歯痒いとやるせないの感情を教えてくれた人

３９

　たけし君が帰宅するとミヤコちゃんは自分の部屋に引っ込んでしまった。
「喋った？」
　息を切らせたままたけし君が聞く。
「うん、いっぱい」
　自慢ではない。真実を私は答えた。
「いいな。どうして僕や親とはちゃんと喋れないんだろう？」
　人って困ったことがあると本当に頭を抱えるのね。
「緊張するのかな」
「家族なのに？」
「サインは喜んでたよ」
「そっか。ありがとう」
　たけし君の宿題を一緒にした。これだけ休んだらどれほど遅れてしまうのだろう。私だって、子どもなりに考えているのだ。道から外れることは恥ずかしくない。私は留年したっていいけれど、周囲はそれをむうちゃんのせいと決めつける。だから避けなければならない。
「いつ帰るの？」
　たけし君が聞いた。
「わからない」
「もうひとつ聞いていい？」
「なに？」
「名前」
「ユリカ」
「ユリカ」
　たけし君の口から出るユリカはすごく優しく聞こえた。

　困ったな。民宿に戻りながら私は思った。後先考えずに恋をしてしまった私はえらくガキだ。離れることが決定的なんです。それもそう遠くない。むうちゃんのためにここへ滞在しているのが嘘になってしまう。私は自分の恋にドキドキしていたいけれど、むうちゃんがこれ以上病むのはごめんだ。むうちゃんよりも今は私のほうが病んでいる。恋って、気味が悪い。初めて味わっているけれど、何をしても一人の男の子のことを考えている。ごはんを食べていても、掃除や洗濯をしていても、ラクと散歩していてもたけし君のことを考えています。かと言って、キスがしたいとは思わない。会って、話がしたいだけ。そして実際にそうしていても気分が高揚するほどではない。ミヤコちゃんのおかげでもある。あの子がいるから平静を保っていられる。