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 実況見分は午前が不倫相手で、午後がむうちゃんだった。私は給食を食べて、お腹が痛いふりをして学校を早退した。おせっかいな友達らが家に電話をしないか心配だった。それでなくても彼女たちはむうちゃんが関わる事件のことに興味津津のようだ。週刊誌のせいだ。殺人事件なんてこの狭い日本でも1日に1件くらい起きているだろう。それなのにちょっと有名だからってなぜ他人の話の種になって、人から指を差されなければならないのだろう。むうちゃんはなにも悪くないのに。

 今頃、たーくんを殺した人があの部屋にいるのかもしれない。警察も酷なことをする。何も同じ日にしなくたっていいじゃない。たーくんを殺した女が吐いた息を私たちが吸うかもしれないじゃない。数日経ってからではいけないのだろうか。

 病院ではなく、家でむうちゃんと待ち合わせた。むうちゃんは痩せこけて、ハンガーに服が引っ掛かっているようにぶかぶかだった。
「そろそろお願いします」
 警察がたーくんが殺された様子を話す。
「11月4日、6時12分、あなたは殺された平尾巧さんとこの家にいましたね?」
「はい」
「そこに容疑者が突然乱入した」
「突然ではありません。彼の携帯に電話がありました」
「これから行くと言ったんですね?」
「おそらく」
「当日のあなたの座っていた場所は?」
「そこの仕事場です」
 むうちゃんが指を差す。
「容疑者がやって来て、平尾さんと口論になった」
「口論というより、勝手にわめいて、ずぶっと刺しました」
「あなたはなにをしていましたか?」
「仕事です」
「口論をしているうしろで?」
「いけませんか?」
「いえ、ただ不自然ではないですか?」
「締め切り前だったら他に優先することはありません」
「恋人でも? 恋人というよりも内縁に近い間柄だ。その相手が刺された。あなたのうしろで」
 むうちゃんに非はない。それなのにどうして悪者にするのだろう。しかも部屋が片づけられていることも文句を言った。それはたーくんの家族のせいだ。
 鑑識は部屋の写真は撮らなかった。それはとっくに終わっているのだろう。私まで全部の指の指紋を取られた。
「娘さん?」
「姪です」
「よく似てるね」
 と女性の刑事が頭を撫でそうだったのでそっぽを向いた。知らない人に頭を撫でられるのはなんか嫌い。

 たーくんの部屋には温度計と湿度計があった。絵のためらしいけれど、もう不要だな。キャンバスもイーゼルも主を失くして立ち尽くしている。エアコンもまだ新しい。たーくんはちょっと暑いだけで不機嫌になって、本当にわがままだったな。むうちゃんはどんなに暑くても扇風機で乗り切る。でも忙しすぎて、もう寒いのにその扇風機を片付ける余裕さえない。
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