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リンネットの結婚

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 結婚式の前からずうっと緊張していたのに、昨晩はあんな恥ずかしいことをしたあとなのにやけにすっきりと眠れて、私って意外と図太い神経してるのねと思いながら目を覚ました。こちらの枕がふかふかのせいかしら。
 もう王様はいなかった。
 だめだった? 初夜なのになにか失敗したかしら? ああ、あそこがじんじんする。お尻も背中も筋肉痛だ。どうしたらいいのだろう。
 誰にも聞けない。
「おはよう」
 王様に配膳をさせていいのかしら。
「大丈夫か? その、体は」
 と労わってくださる。
「はい」
 部屋のテーブルに置いて、私をそちらに運んでくれた。
 長椅子で並んで食する。朝からパンに卵が挟んである。バターもたっぷり。
「いただきます」
 またこのハムだわ。王様の好みなのかしら。香辛料が練り込んである。
 卵だけでいいのに。
「失礼します」
 アンナがいてくれてほっとする。
 黙ったままお茶を注ぐ。
「緑のお茶ね」
 匂いも蒼山のものとは異なる。
「ああ」
「もう下げて。朝は果物がいいわ」
 アンナに言ったつもりなのに、
「料理人を呼べ」
 と王様が言い出し、私はその人たちに食事の好みを伝える羽目になった。朝は軽めがいいこと、薄味が好きなこと。
 それが終わっても王様が部屋を出てゆかない。
「ここって、あなたの部屋でもあるの?」
 私は聞いた。
「いいや。部屋は他にあるが夜はここで眠ろうと思う」
 他の国ではお后の他に側めを置くことがあるらしいけど、紅山はどうなのだろう。それを妻になったばかりの私が聞いていいのかな。
 王様がベッドに腰かけるから私も隣に座って、そうすると私に触っては顔色を窺う。
 指先に膝、背中や首筋なんてあまり触られないからぞくぞくしちゃう。
「くすぐったい」
 ちょっと乱暴に服をはぎ取られる。
「もう妻なのだから」
「私の足、気持ち悪くない?」
「触れていいのか困る」
「大丈夫です」
 私の体なのに私の体じゃないみたい。
 昼なのにそんなことをして、夜もそうだった。慣れないけど。
 王様の体はごつごつしていて、そういう男の人が周りにいなかったから裸を見てしまう。丸太のような腕をしているおかげで、私を軽々しく抱き上げられるのだろう。
 嫌じゃないだろうか。面倒ではないだろうか。
「死んだら歩けるのかしらって考えたこともあります」
 お風呂でそんな話をしたら、困った顔をした。私のお尻を持ち上げるように洗う夫を少し意地悪だなと感じた。
最初は紅山の領土に入った瞬間、別の空気のような気がした。それにはすぐに慣れた。部屋にずっといるからここにも慣れる。あなたにも。

 次の日は晴れていたから、サンドイッチを持って外で食事をした。エンカも一緒。
 王様自ら王妃をこんなに抱きかかえるものなの?
 護衛の人たちはエンカよりも遠くにいた。
 藁で編んだようなシートを広げてくれた。そこで言葉もなくぐりぐりと私の指に指輪をはめる。
「うちは王冠なので作らせた。そなたの国では夫婦は指輪を交換し合うのだろう?」
「はい」
 自分のははめてほしそうに待っている。この人、本当にかわいい。
 父様の指輪もごつごつしていた。似たものを作ってくれたのかしら。私の関節を覆うほどある。幅が広くて邪魔。でも王様の大きな手にはちょうどいい。
「ありがとう、王様」
「名前でいい」
 王様の名前はすごく長い。アスタ・ミール・コット・パードリア4世。
「コット?」
「そう呼ばれることはない。そなただけだな」
 と嬉しそうにはにかんだ。
「私も『王妃』ばかりで。急にこっちに来た人間を崇めるのなんて嫌でしょうに」
 歩けないし。
「リンネット、すぐに慣れるさ。嫌なことがあったらすぐに言ってくれ。おっ、あっちの花がきれいだ」
 私を抱えてどうしてずんずん歩けるのだろう。
「重くない?」
「ちっとも」
「きれい。部屋に飾ってもいい?」
 フレディがくれた野花もまだ部屋の花瓶に元気に咲いている。
「もちろん」
 私を抱えたまま中腰。
「その体勢辛いでしょ?」
「大丈夫だ。ほら、好きなのを取りなさい」
 コットとはたくさん話した。
「前王には側室がいたが自分には必要ないと考えている」
 コットは私の目を見て言った。
「でも、子ができなかったら考えてくださいましね。そうだ、ベルダ姉様とお昼を食べたときの白くてこりっとした食べ物はなんですか?」
「どんなだ?」
「白いソースの食べ物に紛れていたから。それも白くて四角でした」
「イーカだろうか。海の食べ物だよ」
「不思議な触感で」
「気に入ったのなら取り寄せよう。こんな形だ」
 コットが紙に絵を描く。紙に草の繊維が残っているからいい匂いがするのかもしれない。
「嘘よ。そんなオバケみたいな形」
「横に向いて泳ぐんだ。君たちが食べたのはこのあたり。一番柔らかい。ここは筒状になっている」
 コットが書くそれは不思議だ。手に墨がつかない。
「コット、その棒みたいなものは?」
「炭をペンにしたものだ。持ち歩けるし、書ける」
「へえ、うちのほうは墨よ。筆を使うの。それ、いいわね。フレディにあげたいわ」
「ああ、送っておあげ」
 やっぱりこの字、あなただったのね。
「うふふふ」
「どうした、リンネット?」
「なんでもないわ」
 コットは顔を撫でても伸びたお髭を引っ張っても怒りません。
『それによく笑います。きれいな花を見ても笑うし、おいしいものを食べても笑います。晴れでも雨でも曇りでも笑っています。王様なのにあんなにわかりやすくて対外的なことはできているのでしょうか。心を見せないようにするのが王様でしょう? わかりやすくて心配になるほどです。
 そうだ。この手紙と一緒に写真というものを送ります。コットから説明を受けたのですがわかりません。鏡を紙に写したようなものらしいです。私たちの婚儀の様子です。絵じゃないですよ』
 ベルダ姉様にイーカを教えたし、サシャにも心配しないように記した。フレディには炭筆。そうなるとエリー姉様とサイカ姉様にも何か送らないと。あ、父様にも。新妻ってこんなことばかりしていていいのかしら。
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