だった。
――今日の一日が与えられたことに感謝いたします。
ソランは、女神と、初めて女神以外の神々にも、心の中で祈りを捧げた。
どのくらいそうしていたのだろう。ソランの頭に、ぽんぽんと二度手がのせられた。いたわりのこもったそれに、顔を向ける。殿下の緑色の瞳が、光の加減で山脈と同じ金色に見えた。クシャリと髪をかき混ぜられる。
「泣かんでもよいだろう」
言われてもわからずにきょとんとしていると、頭の上にあった手が下りてきて、少々荒っぽく頬を拭われた。
「え? あれ?」
自分でもびっくりして、慌てて両手で顔を拭く。でも、涙は付いてこなかった。一粒二粒零れ落ちただけらしい。それでも恥ずかしくて、ソランは真っ赤になった。
「まあ、わからんでもないがな。守らねばと思わされる」
殿下は目の前の風景に視線を戻した。
ソランはすぐ隣にある、殿下の横顔に見入った。瞳は強い力を宿し、冒しがたい威厳が全身から放たれている。
――嗚呼。
唐突に心が震えた。
――この人の盾となり剣となりたい。
心臓が高鳴り苦しかった。ソランは血が逆流するような感覚の中で確信していた。
私はずっと、この方を探していたのだ。暁の中、追い求めていたのは、他の誰でもなく、この方、だったと。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる