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七
もっとこわいもの
しおりを挟む夜の森にネズミの声がこだまします。それは、びくびくふるえた声とはちがい、力のこもった声でした。
ネズミはいいかげんに森を走っていたのではありません。自分の小さな体と、大ヘビの大きな体をうまく利用していたのです。
たくさんの木が生えている森の中をあちこち行ったりきたりして大ヘビに追いかけさせ、十メートルはあろうかという体を見事にこんがらがらせてみせたのです。
大ヘビは自分で自分の体を木にしばりつけてしまったので思うように動けません。
「くそぉぉお!」
頭をぶんぶんふりまわしますが、ネズミにはとどきません。
「ぼくはもうこわがらないぞ! 勇気のあるネズミなんだ!」
ネズミは右の前足でむねをドン!とたたくと、大ヘビのわめき声には耳をかさず、ヤマネコとイノシシのたおれている場所へかけよりました。
「ヤマネコくん! ヤマネコくん!」
ヤマネコは苦しそうな顔をして目をとじています。ネズミがどんなに声をかけても、はんのうがありません。
「ヤマネコくん……」
次第にネズミの声は小さくなり、ぽろぽろぽろぽろと両目からなみだがこぼれました。
「うわあぁーんうわあぁーん! 死なないでよぅ~!」
ネズミのなみだが地面に落ちます。ヤマネコの顔にも体にも落ちます。
すると……。
「う、うぅ~ん……冷たい……」
「ヤマネコくんっ!」
ヤマネコがぼんやりと目を開けました。
「……あれ、ネズミくん、どうして泣いているんだい? あの大ヘビは……?」
「大ヘビならもうだいじょうぶ! ほら、見てごらんよ!」
ヤマネコはネズミの指さすほうを見ました。そこにはあっちこっちにまきついて動けなくなっている大ヘビの姿が。
「やあ、これはすごい! ネズミくんがやったのかい?」
「そうだよ!」
「きみにそんな勇気があるなんて。開いた鼻がふさがらないよ!」
「"開いた鼻"? それよりもイノシシくんを起こそう!」
二ひきはイノシシの元へかけよります。
幸いなことに、イノシシは体をゆらすとすぐにめざめました。
「ああ、良かった、イノシシくん」
「あれぇ……? おいら、大ヘビに食べられたんじゃないの?」
「それがね、イノシシくん、見てごらん」
イノシシもヤマネコと同じように、大ヘビの様子におどろきます。
「ネズミくんすごいや!」
「あ、ありがとう……ほめられるとはずかしいなぁ」
「さあ、今のうちに早くにげよう」
三びきは急いで『ウワバミの細道』をぬけました。
「ここまでくればだいじょうぶかなぁ」
「ああ、きっとね。おや、イノシシくん、しっぽに結んでいたぬけがらがなくなっているよ」
「えっほんと!? とちゅうで落としちゃったのかなぁ」
「そうかもしれないね」
「せっかくおいしいものが見つかるようになると思ったのになぁ……」
イノシシはしゅんとしました。そこへネズミが少しあきれたように言います。
「二人とも、ヘビのぬけがらはさがしもの運じゃなくて金運を上げるんだよ」
「プゴッ!? そうなの!?」
「ああ、そうだ、金運だった」
「じゃあおいらたちには関係ないね。なぁんだ!」
ヤマネコとイノシシがあっはっはと声を出してわらいます。それを見ていたネズミも、つられてわらってしまいました。
ついさっきまであんなにおそろしい思いをしていたのに、まるでうそのようでした。
三びきはうろをさがし、ネズミはそこで。ヤマネコは木の上で。イノシシはシダを集めて、その上でねむることにしました。
しんと静まりかえった森の中。ネズミは少しなやんでから口を開きます。
「ヤマネコくん、イノシシくん、まだ起きてる?」
「ああ、起きているよ」
「おいらも起きてる」
二ひきの返事を聞くと、ネズミはゆっくりと話し始めました。
「ぼく、今日とてもこわかったんだ。大ヘビもこわかったけど、もっとこわいものがあった」
「もっとこわいもの?」
ヤマネコが聞き返します。
「うん、二人が大ヘビに食べられちゃうかと思ったよ」
ヤマネコとイノシシはなにも言わずにネズミの話を聞きました。
「ぼくは小さいから、にげることしかできないんだってずっと思っていたんだ。お父さんもお母さんもきょうだいも、みんなそうして生きてきた。びくびくしながら、自分が生きることだけを考えてたんだよ。でもね、それじゃあだめだって思ったんだ。ずっとにげてばかりいたら、いつか大事なものをなくしてしまうって。ぼくは大ヘビよりも、きみたちがいなくなることのほうがこわかったんだ。にげることのほうが、こわかったんだ。そしてぼくはわかった。こわがらずに立ち向かえばなんとかなるって! もうこわがらないって決めたんだ!」
ネズミはうろの中でむねをはって言いました。もうこわがりのネズミではありません。勇気のあるネズミです。
イノシシは鼻を鳴らしました。
「そうだね! きみはもうこわがりなんかじゃないや!」
「あんな大きなヘビに立ち向かうなんて、かんたんなことじゃないよ」
ヤマネコもネズミをほめたたえます。
するとそのとき――。
「キョキョキョキョキョキョキョキョ……」
ガサガサと葉っぱのゆれる音とともになにかの鳴き声がしたのです。
「うわぁっ!」
ネズミは思わず頭をおおい、ちぢこまりました。
「ハッハッハッ、ネズミくん、今のはヨタカだよ」
「えっ!?」
「ブヒッ! ネズミくん、こわかったのかい?」
「ち、ちがうよ! ちょっとおどろいただけだよ。こんな季節にヨタカがいるなんて思わないでしょう」
「そうだね、ちょっと長居していたのかもしれないよ」
知ったかぶりのヤマネコ、食いしんぼうのイノシシ、そして、ちょっぴりこわがりのネズミの夜がふけていきます。
『知識の川』は、もうすぐです。
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