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第8章 - 裏切り

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危機はまだ去っていなかった。僕はその場に立ち尽くし、心臓の鼓動が耳の奥で響き続ける中、全身が臨戦態勢に切り替わるのを感じていた。ついさっきまで混乱と不安に覆われていた世界が、今ではアドレナリンの影響で一気に鮮明に映り出される。空気の重み、床に響くわずかな音、すべてがくっきりと感じられた。思考よりも先に体が動き、全感覚が研ぎ澄まされ、次に襲いかかるかもしれない危険に備えた。何が起こっているのか、宮殿がなぜ混乱しているのか、そんな疑問を抱く余地などなかった。

周囲の混乱に意識を集中させながら、僕は宮殿の奥へと進んでいった。突然、前方で剣がぶつかり合う金属音が響き、次いで聞き覚えのある声が叫び声をあげた。目を凝らすと、そこにはいつも入殿の許可をくれる衛兵、ベルトランが敵と思われる男と激しく戦っている姿があった。

ベルトランは剣を構え、相手の攻撃を何度も受け流していたが、明らかに疲弊しているようだった。僕は迷わず駆け寄り、素早く敵の背後に回り込んだ。そして、そのまま腕を回し、相手の首を柔道技で締め上げた。敵は驚いた様子で抵抗したけど、僕は力を緩めず、数秒後には敵の体が力なく崩れ落ち、意識を失った。

「ベルトラン、大丈夫か?」

僕はすぐに衛兵のもとへ駆け寄り、息を切らしている彼を支えた。

「ありがとう……助かった……」

ベルトランは荒い息をつきながら、礼をした。ただ、その目には動揺と緊張が浮かんでいた。

「何が起こっているんだ?」

僕は尋ねた。

「宰相アルベルトが――クーデターを起こしたんだ――!」

ベルトランの声には苦悩が滲んでいた。

「奴と部下たちが、宮殿を占拠している。奴の裏切りによって、宮殿内は完全に混乱しているんだ――」

「そんな――? どういうことなんだ?」

僕は驚きと不安が交錯し、信じられない思いで問い返す。

ベルトランは一瞬言葉を選ぶようにためらったが、力強い声で真実を告げた。

「アルベルトはエリシア陛下の出自を暴露したんだ。実は陛下は、三大選定女王家であるアルヴィナ家の人間ではなく、貧民の出身だと――。奴はその事実を持ち出して、陛下が王位に就く資格がないと非難し、エリシア様を廃位させた。そして自らが暫定国王を名乗り、宰相と国王を兼ねると宣言したんだ。」

「何てことだ――」

僕は言葉を失い、愕然としたまま、その場に立ち尽くした。

ベルトランは続けた。

「アルヴィナ家はかつて栄華を極めていたが、ここ150年ほどは一人も女王を出していない。それに焦りを感じていたアルヴィナ家は、国内から力のある召喚士の女児を集め、彼女たちを跡取りとして育て、女王を出そうと企んでいたみたいなんだよ。エリシア陛下も、その一環で育てられた一人だった。しかし、アルベルトはその事実を裏で察知し、長い間、宰相としての権限を利用してアルヴィナ家を徹底的に調査した。そして拷問や脅迫を駆使し、証言や物証をかき集めた挙句、それを使って陛下の真の出自を暴露したんだ。」

「彼女を偽りの女王として廃位し、自分が国王として君臨するつもりか――」

僕の声は震え、拳を握りしめるしかなかった。

ベルトランは疲れた表情でうなずいた。

「そうだ。今、宮殿内は宰相派の人間で埋め尽くされている。女王派は押し込まれ、戦いが激化している。急がなければ、陛下が危険だ。」

僕は拳を握りしめた。事態は思っていたよりも深刻で、アルベルトの裏切りは計り知れない影響を及ぼしていた。エリシアが偽の女王として廃位されたという事実――それは、この国の運命を大きく揺るがす問題だった。

「ベルトラン、僕は彼女を助け出すために動く。君も力を貸してくれ。」

僕の声には、決意が込められていた。自分の心に、エリシアを救うという揺るぎない思いが根付いているのを感じた。

ベルトランは迷わず頷き、手に握る剣を力強く握り直した。

「もちろんだ。陛下を見捨てるわけにはいかない。」

彼の言葉は、戦いの覚悟を固めるように響いた。混乱に包まれた宮殿、その中で僕たちは一筋の希望を信じ、立ち向かう決意を新たにした。

僕はふと疑問が浮かび、ベルトランに尋ねた。

「ベルトラン、エリシアが貧民出身だとわかっても、君は彼女に仕えるのか?」

ベルトランは一瞬驚いたように僕を見たが、すぐに穏やかな表情に変わった。

「俺も同じ貧民出身なんだよ、湯島。彼女が地方に行幸していた時、たまたま俺の剣の稽古を見かけてくれてね。それがきっかけで、俺は首都の衛兵として引き上げてもらったんだ。あの時の恩は一生忘れないし、彼女のために戦い抜くと決めた。それに、今思うと、もしかしたら同じ境遇の俺に共感してくれたのかもしれないな。」

彼の言葉は静かで、しかし心に響くものがあった。僕は黙り込んだ。今まで僕は、プライドの高い傲慢な女王としてのエリシアの姿しか見てこなかったが、そんな彼女にこんな優しい一面があったことに、驚きを隠せなかった。そしてそれは、彼女の厳しい表情の裏には、思いやりや深い愛情が隠されているのかもしれない――そう思わせるものがあった。

「そうか――君がそう思っているなら、それは確かなものだろう。」

僕は小さく頷いた。

その時、ベルトランがふと気づいたように聞いてきた。

「湯島、剣は持たないのか? 宮殿内は危険だぞ。」

もちろんそうだ――でも彼から剣を奪えば彼は丸腰になる。だから僕は微笑みながら答えた。

「君には剣が必要だろうけど、僕は大丈夫さ。僕の身体能力は普通の人よりもだいぶ優れているから、なんとかなるよ。」

ベルトランは感謝の表情を浮かべた。

「助かる、ありがとう。」

彼はしばらく考え込んだ後、少し真剣な表情で僕に頼みごとをしてきた。

「宰相派は召喚士たちを一斉に捕らえたから、多くの召喚士がどこかに囚われているんだ。彼女たちを解放してくれないか? 召喚士たちは、エリシア陛下の血筋がどうであれ、彼女を優れた召喚士として尊敬している。彼女たちが味方につけば、宰相派を打ち破れるかもしれない。だからこそ、アルベルトは真っ先に召喚士たちを捕らえたんだ。」

彼の表情は切迫したものだった。

「時間は多くない。アルベルトは脅迫や拷問で召喚士たちを自分の側に引き入れようとするだろう。それに屈しない者は――おそらく処刑される。俺もあとですぐ合流するが、しばらくここで敵を食い止める必要がある。頼む、湯島。先に行って彼女たちを救ってくれ。」

僕はためらいなく承諾した。

「わかった、ベルトラン。必ずね。だから君も死ぬなよ。」

僕たち二人は決意を新たにし、混乱の中で宮殿を救うための一歩を踏み出した。
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