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第二章 水の都 王都アティアナ
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談笑しながら、ゆっくり晩餐を味わう。お互いの近況、ソランの留学、ルティンの学校生活。話すことはいくらでもあった。
祖父がさっき殿下にお会いした時のことを、面白おかしく披露した。ひとしきり笑いあい、父がにこやかに言った。
「ソラン、殿下に私たちの関係を知られないようにね」
「そうおっしゃるのならそうしますが」
なぜだろう? ソランの顔色を読み、慌てたように付け加える。
「ああ、難しい理由があるわけじゃないんだよ。ただ、すごく警戒されると思うから」
だから、なぜ?
無言の問いに、父がにこにこっと笑った。
優しげなそれが、胡散臭いと感じるようになったのはいつごろからだっただろうか。甘くて優しいだけで大神官をやっていられるほど、神殿は清らかな場所ではないはずだ。むしろ、気付いてみれば、家族の中の誰よりも腹黒い笑いに見えるのだった。
「実は、殿下の教育係をしていた時にね、あんまりさぼってばかりいらっしゃるから、リリアに捕獲を頼んだことがあったんだ。ね、リリア?」
「ああ。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、お小さい頃から、よく頭のまわる方でな。普通に探してもまず見つからんのだ。それで、最終的に罠を何箇所かに仕掛けて捕獲したんだ」
「獣用の捕獲網の中の悔しそうな顔は傑作だったね」
両親が微笑みを交わす。不敬罪で投獄されてもおかしくないようなことをした挙句、捕獲だの傑作だったのとまで言うのに、絶句しているソランに視線を戻し、再びにこりとすると、
「その日はとてもよい天気で、木陰が気持ち良くてね、それほど外がよろしいならと、リリアに縄で括ってもらって、木の枝につるし上げてもらって、講義をしたんだ。それ以来、さぼることはなくなったんだけど、すっかり他人行儀になってしまってねえ。良い生徒になってしまうと、それはそれで物足りない気分になるのは、不思議なものだよね」
ソランは殿下に同情した。幼い子供が大人二人掛かりでそんなことをされたら、トラウマになるだろう。
「でも、バレても平気だと思います。子供には優しい方だから」
ルティンが笑顔で請けあってくれた。
「私が両方の靴紐を結び合わせておいたせいで転ばれた時も、怒ったりしなかったし」
「靴紐を結び合わせた?」
「はい。お父様について王宮に行ったんですけど、つまらないし、知らない人がかまってきてうるさいし、机の下に潜りこんで隠れていたんです。そうしたら、殿下がちょうどやってきて、私に気付かれたんですけど、そこに座って匿ってくれたんです。ただ、机の下には何もなくて、それであんまり暇だったから、そおっと靴紐を解いて、右と左を結びつけてみたんです」
「それは恩を仇で返すと言わないか?」
「いいえ。油断大敵って言うんですよ」
ソランは己の目を疑いたくなった。
――ああ、なんだろう。ルティンの美しくて可愛い笑顔が、父と同じものに見えてくるなんて。
「というわけだから、おまえはイリスの血縁者で私の養子になったと、説明申し上げたんだ。嘘ではないだろう?」
祖父が締めくくる。
「……そうですね」
いっそ聞かなければよかった。殿下の顔を見るたびに思い出して、いたたまれない思いに駆られそうだ。いつか、この人たちと親子や兄弟だとバレた時、家族の非礼を詫びるべきだろうか。
ソランは本気でしばらく悩んだのだった。
祖父がさっき殿下にお会いした時のことを、面白おかしく披露した。ひとしきり笑いあい、父がにこやかに言った。
「ソラン、殿下に私たちの関係を知られないようにね」
「そうおっしゃるのならそうしますが」
なぜだろう? ソランの顔色を読み、慌てたように付け加える。
「ああ、難しい理由があるわけじゃないんだよ。ただ、すごく警戒されると思うから」
だから、なぜ?
無言の問いに、父がにこにこっと笑った。
優しげなそれが、胡散臭いと感じるようになったのはいつごろからだっただろうか。甘くて優しいだけで大神官をやっていられるほど、神殿は清らかな場所ではないはずだ。むしろ、気付いてみれば、家族の中の誰よりも腹黒い笑いに見えるのだった。
「実は、殿下の教育係をしていた時にね、あんまりさぼってばかりいらっしゃるから、リリアに捕獲を頼んだことがあったんだ。ね、リリア?」
「ああ。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、お小さい頃から、よく頭のまわる方でな。普通に探してもまず見つからんのだ。それで、最終的に罠を何箇所かに仕掛けて捕獲したんだ」
「獣用の捕獲網の中の悔しそうな顔は傑作だったね」
両親が微笑みを交わす。不敬罪で投獄されてもおかしくないようなことをした挙句、捕獲だの傑作だったのとまで言うのに、絶句しているソランに視線を戻し、再びにこりとすると、
「その日はとてもよい天気で、木陰が気持ち良くてね、それほど外がよろしいならと、リリアに縄で括ってもらって、木の枝につるし上げてもらって、講義をしたんだ。それ以来、さぼることはなくなったんだけど、すっかり他人行儀になってしまってねえ。良い生徒になってしまうと、それはそれで物足りない気分になるのは、不思議なものだよね」
ソランは殿下に同情した。幼い子供が大人二人掛かりでそんなことをされたら、トラウマになるだろう。
「でも、バレても平気だと思います。子供には優しい方だから」
ルティンが笑顔で請けあってくれた。
「私が両方の靴紐を結び合わせておいたせいで転ばれた時も、怒ったりしなかったし」
「靴紐を結び合わせた?」
「はい。お父様について王宮に行ったんですけど、つまらないし、知らない人がかまってきてうるさいし、机の下に潜りこんで隠れていたんです。そうしたら、殿下がちょうどやってきて、私に気付かれたんですけど、そこに座って匿ってくれたんです。ただ、机の下には何もなくて、それであんまり暇だったから、そおっと靴紐を解いて、右と左を結びつけてみたんです」
「それは恩を仇で返すと言わないか?」
「いいえ。油断大敵って言うんですよ」
ソランは己の目を疑いたくなった。
――ああ、なんだろう。ルティンの美しくて可愛い笑顔が、父と同じものに見えてくるなんて。
「というわけだから、おまえはイリスの血縁者で私の養子になったと、説明申し上げたんだ。嘘ではないだろう?」
祖父が締めくくる。
「……そうですね」
いっそ聞かなければよかった。殿下の顔を見るたびに思い出して、いたたまれない思いに駆られそうだ。いつか、この人たちと親子や兄弟だとバレた時、家族の非礼を詫びるべきだろうか。
ソランは本気でしばらく悩んだのだった。
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