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第8章 - 裏切り

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「ばあ様だ、召喚長しかいない」

リサが即座に答える。

「確かに、彼女ほどの力を持つ者はいないかもしれませんね。長年、最高位の召喚士として君臨し、敬われてきた存在ですから。しかし、なぜ彼女がこんなことを?」

ベルトランの表情が困惑で染まった。

リサは静かに続けた。

「ばあ様には孫娘がいる。召喚士として期待されていたが、3か月前から行方不明になっている。おそらくアルベルトの一派に捕らえられ、人質に取られているのだろう。それで、彼女は脅されているに違いない」

「そんな――ばあ様が――」

ベルトランが驚きの声を漏らす。

「もし召喚長が奴らに力を貸しているのなら、僕たちは想像以上に危険な状況に置かれているかもしれない」

僕は深刻な表情になって言葉を紡いだ。胸に重くのしかかる不安が、静かな声に現れていた。

「そうだな……」

リサの声は冷静だったが、どこかに僅かな明るさが含まれていた。リサは続けた。

「だがな、実は我々は、完全に召喚力を封じられたわけではないのだ。捕まる直前、炎以外の召喚を試みたが、少なくとも召喚の発動はできたようだ。召喚士の力の核心は炎だが、高位の召喚士はそれだけではない。湯島、お前のような存在を異世界から召喚する力、そしてエリシア陛下がお前に施したような、人の能力を限界まで高める補助召喚も存在する。その補助の力は、どうやら封じられていない。実際その証拠に、さっき私を捕らえた兵士に軽く補助をかけたら、奴の力が急に増していたからな。」

彼女の言葉に僕は希望の光を見出した。そうだ、エリシアが皇帝グスタフとの戦いで僕にくれたような召喚力をこのリサ副長がかけてくれれば、このミレイアの剣――もちろん、これが彼女のものだとは信じたくはないが――と組み合わせれば、僕たちは強力な武器を手にすることができるだろう。しかし、一方で胸に小さな疑問が芽生えていた。なぜ、この呪いは炎の召喚だけを封じたのか?

「湯島、お前の疑問はわかる。」

リサが僕の頭を読んだように答えた。

「おそらくな、これはばあ様の戦略だ。炎の召喚についてはアルベルト一派の要求通りばあ様はこれを封じ、その結果として召喚士は一番の強力な武器を失ったから簡単に大挙して捕まった。それで奴らはばあ様が言われた通り召喚すべてを封じたと勘違いしたことだろう。だがばあ様は実際には炎の召喚しか呪いをかけず、他の召喚を封じなかった。おそらくこれは、捕まらなかった少数の召喚士たちに希望を託したからだ。補助召喚によって戦士たちを強化することで、まだ戦う術を残すためにな。」

--

僕とベルトランは、リサ副長がかけてくれた補助召喚の力を余すことなく発揮し、立ちはだかる敵を次々と薙ぎ払っていった。敵の抵抗は思ったよりも弱く、僕たちはほとんど苦労せずに、召喚士たちが監禁されている地下の大広間へたどり着くことができた。

扉の前にたどり着いた僕たちは、室内の様子を探るために静かに耳を澄ませた。扉越しに聞こえてくるのは、召喚士たちの悲痛な叫び声と、下卑た兵士たちの笑い声だった。胸の奥で怒りが込み上げてくる。奴らが何をしようとしているのかは、声だけで察しがついた。僕はすぐに扉に手をかけ、突入しようとしたが、次に聞こえてきた会話に手が止まった。

「いやー、こいつらも悪くないけど、やっぱりミレイア将軍が一番だよな。」

「本当だよな、まさかこんな姿になるとは思わなかったぜ。これやった奴、もう少し俺たちの楽しみも考えてくれよな。」

兵士たちの下劣な笑い声が響き渡る。僕の心臓が一瞬止まったかのように感じた。

――ミレイア?彼女がここにいるのか?彼女も捕らえられたのか?でも、話の内容からすると彼女は直接的な暴行を受けているわけではない…?

混乱したまま、思考が渦巻く。その時、不意に過去の記憶が脳裏に蘇った。中学生の夏、親友が川で溺れそうになったあの時。僕は助けられなかった――自分の無力さを、深く後悔した夏の日。

この世界に来た時も、僕は未熟で自分を守ることさえままならなかった。それが、少しずつだが変わっていった。自分の敵は自分で倒すことができるようになり、今、僕はここにいる。あの時、夏休みの川で僕ができなかったこと――それを今やろうとしているんだ。

ベルトランと目が合った。彼が無言で頷く。僕も軽く頷き返し、二人で一気に部屋へと突入した。

中には鎖で繋がれた召喚士たちと、その無力な彼女たちに今まさに暴行を加えようとしている兵士たちがいた。奴らがこちらに気づく前に、僕たちはすでに数人を片付けていた。兵士たちは何が起きたのか理解できず、戸惑っていたが、僕とベルトランは容赦なく次々と斬り捨てていく。ようやく状況を理解し、武器に手を伸ばした兵士たちを切り倒し、ぎりぎり僕たちに立ち向かうことができた兵士は最後十数人。不意打ちではなかったからさっきまでの奴らよりは手こずったけど、補助召喚で強化された僕たちの敵ではなく、僕は最後の一人、さっきまで召喚士を暴行しようとしていたその男の恐怖にゆがむ顔を確かめながら、首を刎ねた。

部屋には静寂が戻り、僕たちの荒い息遣いだけが響いていた。

召喚士たちの表情には、助かったという安堵がはっきりと浮かんでいた。けれども、部屋全体を包む悲痛な空気は、どこか重く変わらないままだった。その違和感に気づいた僕は、ふと後ろを振り返り、リサ副長に目をやった。

彼女は呆然と一点を見つめていた。その視線を追って僕も目を移す――そこにあったのは、磔にされた焦げた死体。その死体が纏っていたのは、見覚えのある深紅の鎧。まぎれもなく、ミレイアのものだった。ここで死んだ兵士たちは、その死体にスポットライトを当てるように、無遠慮に光を当てていたのだった。

僕の頭の中に、またあの夏の記憶がフラッシュバックした。

それまで、僕は夏の川が大好きだった。汗ばむ体を冷やしてくれるひんやりとした風、太陽の光に輝く水面――あの光景が嫌いな人なんていないだろう。けれども、あの事故以来、僕は夏の川が苦手になった。

今、目の前に広がるのは、あの心地よい夏の風景とまるで対極にある、最悪の現実。頭の中に残る美しく輝くものが、まさに今ある最悪の状況を強調するかのように存在している。焼き尽くされたミレイアの無残な姿が、あの美しくて心地よい夏の風景との違和感を強烈に引き起こし、吐き気にも似た悪感情が僕を支配した。かつて親友を助けられなかったあの時と同じ無力感が、再び僕を襲っていた。

「副長、ベルトラン、それに湯島さん!」

捕らえられていた召喚士の一人が懇願の声を上げた。

「私たちもミレイア将軍の最期がどれほど悲しいものか、よくわかっています。しかし、今はその悲しみに浸っている時間はありません。」

彼女の必死な声には、限られた時間の切迫感が色濃く漂っていた。

「アルベルトは、私たち以外の召喚士全員の処刑を決定しました。今、彼女たちは中庭の大広場にいるはずです。」

彼女は声を震わせながら、切実に訴えた。

「彼女たちを――救ってください。」

一瞬、僕の脳裏を覆っていた夏の川の記憶が霧散した。そうだ、こんなことに気を取られている場合ではない。たとえミレイアが死んでも――またも僕にはここで守れなかった親友がいたとしても――まだ僕は多くの命を守ることができるんだ。

僕は自分を奮い立たせ、中庭の大広間に向かって走った。
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