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 民宿に戻ったら、むうちゃんの担当の白金さんがファンレターの山を持ってやって来ていた。原稿ができあがったらしく、白金さんは正座をして読みふけっていた。出会ったときからぱっつん前髪だ。顔は少女漫画の主人公並みにかわいい。バッグはニット。お手製かな。歳は30代の中ごろだろうか。いつもスーツじゃない。かわいらしい恰好をしている。

 タブレットは45度。故に白金さんの首も同じ角度。でも首の骨は曲がっているのが普通らしい。
 それ、私もむうちゃんが描いているときにちらりと盗み見た。むうちゃん、知ってたけどすごい人。たーくんの死を栄養になんてしない。自分の絵を描く人だ。

「いいですね」
 むうちゃんの絵を見て頷いている。納得というより共感を強く感じた。
「そう? いろいろあったから。ぶれてない?」
 むうちゃんが不安そうに聞いた。
「大丈夫です」

「ユリカ、東京のお菓子もらったよ」
「ありがとうございます」
 箱からしてお洒落。
「姪御さんが一緒と聞いてほっとしたんです。あなたと一緒なら心中の心配がない」
「はあ」
 そんなのむうちゃんの気分次第だと私は思う。
 土産の箱を開けながらむうちゃんは笑っていた。白金さんは言葉を相手にしていながら、言っていいことと悪いことの区別はつかないようだ。
「どらやきだ。生クリーム入り? こっちは抹茶? 普通のがいいな」
 むうちゃんも人から頂いたものを手当たり次第にいじくっている。
「プレーンないですか?」
 白金さんは自分で買って来たのにむうちゃんと一緒に真剣に選ぶ人。
「栗入りでもいいな」
 むうちゃんは即決。
「私、餅入りにします」
「ユリカ、お茶セット借りてきて。旅館じゃないからないかな。よかったら原沢さんも誘って」
 白金さんはどらやきをどうして15個も買って来たのだろう。賞味期限はそんなにないだろうに。手土産もこちらのことを考えてくれないと迷惑だ。

 原沢さんはおいしいお茶を淹れてくれた。女しかいない。そういう民宿だけど、異様だ。
「原沢さん、何味にします?」
「なんでもいいわよ」
 原沢さんも吟味しない。
「私、今度結婚するんです」
 白金さんが唐突に言った。
「本当に?」
「はい。相手はお医者さんです」
「いいな」
 と原沢さんが漏らした。
「どうやって知り合ったの?」
 どらやきを食べながらむうちゃんが聞く。
「合コンです。私、ずっと謎だったんですよね。たーくんさんもそうですけど、刺されたら死ぬじゃないですか? それなのにどうして手術は大丈夫なんだろうって。メスで切るんでしょう? その人、根気よく何度もむつかしい話をしてくれて。頭には入らなかったけど、心には響きました。年下ですけど、よくできた人です」
「よかったね」
 とむうちゃんが言った。
「先生にも幸せになってほしいです」
 むうちゃんは何も答えなかった。大人の話が飛び交う中で、私は黙ってどらやきを貪った。

 たーくんがいたときからむうちゃんは真面目だった。締め切りは守るし、家のことも全部していた。家政婦さんを雇ったらよかったんじゃないかな。無理をしているのは伝わっていた。私がもう少し大きくなれば手伝うことが可能だった。
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