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好きなの

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 地獄があるから天国もあるのだ。

 ぱっと見、こちらのほうがきれいで住みやすそう。でも、なにもない。
 きれいな女の人はリアと名乗った。そして、他の女性たちも彼女に似ていた。外で戯れ、花を摘む。
 天国って、ものすごく暇。脳が呆ける。究極の空虚だ。
「お茶にしましょう」
 天国でも地獄でも、人間界でもなぜお茶の時間があるのだろう。
 お茶屋さんでも始めようかな。
 こちらでは働いている人がいない。天国に人が来たら招き入れて、踊っている。そうしているうちに蒸発するらしい。

 することがなければそうなるのだろう。生きる目的もないもの。
 地獄門の手前のほうがガヤガヤしていて、それでも人間界と同じようにお金で回っていて、楽しい。
 天国は楽しいが幸福が普通で、満たされない。
 地獄で不平不満を口にしている澪さんのほうが人間らしい表情をする。こっちの人は幸せすぎて、どんどん退屈になる。悪い人がいない世界がいい。されど刺激は必要だ。誰かに盗まれないために防衛することを学ぶ。ここには通貨もない。物を買う欲さえ浅ましいと思われる。
 心地のいい気候、退屈と隣り合わせ。
 地獄に戻りたいとも言えないし。

「あなたのこと気に入っちゃったのよ。ずっと見てたわ」
 リアさんはむにっとしていた。太ってはいないが労働をしないから筋力もないのだ。話し方もおっとりしていて、きっと澪さんだったらケチをつける。
「近いです」
 私は身をよじった。二の腕がくっついていて嫌だった。
「だって面白い匂いがするんだもの」
 リアさんがたちは刺繍をしている。生業というよりは趣味らしい。
 穏やかな気候、フラットすぎる世界。
 私が退屈そうにしていると、
「悪いものなどすべて消してしまえばいいのよ。だってそうでしょ? 悪い人間がいなくなったらいい人しか残らない。素晴らしいじゃない。地獄もろとも消しておしまい」
 と天使のような顔をしてリアさんは言った。
「そんなこと、私にはできません」
「あなたの力、いいわね」
 よく見たら、リアさんがしているのは刺し子だ。
 他の人は色糸で花や葉を刺繍している。
 新入りの私は布の端っこを織り込んで始末する。
「楽しいでしょう?」
 いや、まったく。
 だって、天使なのに結局彼女たちは、
「あの子は本当にサボり上手」
「同じことの繰り返し」
「いい男いないかしら」
 と地獄の女性たちと変わらないんだもの。

 女って、どこで誰といても人の悪口が好きな生き物なのだろう。あと、お茶も。
 観察をしていると確かに天使になったことが嬉しい人と、なってしまった人がいるように見受けられる。
 心持ちがどうとか言う人もいるが、善人ばかりでも結局は不満が溜まる。息苦しいのはそのせいではなく、酸素が薄いせいだった。だからみんな、お昼寝ばかりする。自堕落とは違う。だから寝ているときに光の粒になる人もいる。浄化されすぎて昇華するようなものだろうか。
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