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「男運がないのかしら、私たち」
 とむうちゃんが冗談を言ったのを受け流せるくらいにまで私は戻っていた。

「小さい神社だけど恋愛成就の御利益があるらしいわよ」
 原沢さんに教えられて私とむうちゃんは出かけた。たっくんを好きな女がついてきた。手を合わせる横顔は、ブスではない。足は細いし、長い。やり方を変えればたっくんだって好意を抱くだろうに。

「どうしてそんなに彼のことが好きなんですか?」
 むうちゃんが聞いた。
「好きなことに理由がありますか?」
 ああ、そうですね。わかってらっしゃるんですね。それには同意します。たけし君が人殺しでも急に嫌いにはならないもの。むうちゃんだって、たーくんがいなくなっても、きっとまだ好きだ。そしてその虚無感は誰にも補えないまま、あの家に戻る。私は辛いという感情を学んだ。悲しいや寂しいは知っていた。辛いは痛い。たけし君は今、どんな気持ちなんだろう。

 気に入らない女だけれど、絵だけはキレていた。鋭い線で、誰にも描けない絵を描く。びっくりした。変な女は変だ。変だから愛もおかしくなってしまうのだろうか。線は直線。歪んでいない。
 それにその女はいつもごはんを丁寧に食べていた。なんというか、きれいに食べるのだ。三角食いでもない。バランスがいい。長年培われた無意識の美しさだ。立って食べたりもしない。

 彼女に触発されて、たっくんも絵に真摯に取り組んでいた。徐々に感覚を取り戻しつつあるようだった。それにはやはり女が邪魔なのでむうちゃんが、
「私たちも東京へ戻るので、一緒に帰りませんか?」
 と誘った。
 女は大学の単位がヤバいと言い、帰京に同意した。きっと嘘だ。たっくんの絵を見て邪魔できないと感じたのだろう。芸術家同士は反発して、付き合ったとしても持たないのではないだろうか。むうちゃんとたーくんの場合はむうちゃんが引いていたから維持していた。むうちゃんも絵描きだったらむつかしかったと思う。だからむうちゃんは転身したのかな。今はもう好きな絵を好きなだけ描けるから気楽になったのだろうか。ちょっと血がつながっているからって本心は聞けなかった。
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