魔法のスープ

吉沢 月見

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新学期

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 それなのにヤスナガくんは日ごとにお喋りになる。
「俺の苗字と名前が一緒の理由知りたくない?」
 と聞いてきた。
「知りたい」
 私は即答していた。
「最初の苗字は知らないけど、ちゃんとした夫婦の間に生まれたんだ。そのときに名前はもう俺は泰長だった。両親が離婚をしてたぶん母方の苗字になった。伊藤とか後藤とか普通の苗字だったと思う。もう覚えてないけど。母親が再婚をしてまた苗字が変わった。その再婚相手とは合わなくて、祖父母に預けられた。田舎でいいところだった。でも二人が死んでしまって、母親は行方知れずで、今度は施設に預けられた。里親制度っていうのがあって、そのままでもよかったんだけど、最近になって里親と養子縁組を結んだんだ。その苗字がたまたま安永だったというわけ」
 聞きなれない言葉に頭がくらくらした。目まぐるしい人生だ。魔女に生まれるのよりもずっと大変かもしれない。それを普通の顔で平然と話すヤスナガくんはまともじゃない。でも私はそんなことが理由でヤスナガくんのことを気にかけているわけじゃないと思う。なぜか、私の目が勝手にヤスナガくんを追うのだ。
「じゃあ、今の親とは血縁関係がないんだね」
 私はゆっくりと言った。ヤスナガくんが血相を変えないか心配しながら。
「そういうこと」
 ヤスナガくんは本を読みながら答えた。私は聞けなかった。今までにこの話を誰かにしたのだろうか。クラスではそのような話題は耳にしていないからきっと先生たちしか知らないのだろう。子どもよりも大人のほうがそんなつまんないことで人を見下すんじゃないだろうか。ヤスナガくんがかわいそうだ。本人は傍にいる私の気持ちも知らずに本を読んでいる。あっ、私今、ヤスナガくんの一番近くに座っているんだ。それだけで幸せでにやけてしまった。
「その本おもしろい?」
 ヤスナガくんが聞いた。
「う、うん」
 私は大きく頷いた。

 恋には疎いほうだ。好きってそんな簡単なことじゃない。気持ちだけで動ける人間を軽視していた。愛については、もっとわからない。好きな人のためになら死ねるのかな。でも死んでしまったら、もうその人に会えないではないか。自己犠牲とか、本当にわからない。これから知ってゆくとも思えない。人を好きな気持ちは確かにきれい。でもすぐに変化する。まるで夏の畑に採れすぎて放置された野菜みたいにあっという間に汚く変色する。

 ヤスナガくんを好きになりかけていることを私は誰にも話せなかった。その上、この恋が成就するように祈ることもしなかった。放っておいた。人に話したらこの気持ちが確実になってしまう恐れもあった。だからあまり気にかけないよう努力した。でもヤスナガくんが視界に入るとどきりとしたし、図書委員の日は緊張した。眠れない夜はなかった。私は恋をしても健康だった。魔力は暴走しなかった。恋に狂い、術をかけたりしなかったからだろうか。本当のところ、私は自分の能力がいかほどのものなのか、自分の恋に効果があるのかさえ知らなかった。
 毎日、祈っている。大きなことではない。小さなこと。今日が終わることに感謝し、明日も平穏であればいい。ほとんどの魔女が同じ祈りを捧げている。桜が散ることは止められないし、花粉症の人が減ることもない。夜は遅くならないうちに祈る。夜中は悪い魔術にはてき面だけれど、いい祈りは無効になってしまう。朝にするべきだが、朝の学生は忙しい。私だって毎朝髪を整えているし、たまには寝坊だってする。魔女だけど、その点は普通の女の子。ヤスナガくんが来てから鏡の前に立つ時間が長くなった気がする。図書委員の月曜と木曜は特にそう。情けないというよりも、気恥ずかしい。

 魔女であることをヤスナガくんになら話してもいいと思った。私の本性を知ってほしい。本性というよりも本質。魔女でもあり、普通の女の子と変わらないこと。中学生であり、恋をしていること。母も父にだけは話したそうだ。自分の母親が魔女であること、娘を産んだならその子が魔女である可能性があること。父は受け入れた。というより、そんなに深く考えなかったのだろう。おおらかで自由な人だった。だから私と母を残して、いなくなった。今も旅でもしているのだろう。あの人はきっと一つのところには落ち着けない人だ。そういう人って必ずいる。自分が楽しいことが一番大事で、そのためだったか家族も犠牲にする。そういう人は家族を持ってはいけない。一家の大黒柱には絶対になってはいけない。母とは合わなかったのだろう。母は努力を積むことが好きな人だ。資格を取ることに執着して、もう趣味が資格取りのようだった。母の人生の役に少しでも立つのなら高い受験料も無駄ではないだろう。母は魔女ではないから、頑張らないと気がすまないのだ。怠惰な父はそんな母をかわいく思ったのかもしれない。父と母が離れたのは価値観のズレや、お金のことだと思う。父はたぶんお金がなくても生きてゆける人だ。母は違う。母は普通を好む。娘の私は普通ではいられないのに。
 得をしようと思えば私にはいくらでもできた。魔法を使えばヤスナガくんの気持ちを引くことだって容易い。しかしそんなことで気持ちを向けられても嬉しくない。私がこんなまともな思考なのは全て祖母のおかげだと思う。母ではない。母も少しは私をちゃんと育ててくれたかな。
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