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ママはむうちゃんをあの家から遠ざけたかったのだろう。それには実質的に成功だ。
「ユリカ、どう?」
私たちは同じ天井を眺めている。
「なんか古い匂いがする」
「そうだね。畳とか貼り替えてないんだろうな」
電車で来た。その間に原沢さんのこととペンションについてむうちゃんは話してくれた。夏は涼しくて、星がきれい。冬はスキーでそこそこ混む。今は閑散期らしい。去年、旦那さんを亡くし、たたむことを考えていたそうだが、客を女性のみにしてひっそりと続けているそうだ。従業員はいないから、客が来ても来なくてもいいらしい。電車の中で初めてお弁当を食べた。新幹線で駅弁を食べたことはある。でもママがこしらえてくれたものを、普通電車で食べること初めてだった。乗客が少ないからできた。多かったら人目を気にしてできない。私の器はおちょこの裏くらいだろう。子どもだからそういうところを気にしてしまう。
民宿のいいところは三食作ってくれるところ。お昼はおむすびとおかずが少々。それを台所の近くで食べる。この家庭的な雰囲気がいい人もいれば、折角外で泊まるならホテルのようなところがいいと思う人もいるのだろう。
「玉子焼きもおにぎりもお母さんの味に似てる」
むうちゃんはちょっと食べて、笑った。
「私のおばあちゃんてこと?」
「そう。覚えてる?」
祖母は私が小さいときに亡くなっていた。
「ぼんやりと」
「そっか」
私は母からお目付け役を言い渡されていた。むうちゃんを見張って、ちゃんとごはんを食べさせること。それが私の使命だ。むうちゃんはタブレットとか、ノートとか手帳とか仕事道具をたくさん持ってきていた。バッグではなくてふろしきだった。やっぱり変なのかな、むうちゃん。たんすを開けるたびにたーくんのものと出くわさないか冷や冷やしたのではないだろうか。そんなにあの家に帰りたくなかったのかな。
「殺さないで」
とママは言った。私はむうちゃんからそんな素振りを感じない。たーくんに会いたいはずがない。寂しがってはいるけれど、会ってしまったらケンカになる。むうちゃんとたーくんのケンカは壮大だ。むうちゃんが投げたものが飛び散り、両方血だらけになってうちに逃げ込んできたことがあった。昔のことで、最近はケンカをしなくなった。ケンカをするほど仲がいいって本当だ。笑っていたけれど、苛々しているほうが二人にはよかったのかな。いがみ合うのとはまた違う。恋人っていうより、パートナーだったのかな。
小学生の私がお目付け役を言いつけられたところでなんの歯止めにもならなさそうだけど、むうちゃんは私の同行を殊更喜んで、なんにもないこの地のことを調べてくれていた。ゴルフ場くらいしかないのだけれど。空気がきれいなところにいたら体から悪いものが排出されるかと考え私は同行を希望した。私じゃなくて、むうちゃんから悲しみが減少すればいい。
学校は数日休むのが限度だろう。がんばっても一週間。まあ、こんなところにまで来て自殺をするなら数日で決行するだろう。心中を決意していたら困るな。非力だ。握力が15しかない。左手はもっとなかった気がする。
「さて、仕事しよ」
むうちゃんがタブレットを起動させた。
「じゃあ私、ぶらぶらしてくる」
「神隠しに遭わないでよ」
「はーい」
「ユリカ、どう?」
私たちは同じ天井を眺めている。
「なんか古い匂いがする」
「そうだね。畳とか貼り替えてないんだろうな」
電車で来た。その間に原沢さんのこととペンションについてむうちゃんは話してくれた。夏は涼しくて、星がきれい。冬はスキーでそこそこ混む。今は閑散期らしい。去年、旦那さんを亡くし、たたむことを考えていたそうだが、客を女性のみにしてひっそりと続けているそうだ。従業員はいないから、客が来ても来なくてもいいらしい。電車の中で初めてお弁当を食べた。新幹線で駅弁を食べたことはある。でもママがこしらえてくれたものを、普通電車で食べること初めてだった。乗客が少ないからできた。多かったら人目を気にしてできない。私の器はおちょこの裏くらいだろう。子どもだからそういうところを気にしてしまう。
民宿のいいところは三食作ってくれるところ。お昼はおむすびとおかずが少々。それを台所の近くで食べる。この家庭的な雰囲気がいい人もいれば、折角外で泊まるならホテルのようなところがいいと思う人もいるのだろう。
「玉子焼きもおにぎりもお母さんの味に似てる」
むうちゃんはちょっと食べて、笑った。
「私のおばあちゃんてこと?」
「そう。覚えてる?」
祖母は私が小さいときに亡くなっていた。
「ぼんやりと」
「そっか」
私は母からお目付け役を言い渡されていた。むうちゃんを見張って、ちゃんとごはんを食べさせること。それが私の使命だ。むうちゃんはタブレットとか、ノートとか手帳とか仕事道具をたくさん持ってきていた。バッグではなくてふろしきだった。やっぱり変なのかな、むうちゃん。たんすを開けるたびにたーくんのものと出くわさないか冷や冷やしたのではないだろうか。そんなにあの家に帰りたくなかったのかな。
「殺さないで」
とママは言った。私はむうちゃんからそんな素振りを感じない。たーくんに会いたいはずがない。寂しがってはいるけれど、会ってしまったらケンカになる。むうちゃんとたーくんのケンカは壮大だ。むうちゃんが投げたものが飛び散り、両方血だらけになってうちに逃げ込んできたことがあった。昔のことで、最近はケンカをしなくなった。ケンカをするほど仲がいいって本当だ。笑っていたけれど、苛々しているほうが二人にはよかったのかな。いがみ合うのとはまた違う。恋人っていうより、パートナーだったのかな。
小学生の私がお目付け役を言いつけられたところでなんの歯止めにもならなさそうだけど、むうちゃんは私の同行を殊更喜んで、なんにもないこの地のことを調べてくれていた。ゴルフ場くらいしかないのだけれど。空気がきれいなところにいたら体から悪いものが排出されるかと考え私は同行を希望した。私じゃなくて、むうちゃんから悲しみが減少すればいい。
学校は数日休むのが限度だろう。がんばっても一週間。まあ、こんなところにまで来て自殺をするなら数日で決行するだろう。心中を決意していたら困るな。非力だ。握力が15しかない。左手はもっとなかった気がする。
「さて、仕事しよ」
むうちゃんがタブレットを起動させた。
「じゃあ私、ぶらぶらしてくる」
「神隠しに遭わないでよ」
「はーい」
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