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第10章 - 神話の終わり
6 - 永遠の蒼穹のもとで
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グスタフが望んだこの浮遊する地に彼を連れてきた瞬間、私はようやく、彼の言葉の本当の意味を理解した。あの老兵の話を聞いたときのグスタフの表情が、今でも脳裏に焼き付いている。あの瞬間、彼はすでにこの場所を自分の最期の地として選んでいたのかもしれない。私が彼のそばに跪き、そっとその瞳を見つめると、彼はかすかに笑った。
「この風は、心地よいだろう?」
グスタフは、まるでそれが何よりも大切なことだと言わんばかりに、弱々しい声でそう言った。頬を撫でる冷たい風が、静かに彼の髪を揺らし、その動きは、この浮遊する半島の穏やかさそのものだった。ここには、戦場の血の匂いも、憎しみの炎もない。青い空と澄んだ風が一年中吹き抜ける、穏やかで静かな浮遊半島――彼がこの地を選んだ理由が、今ならわかる。
「……グスタフ、あの老兵の言葉、ずっと覚えていたんだね」
私が静かに問いかけると、彼は一瞬目を閉じ、微かに笑みを浮かべた。それは、彼がこの世界で最も大切にしていた信念が凝縮された、誇り高い表情だった。
「忘れられるわけがないさ、アクセル。あれが、俺が戦士としての限界を悟った瞬間だったからな」
彼の声は穏やかで、かつての激しい戦士の声とは異なる。今のグスタフには、静けさと確固たる確信があった。
「お前には感謝しているが、同時にすまないとも思っている。古くからの貴族として、帝国に尽くすべきお前を、こんな無謀な計画に巻き込んでしまったからな。だが、俺は決めたんだ。不死鳥も竜も、この世界には必要ない。そして神々も消えれば、俺たちの戦争は終わるはずだ。それでも、神々が消えた後に平和が訪れる保証はない……だが、俺は信じている。この世界には、人間だけで平和を築く力があると。」
その声は、遠くの風に溶けていくようだった。彼はもう、この世を超えた存在になりつつあるように感じた。それでも、その言葉には揺るぎない重みがあった。神々の代理戦争として始まったこの闘いを、グスタフは自身の命をもって終わらせようとしている。その決断の重さが、彼の選んだ道の全てを物語っていた。
この地、浮遊半島は、グスタフがかつて戦場で斬った老兵に教えられたものだった。なぜだか彼の最期の希望を聞きたい欲に駆られたグスタフは、息も絶え絶え告白する老兵の話に耳を傾けた。老兵の人生は、不幸と絶望の連続だった。幼いころから貧しく、やっと手にした家族すべてを戦争で失い、生きる意味を見失った彼は、偶然この美しい場所にたどり着き、ここを自分の心のよりどころにした。そして、彼は言っていたのだ。長い人生が幸福の連続であっても、最期の一瞬が不幸であれば、その人生は不幸であると。その点、長く自分不幸であったが、最後の瞬間をこの地で迎えられる自分は、世界で最高に幸福な人生を送ったのだと。だからせめて自分をそこに連れて行き、最期を臨ませてほしいと言うのだ。
グスタフは彼に最高の治療を施させて何とか延命させ、彼の言うお気に入りの場所へと連れて行った。そして老兵は穏やかに、微笑みながら静かに逝った。グスタフは、その老兵の言葉を聞き、この地に強く惹かれたのだ。
グスタフはその老兵を埋葬し、墓を建てた。それからというもの、彼はこの地に幾度も足を運び、ここを自分の最期の場所に定めたのだろう。グスタフにとってもまた、この場所はお気に入りの場所となったのだ。
「グスタフ……」
私の胸に浮かぶ言葉は尽き果てた。彼が選んだこの運命を、私は止めることができないし、止める権利もない。彼は自らの役割を終え、そして、この美しい浮遊半島で最期を迎えようとしているのだ。
「むしろ、すまないと思っているのは私の方さ。『元首の盾』として主君を守れなかったことが、私の恥だから。私が先に逝くべきだったのに……」
グスタフは微笑んだ。
「俺はかつて、無実の親友を信じることができずに斬った。今思えば、たとえ奴が王位を欲しがり俺の家族を殺したとしても、親友を斬ったときの絶望に比べれば、はるかにましだった。騙されていた方がよかった。だから、アクセル……お前は生きろ。俺はもう、最期に友を失う絶望を味わいたくない」
彼の声は力を失い、次第に静かになっていく。私はその言葉の一つ一つを胸に刻みながら、彼の最期を見守るしかなかった。
「この風の中で……静かに眠ることができる、アクセル。あの老兵のように……美しい場所で、安らかに……最高の人生だった……」
彼の言葉は、風に乗って消え、青い空へと溶け込んでいった。その瞬間、グスタフの息が途切れた。彼の瞳は閉じられることもなく、穏やかな表情を浮かべたまま、静かに逝った。
その亡骸は、雄大な空を眺めながら、心地よい風を永遠に感じることができるかのようだった。
私は彼の横に立ち上がり、目を閉じて風を感じた。この風、この空、この静けさ――これが、彼の望んだものだった。そして、私もまた、彼の選んだ道を、心から尊重しようと思った。
私は最後の彼の頼みを果たした。この浮遊する半島を、世界から切り離すために、最近発明された「爆薬」と呼ばれるものを半島につながる道につなげて、火を放った。この爆薬は、帝国で最近発明されたものではあったが、戦争の惨禍を大きくしないために、グスタフは戦いにこれを利用することを頑なに禁じていた。その代わり、彼は私に頼んでいた。この半島へ通じる道をこれで爆破し、この半島を浮遊する島にすることを。
音を立てて崩れる道――そして半島は、永遠に浮遊する島となった。ここには、老兵とグスタフの記憶だけが残り、永遠に舞い続けるのだ。
「さようなら、グスタフ。君の平和の夢を、必ず――」
その言葉は風に乗り、きっと彼の元へと届いていった。
「この風は、心地よいだろう?」
グスタフは、まるでそれが何よりも大切なことだと言わんばかりに、弱々しい声でそう言った。頬を撫でる冷たい風が、静かに彼の髪を揺らし、その動きは、この浮遊する半島の穏やかさそのものだった。ここには、戦場の血の匂いも、憎しみの炎もない。青い空と澄んだ風が一年中吹き抜ける、穏やかで静かな浮遊半島――彼がこの地を選んだ理由が、今ならわかる。
「……グスタフ、あの老兵の言葉、ずっと覚えていたんだね」
私が静かに問いかけると、彼は一瞬目を閉じ、微かに笑みを浮かべた。それは、彼がこの世界で最も大切にしていた信念が凝縮された、誇り高い表情だった。
「忘れられるわけがないさ、アクセル。あれが、俺が戦士としての限界を悟った瞬間だったからな」
彼の声は穏やかで、かつての激しい戦士の声とは異なる。今のグスタフには、静けさと確固たる確信があった。
「お前には感謝しているが、同時にすまないとも思っている。古くからの貴族として、帝国に尽くすべきお前を、こんな無謀な計画に巻き込んでしまったからな。だが、俺は決めたんだ。不死鳥も竜も、この世界には必要ない。そして神々も消えれば、俺たちの戦争は終わるはずだ。それでも、神々が消えた後に平和が訪れる保証はない……だが、俺は信じている。この世界には、人間だけで平和を築く力があると。」
その声は、遠くの風に溶けていくようだった。彼はもう、この世を超えた存在になりつつあるように感じた。それでも、その言葉には揺るぎない重みがあった。神々の代理戦争として始まったこの闘いを、グスタフは自身の命をもって終わらせようとしている。その決断の重さが、彼の選んだ道の全てを物語っていた。
この地、浮遊半島は、グスタフがかつて戦場で斬った老兵に教えられたものだった。なぜだか彼の最期の希望を聞きたい欲に駆られたグスタフは、息も絶え絶え告白する老兵の話に耳を傾けた。老兵の人生は、不幸と絶望の連続だった。幼いころから貧しく、やっと手にした家族すべてを戦争で失い、生きる意味を見失った彼は、偶然この美しい場所にたどり着き、ここを自分の心のよりどころにした。そして、彼は言っていたのだ。長い人生が幸福の連続であっても、最期の一瞬が不幸であれば、その人生は不幸であると。その点、長く自分不幸であったが、最後の瞬間をこの地で迎えられる自分は、世界で最高に幸福な人生を送ったのだと。だからせめて自分をそこに連れて行き、最期を臨ませてほしいと言うのだ。
グスタフは彼に最高の治療を施させて何とか延命させ、彼の言うお気に入りの場所へと連れて行った。そして老兵は穏やかに、微笑みながら静かに逝った。グスタフは、その老兵の言葉を聞き、この地に強く惹かれたのだ。
グスタフはその老兵を埋葬し、墓を建てた。それからというもの、彼はこの地に幾度も足を運び、ここを自分の最期の場所に定めたのだろう。グスタフにとってもまた、この場所はお気に入りの場所となったのだ。
「グスタフ……」
私の胸に浮かぶ言葉は尽き果てた。彼が選んだこの運命を、私は止めることができないし、止める権利もない。彼は自らの役割を終え、そして、この美しい浮遊半島で最期を迎えようとしているのだ。
「むしろ、すまないと思っているのは私の方さ。『元首の盾』として主君を守れなかったことが、私の恥だから。私が先に逝くべきだったのに……」
グスタフは微笑んだ。
「俺はかつて、無実の親友を信じることができずに斬った。今思えば、たとえ奴が王位を欲しがり俺の家族を殺したとしても、親友を斬ったときの絶望に比べれば、はるかにましだった。騙されていた方がよかった。だから、アクセル……お前は生きろ。俺はもう、最期に友を失う絶望を味わいたくない」
彼の声は力を失い、次第に静かになっていく。私はその言葉の一つ一つを胸に刻みながら、彼の最期を見守るしかなかった。
「この風の中で……静かに眠ることができる、アクセル。あの老兵のように……美しい場所で、安らかに……最高の人生だった……」
彼の言葉は、風に乗って消え、青い空へと溶け込んでいった。その瞬間、グスタフの息が途切れた。彼の瞳は閉じられることもなく、穏やかな表情を浮かべたまま、静かに逝った。
その亡骸は、雄大な空を眺めながら、心地よい風を永遠に感じることができるかのようだった。
私は彼の横に立ち上がり、目を閉じて風を感じた。この風、この空、この静けさ――これが、彼の望んだものだった。そして、私もまた、彼の選んだ道を、心から尊重しようと思った。
私は最後の彼の頼みを果たした。この浮遊する半島を、世界から切り離すために、最近発明された「爆薬」と呼ばれるものを半島につながる道につなげて、火を放った。この爆薬は、帝国で最近発明されたものではあったが、戦争の惨禍を大きくしないために、グスタフは戦いにこれを利用することを頑なに禁じていた。その代わり、彼は私に頼んでいた。この半島へ通じる道をこれで爆破し、この半島を浮遊する島にすることを。
音を立てて崩れる道――そして半島は、永遠に浮遊する島となった。ここには、老兵とグスタフの記憶だけが残り、永遠に舞い続けるのだ。
「さようなら、グスタフ。君の平和の夢を、必ず――」
その言葉は風に乗り、きっと彼の元へと届いていった。
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