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 そんなとき、シエ様の幼馴染の男性が城に面会に来たことで、あらぬ噂が立つ。シエ様のラナード国はサンズゲイト国と国交があるからこちらに外交館があるのだ。もちろん、悪い噂を流しているのは他の妃候補の侍女たちだろう。足の引っ張り合いが得意な人っている。それよりも己を磨くほうが得策。

 しかし、噂の出所はシエ様自身だった。幼馴染が自国への帰国が決まったため、今のよくわからない状況とホームシックも重なって、聡明故に軽いパニックになっているようだった。ひとつのことに固執して考えてしまうのが悪い。

「どうしていいのかわからない」
 と不安を吐露するから、
「私と一緒に畑に行きましょう」
 と誘ってみた。
「え?」
 びっくりした顔は更に目が大きくなって、美人さん。

 汚れる格好でと伝えたのに、煌びやかな服。そんなふわっとした服、作業の邪魔になるだけだ。自分でも気づいたのか裾を縛り、畑に入った。

「今日は芋の収穫ですじゃ」
 トベールじいが作業を割り当てる。城内の畑の芋はもしものときの貯蔵らしい。それでも結構な量。

「シエ様はこの枯れている茎を引っこ抜いていってください」
 それが一番簡単だと思ってお願いしたのに、
「芋を傷つけないように掘り出せばいいんですよね?」
 と他の作業員に混じって素手で土をよけて芋を取り出す。
「手が汚れますがいいですか?」
「ふふっ、あなただって。私、思い出したの。うんと小さいときにやったわ。学校に入る前の子ども塾で。懐かしい」

 野菜を作ることも学びになるし、それを知っていれば生きることができる。私も知らなかったが、私の好きな木の実は湿気を嫌うから土地によっては木の実ができないそうだ。この世の中には知らないことがたくさんある。

 農作業は忙しい。芋の掘り残しがないように。根も残さないように。茎は細かく切って肥料に混ぜる。夏なのに秋冬の野菜を植える場所を考える。

 シエ様は服の裾が汚れようと、体を折り曲げて芋掘りに没頭した。真面目な方なのだろう。あとで洗うからそんなに土を払わなくても大丈夫ですよ。

「姫様方、雨が降りそうなので今日はここまで」
 トベールじいの言葉で全員が作業をやめる。ちょっと曇って来た程度。でも勘ではなく、当たる。
「シエ様、重いけど一緒にこの芋を運びましょう」
「はい」

 取っ手のついたカゴ。うちの国にはないけれど、便利よね。
「芋は雨に濡れると腐ってしまうんです」
 私は言った。
「畑のは?」
「土の中の芋は大丈夫。また晴れた日に掘ります」
 今日の分は小屋に運んで、雨を避ける。

「気が楽になったわ。ありがとう」
 とシエ様も言ってくださった。
「そうなんです。こうやって土をいじっていると嫌なことを忘れます。うちのおさじもなんとか効果って言ってた気がします」
「そこ大事でしょ」
 笑い方もいつもと違って大きな口を開けてケラケラ。こんな笑い方、初めて見る。

 そのあとでお茶に誘ってくださったのはシエ様のほうだった。
「シエ様のお国のお茶は緑なのですね」
 とてもきれい。
「笹茶よ」
「おいしいです」
 すっきしりとしている。

 シエ様の国にはたくさんの温泉が湧いているらしい。目を細めて懐かしそうに話す。まだ私たちがここに来て一ヶ月が経ったくらいだろうか。勉強は好きじゃないが、空き時間の農作業が私の寂しさを埋める。
「帰ってゆっくり温泉でも入るわ」
 シエ様は言った。離脱ということになるのだろうか。彼女が決めたことならば引き止めることは不可能だ。自分の人生は自分のために生きるべき。私だって自分のためにここにいる。

 シエ様はもしかしたら自国に帰って幼馴染と結婚をするのかもしれない。それならばもっと晴れた顔をしているだろう。家族や国のことを考えれば、やはりアルゼット様との婚姻が重要視される。

 私も側女を諦めて、トベールじいに孫でもいたらお嫁にもらってもらおうかしら。王妃なんて大変そうだし、城勤めのじいの親族になったらかぼちゃを国に送っても叱られないと思う。畑仕事も継続できる。
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