37 / 99
気まずい関係
36
しおりを挟む
「こんにちは」
夕刻、いつものように芯しん亭へお客様が来た。
「いらっしゃいませ」
「ここに予約をしていると思うのですが」
若い男の子だった。今までの客人たちは自分が一番好きな服、もしくは思い出の、または最もリラックスできる部屋着のような恰好の人はいたが、彼は制服のようなスーツ姿である。二十歳前後の学生に見える。
「お名前をよろしいですか?」
私は尋ねた。
「都村(つむら)です」
きれいな目の繊細そうな男の子。
紹介状には名前の他に『19歳、自殺』と書かれていた。
「こちらでお待ちください」
「はい」
死んだ人って、たいていはこっちのシステムに驚いて、どことなく地獄に恐れをなしている人が多いのだけれど、なぜか彼は落ち着きなく視線を外に向けてばかりいる。
「自殺だから地獄に落ちたのかな?」
こっそり私は囁いた。
「気に入らねぇ。生きてりゃ楽しいことあるだろうに」
凌平くんは事故死だったからそう思うのかもしれない。でも、私だって死にたくなることは地獄にいる今だってある。疲れているときに手を撫でられたり、嫌な言葉を言われたり。
「若い」
「きれいだね」
と言われて嬉しい女ばかりじゃない。手の感触にぞっとする。着物の上からでもお尻は触ってはいけないはず。
どうして一心さんだと嫌じゃないんだろう。さすがに尻は嫌だけど。
都村さんのお部屋係は澪さんが担当することになった。
「不思議な子。部屋に案内してもずっとそわそわして」
戻って来た澪さんが言った。
「さっきもずっと外を見ていましたよ」
私は言った。
「そうなの。部屋でも窓外ばかり気にして」
ここでそんなことをする人は初めてだ。誰かと心中してはぐれてしまったのだろうか。
「すいません。出かけてきます」
都村さんは手ぶらで出かけて行った。
「こんなにすぐ出かける人っていないわよ」
麻美さんも不思議がる。
夕刻、いつものように芯しん亭へお客様が来た。
「いらっしゃいませ」
「ここに予約をしていると思うのですが」
若い男の子だった。今までの客人たちは自分が一番好きな服、もしくは思い出の、または最もリラックスできる部屋着のような恰好の人はいたが、彼は制服のようなスーツ姿である。二十歳前後の学生に見える。
「お名前をよろしいですか?」
私は尋ねた。
「都村(つむら)です」
きれいな目の繊細そうな男の子。
紹介状には名前の他に『19歳、自殺』と書かれていた。
「こちらでお待ちください」
「はい」
死んだ人って、たいていはこっちのシステムに驚いて、どことなく地獄に恐れをなしている人が多いのだけれど、なぜか彼は落ち着きなく視線を外に向けてばかりいる。
「自殺だから地獄に落ちたのかな?」
こっそり私は囁いた。
「気に入らねぇ。生きてりゃ楽しいことあるだろうに」
凌平くんは事故死だったからそう思うのかもしれない。でも、私だって死にたくなることは地獄にいる今だってある。疲れているときに手を撫でられたり、嫌な言葉を言われたり。
「若い」
「きれいだね」
と言われて嬉しい女ばかりじゃない。手の感触にぞっとする。着物の上からでもお尻は触ってはいけないはず。
どうして一心さんだと嫌じゃないんだろう。さすがに尻は嫌だけど。
都村さんのお部屋係は澪さんが担当することになった。
「不思議な子。部屋に案内してもずっとそわそわして」
戻って来た澪さんが言った。
「さっきもずっと外を見ていましたよ」
私は言った。
「そうなの。部屋でも窓外ばかり気にして」
ここでそんなことをする人は初めてだ。誰かと心中してはぐれてしまったのだろうか。
「すいません。出かけてきます」
都村さんは手ぶらで出かけて行った。
「こんなにすぐ出かける人っていないわよ」
麻美さんも不思議がる。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
家路を飾るは竜胆の花
石河 翠
恋愛
フランシスカの夫は、幼馴染の女性と愛人関係にある。しかも姑もまたふたりの関係を公認しているありさまだ。
夫は浮気をやめるどころか、たびたびフランシスカに暴力を振るう。愛人である幼馴染もまた、それを楽しんでいるようだ。
ある日夜会に出かけたフランシスカは、ひとけのない道でひとり置き去りにされてしまう。仕方なく徒歩で屋敷に帰ろうとしたフランシスカは、送り犬と呼ばれる怪異に出会って……。
作者的にはハッピーエンドです。
表紙絵は写真ACよりchoco❁⃘*.゚さまの作品(写真のID:22301734)をお借りしております。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
(小説家になろうではホラージャンルに投稿しておりますが、アルファポリスではカテゴリーエラーを避けるために恋愛ジャンルでの投稿となっております。ご了承ください)
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる