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「ただいま」
 と息子さんが帰宅する。

「おかえり。早かったわね」
「途中でおろしたんだ。そば食べて行くって」
「そう」
「そば有名なんですか?」
 むうちゃんが聞く。
「いいえ」
「なにもないところなんですよ」
 と息子さんが言った。

「こちら塚本さんよ」
 原沢さんが紹介した。
「絵空むうさんですよね?」
「はい」
 むうちゃんは自分を隠さなかった。
「漫画家さんなのよ」
「知ってるよ。俺、美大に通ってるんです。今はお見せできるようなものがなくて。そうだ、娘さんを描いてもいいですか?」
「姪です」
 私は答えた。
「いい?」
 むうちゃんが聞いた。私は首の重さにより、頷いた。

 私は椅子に座ったままなるべく動かないようにした。
「専攻は洋画です」
 と息子さんは言った。でもデッサンはどの学科でもするのだろう。
「そう」
 たーくんは日本画だった。その区別も私にはわからないけど。

「タケユキ、私は買いものに行くけど」
 と原沢さんが席を立った。
「夕方にしなよ。せっかく俺が帰ってきたんだから普段は買えないもの考えておいて。水でも米でも醤油でも持つから」
 お母さんには優しい息子らしい。
「そうね」
 親を言いくるめるのが得意そうだな。私は座って、息子さんは見たくないので、窓外を見た。紅葉にはまだ早い。しかしもう夏は遠い。

 息子さんはささっと描いた。それを見て、私は唖然とし、むうちゃんも言葉に詰まった。
「ピカソが好き?」
 私は聞いた。
「偉大すぎて」
 デッサンのはずなのに、私の目は飛び出ているし、顔はお尻みたいだし、首は幅2センチほどしかない。
「ピカソは普通の絵もとっても上手なのよ」
 むうちゃんが言った。
「だめですか?」
「だめじゃないけど、人にあげる絵ではないわ。前衛的というか、だってユリカ、これもらって嬉しい?」
「嬉しくない」
 と即答する。
「ほうら」
 息子さんは肩を落とした。
「大学でもそう言われて、初心に戻ってみようと思って。昔はこんな絵描かなかったから」
 そんなわけで息子さんが私たちの生活に加わった。男が一人いるだけでこんなにも引き締まるものなのだろうか。私はお風呂の鍵はもちろん、寝るときにも部屋の鍵を幾度も確認した。原沢さんはいつもよりも更に嬉しそうだった。むうちゃんだけが変わらない。
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