半纏姉ちゃん

吉沢 月見

文字の大きさ
上 下
3 / 13

しおりを挟む
 実際に、会ってみても姉という感覚は乏しい。姉も同じだろう。
 姉の書店の本はBLやGLが多かった。レジに座ってなにもしない。俳句を考えているふうでもない。
 はるばる書類にサインをもらいに来た妹に慈悲はないのだろうか。
「姉さん、折角こうして会えたのに…」
 泣き落としてみたが、無関心。私のことを放置したまま、
『泣いている 妹らしき 人が今』
 とアップした。
「おう。本当に横井恋だ」
 姉の返事は俳句で。
『お前さん なぜにその名を 知っている?』
「いや、ファンだから。あれが一番好き。『冬の空 こま切れの雲 残酷だ』」
 好きな俳人が姉だなんて、うっかり運命だと言おうとしてやめた。これは違う。
「ありがとう」
 と姉は小声で答えた。
「あとあれも好き。ええと、『空腹が 満たされないの 寝てしまおうよ』はダイエットのときに自己暗示かけてる。あとね『夕焼けに 照らされ私 足長っ』は秋に同じこと思った。あと『見つめてる 風の強い日 稲の波』は情景が浮かんでマジで好き」
「うん、わかったって」
 なんだろう。照れ笑い?
「本屋って今儲からないんでしょう?」
 私は尋ねた。
「普通の本じゃないし、うちは半分くらい委託だから」
 俳句の稼ぎがあるのだろうか。
 姉が空を見るのをやめてようやく本を開く。
「半纏暑くない?」
 私は聞いた。
「寒がりなので」
 なんで妹に敬語なのだろう。
 姉が開いている本をのぞきこんだら、あられもない姿。噂で聞きかじった程度だがBL本ってあそこを描いている。同人誌だからいいのだろうか。ぼかさない。若い女が昼間からそんなの読み耽って不健全だ。
 それは一面でしかない。真剣に描いている人がいて、読みたい人もいる。姉はそれを一通り読んで選別する。ここに置くものと置かないものを次々に決める。
「売れるものとそうでないものをふるいにかけるの?」
 私の質問に、
「うん、そんな感じ」
 とだけ答えて、その後は無言。
 時計の秒針の音だけが私たちの間を素通りする。
しおりを挟む

処理中です...