上 下
3 / 9

チョウのゆめ

しおりを挟む


 イノシシが目をさますと、そこは草花がさき、チョウがぶ、食べものがたくさんある楽園――ではありませんでした。

 チョウもんでいなければ、草花も木も一本も生えていない、地面もカラカラにかわききった場所でした。
「ネズミくん……ヤマネコくん……?」
 二ひきの姿すがたも見当たりません。においをたどってみようとしましたが、なんのにおいもしません。

「ここはどこだろう……おいら、ユリネやミミズを食べていたはずなのに……」
 イノシシはあたりをきょろきょろと見回したあと、仕方なく歩き出しました。どこへ行けばいのかなんてわかりません。
 しかし、なにもない場所に一人ぼっちでじっとしているのはさみしいし、なにより、おなかが空いていたのです。

「おぉーい! おぉーい!」
 大きな声でさけんでも、どこからも返事はありません。ずっとずっと、ひからびた道がつづいているだけなのです。
「おいら、はらぺこだよぅ……。どうしてなんにもないんだろう。二人はどこに行ったんだろう……」
 
 そのうちにイノシシは心細くなって、き出してしまいました。
「ごめんよぅ……ごめんよぅ……ブヒッ……おいらが、おいらが食べものに夢中むちゅうになってたから……おいらのせいだ……ブヒィッ……おいらの、せいで、まいごになっちゃったんだぁ~」
 イノシシは鼻を鳴らしながら大泣おおなきしました。だれもいない、なにもない場所にイノシシの声だけがひびきます。
 なみだがどんどんあふれて、体のまわりに水たまりをつくりました。
 しかし、それもすぐにカラカラの地面にすいこまれ、消えてしまいます。

 そのうちに、きつかれたイノシシはうずくまってねむってしまったのでした。

 ♦︎♦︎♦︎

「あれっ!? イノシシくん!? ヤマネコくん!?」
 ネズミが目をさますと、たおれているはずのイノシシとヤマネコはいません。
「どこに行っちゃったの……」

 あたりはうす暗く、これから夜をむかえるような、はたまた朝をむかえるようなふんいきです。チョウはんでおらず、代わりにどこからか生きものの声がします。
 ギャアギャアとさけぶような声、北風のように高く通りぬけていくような声、だれかをばかにしたようにわらう声……。たくさんの声がネズミの耳にとどきます。右からも、左からも、上からも、下からも。
 しかし、声は聞こえるけれど、だれ一人、姿すがたを見せません。
 ネズミはブルブルッと小さな体をふるわせました。寒いのはもちろんですが、聞こえてくる声がとてもおそろしかったのです。
 声はだんだんとネズミに近づいてくるようでした。

「ど、どうしよう……どうしよう……こわいよ……こわいよぅ……」
 ネズミは目をつぶって走り出しました。ずっと同じ場所にいるのがこわかったのです。

 ネズミが走るのと同じ速さで声が追いかけてきます。ガサガサガサと草木をかきわけるような音もします。

「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁこわいよこわいよこわいよだれか助けてよぅ~!」
 さけびながら走りますが、どんなに走っても気味の悪い声と音は追いかけてきます。

「あっ!」

 小石につまづいて、ネズミは転んでしまいました。
「うぅ……」
 いたくて起き上がることができません。
 追いかけていた声と音はピタリとやんだかと思うと、大きなわらい声になり、そして、ゆっくりと、ゆっくりと、ネズミのほうへ近づいてきます。
 なにかわからないものが近づいてくるおそろしさに、ネズミはすっかりちぢこまってしまいました。

「こないで! こないでよぅ!」
 そうさけぶとネズミはふたたび体をふるわせて、きぜつしてしまいました。

 ♦︎♦︎♦︎

 ヤマネコの頭上には、真っ青な空が広がっています。あたりにはさまざまな種類しゅるいの植物が生いしげっていました。緑色の葉はつやつやと光り、まるで五月の森のようです。
 スギ、ケヤキにブナ、シイ、フキ、フタバアオイ、シダ……。数えきれないほどの植物がヤマネコをかこんでいます。
 ヤマネコは青と緑、二色の世界の中心に立っていました。

「やあ、これはすごい。おや、これはカエルノオンパッパだ。葉っぱの上にカエルが乗ってね……いや、カエルノオンマァマだったかな? オオバコもあるぞ。刺身さしみで食べるとおいしいんだったかな。そうだ、お星さまに落としものを返したら、森のみんなにおみやげを持って帰ろう。春を先取りしたような気持ちになって、みんなよろこぶにちがいない。なにがいいだろうか。コバイモがいいかな、みんなイモがきだしなぁ。それともシライトソウがいいかな、別名べつめいが『雪の筆』なんて、とてもおしゃれじゃあないかい。ねぇ、ネズミくん、イノシシくん……」

 そこまで言って、ようやくヤマネコはネズミもイノシシもいないことに気づきました。たくさんの植物に夢中むちゅうになり、イノシシがたおれてしまったことも、自分がたおれてしまったことすらもわすれ、その場に二ひきがいないこともわからなかったのです。

 しかし、ヤマネコは一ぴきではありませんでした。
 少しはなれた所に、たくさんの動物がいるのです。タヌキ、キツネ、クマ、モグラといった、自分たちが住む森にいる動物たちとなんらわりません。

「こんにちは、きみたちはこの森に住んでいるのかい? ここはとても緑がきれいだね。ぼくの住んでいる森は葉っぱがついている木なんてもう少ないんだ。まるでちがう国にきたみたいだよ」
 ヤマネコは動物たちに話しかけましたが、だれからも返事はありません。

「ねぇ、どうしたんだい。どうしてみんな、なにも言わないんだい? ねぇ、どこを見ているんだい?」
 動物たちにはヤマネコの声が聞こえていないのか、その問いかけにも返事がありません。それどころか、ヤマネコを見てもいないのです。ここには、うそか本当かわからない話を聞いてくれる動物は一ぴきもいません。

「いったいどうしたっていうんだ……。わたしはとうめいにでもなってしまったのかな」
 ヤマネコはすわって考え始めました。
 うんうんとうなりながら考えて考えて考えているうちに、ねむってしまいました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。

広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ! 待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの? 「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」 国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

夫に隠し子がいました〜彼が選んだのは私じゃなかった〜

白山さくら
恋愛
「ずっと黙っていたが、俺には子供が2人いるんだ。上の子が病気でどうしても支えてあげたいから君とは別れたい」

処理中です...