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 パウンドケーキの出来上がりは上々だった。しかし私はそれをたけし君に食べさせてあげることはできなかった。彼はその日、ミヤコちゃんを殺してしまっていた。風が、温かかったからだろうか。何があったのだろうか。訳もわからず、どうすることもできない。たーくんのときと同じだ。詳細は私の耳に入らない。暗い顔を見せてしまうから部屋で食事を取った。むうちゃんは私の傍にいなかった。私が泣けるようにと思案したのだろうが、私は泣かなかった。実感が乏しい。たーくんが死んだときもむうちゃんはこんな感じだったのかな。

 好きな人が人を殺した。私の恋は汚くないはずなのに、きっと誰の賛同も得ない。原沢さんが近所の人から話を聞いてきてくれたけれど、たけし君は黙秘しているらしかった。さすがに今日はたけし君のお父さんはパチンコに行っていないだろうし、お母さんもパートに出ていないだろう。声はかけられないからパウンドケーキを郵便受けに入れてきた。ミヤコちゃんの力を疎んだのでも羨んだのでもないのだろう。どうしたのだろう。まだ私たちは幼い。人生を棒に振ってまでやらなければいけないことだったのだろうか。

 もう、一生会うことはないのだろう。事件や事故は急に起こる。大好きな人が自分の生活からいなくなることがあるよね、むうちゃん。
 普通がいい。毎日、ごはんが食べたい。毎日、ハンバーグでなくていい。普通のごはんでいい。原沢さんが出してくれる鮎の甘露煮は贅沢品だ。

「帰ろう」
 とむうちゃんが言った。遠ざかることしかできないのか。でもここにいたら原沢さんたちの負担になる。
「うん」
 と私は答えた。むうちゃんはいいのかな。まだ心の整理がついていないのではないだろうか。そんなのつきっこない。私はそれを体感している。温泉に入っても指先が震えていた。のどの周辺に熱いものがつっかえていて吐き出せない。ミヤコちゃんのためだったのかな。妹思いだったもの。病気とか、嫌な大人たちから守ったとかそういう理由なのだろう。
 私に相談されても答えは出なかったと思う。子どもだもん。
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