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★忙しくても
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翌日、利紗子が早速、車の保険の件で電話をしてくれた。関係を問われて戸惑っている。家族じゃないと面倒なことってある。きっと生計を共にするなんちゃらでないとだめなのだろう。家族は嫌い。利紗子のほうが好き。でも、家族ではない。
この先も家族になれないのだろうか。書類上だけのことではない。
「はい、はい。わかりました。お願いします」
利紗子が電話を切る。
「もういいの?」
私は聞いた。
「うん」
「保険料が高くなったりするんでしょう?」
「うん」
利紗子の元気がない。気に障ることを言われたのだろうか。私は耳障りなことには耳を塞ぐ性質。利紗子は真面目だから真に受けてしまうのだろう。
頭をぽんぽん。
「ありがとう。じゃあ一人で仕入れに行ってきます」
「一緒に行くよ」
利紗子は言った。
「それじゃ、免許取った意味がない」
「そうだね」
初めて一人で車に乗る。教習所ではいつも教官がいたし、完全なる一人って初めて。不思議と昨日より緊張していないことに気づく。利紗子がいないと自分の命を軽んじてしまう。
坂道も楽ちん。雨が降っても平気。でもちょっと寂しかった。利紗子がいたなら、空が青いだけで幸せなのに。
黒田さんのところに行った。
「そう、郁実ちゃんも免許取ったの。車もお店の名義にすれば?」
黒田さんから法人化や経費のことを聞いて、しばらく立ち話。黒田さんのお父さんから小松菜をいただく。おじいちゃんからは玉ねぎ。
「間引いたやつだから小せえけど」
「ありがとうございます」
牧場だけでなく農業もやっている。子どもたちは遊んでいるようで草むしりのお手伝い。
「お前ら、保育園の前に服汚すな」
黒田さんの旦那さんは強面のイケメン。
「はーい」
とかわいいお尻を突き出して子どもたちが新しい車に乗り込んだ。自らチャイルドシートに収まる。あの車を買うから私たちの車をいただけたのだ。お金を貯めていい車を買いたいとは思うが、うしろが広いほうがいろいろ便利。
私たちの車と違って最新の車はエンジン音が静かだ。
「いってらっしゃい」
奥さんと見送る。
「いいですね、家族」
私の言葉に奥さんは、
「うん」
と頷いた。もちろん、いいことばかりではないだろう。伴侶からの暴力とか、借金とか、面倒な親戚づきあいとか。一人だったら自分のことは自分手して当然。誰かが一緒だとどっちの比率がどうとかすぐに人間は考えてしまう。利紗子だから許せる、許してもらっている部分が大きい。
「女同士でも結婚できるんでしょ?」
奥さんが聞く。この人に悪意がないことはわかる。
「パートナーとしての契約を結ぶだけなんです。財産のこととか権利は結婚に似ていますが、それもまた個別に決めるカップルが多いみたいですよ」
「そうなんだ」
無関係の人は知らなくて当然だ。
「それに、日本ではパートナーシップ契約が結べるのはまだ幾つかの区とか市だけなんです」
「そう」
利紗子と同じで黒田さんの奥さんもわかりやすい。こちらが傷つかないように、言葉を選んでくれている。
傷つけてもらっても構わない。だって、利紗子と生きることは間違っていないから。罵られてもやめるつもりはないから。
牛乳は自宅とカスタード用、生クリームにバター。倒れないように荷台の箱に隙間なく並べる。
それらも大事だから来るときもゆっくり帰る。
店に戻ったら、店の前の椅子に小向さんのお父さんと利紗子が談笑していた。利紗子って、なんとなく年上の男の人から標的にされやすい気がする。黒田さんのところでも旦那さではなくおじさんとかおじいちゃんと喋っていることが多い。かわいいからしょうがないのだろうけど。
「ただいま」
「郁実、おかえり」
「おかえりなさい。お、初心者マークが似合ってるよ」
小向さんはコーヒー豆を持って来てくれた。
「ありがとうございます」
「ちょっと高級なやつ。少しでごめんね」
ウインクまでして、本当にこの人が病気だなんて信じられない。
「もう、いい匂い」
豆の袋を開けて利紗子がきゅっと笑う。嫌だな。その笑い方は私の前だけにしてくれないかな。
「ケーキだ。この家、既視感あるなと思ったらカットケーキだね。高さがあるからシフォンケーキ?」
おじさんが店を指さす。
「ああ」
と私と利紗子は同時に納得。
「じゃあね」
小向さんが帰って、慌てて仕込み。たくさん作ってもお客さんは来ないのだけれど。
「郁実、小向さんがくれたコーヒー淹れたよ」
「ありがとう」
キリマンジャロだった。コーヒーって値段に味が出る。
「おいしいね」
「うん」
利紗子がもう一度深く頷く。胃痛が続いて一時コーヒーを避けていたが、やはり仕事中はほっとするのだろう。それだけ飲んでまた利紗子は階段をのぼった。
食材に触れる前に丹念に手を洗ってしまうのは癖だ。小手先だけでもきれいにしたいわけではない。仕事においての通常運転。
穏やかに生きていきたいのに波風はすぐに立つ。私は自分自身に苛立つことが多い。利紗子のように何でも当たり前のようにできないし、私たちのこともどうでもいいとそっぽ向けない。
ふうっと深呼吸をして粉をふるう。いつものことだ。利紗子のおかげで心が整う。
この先も家族になれないのだろうか。書類上だけのことではない。
「はい、はい。わかりました。お願いします」
利紗子が電話を切る。
「もういいの?」
私は聞いた。
「うん」
「保険料が高くなったりするんでしょう?」
「うん」
利紗子の元気がない。気に障ることを言われたのだろうか。私は耳障りなことには耳を塞ぐ性質。利紗子は真面目だから真に受けてしまうのだろう。
頭をぽんぽん。
「ありがとう。じゃあ一人で仕入れに行ってきます」
「一緒に行くよ」
利紗子は言った。
「それじゃ、免許取った意味がない」
「そうだね」
初めて一人で車に乗る。教習所ではいつも教官がいたし、完全なる一人って初めて。不思議と昨日より緊張していないことに気づく。利紗子がいないと自分の命を軽んじてしまう。
坂道も楽ちん。雨が降っても平気。でもちょっと寂しかった。利紗子がいたなら、空が青いだけで幸せなのに。
黒田さんのところに行った。
「そう、郁実ちゃんも免許取ったの。車もお店の名義にすれば?」
黒田さんから法人化や経費のことを聞いて、しばらく立ち話。黒田さんのお父さんから小松菜をいただく。おじいちゃんからは玉ねぎ。
「間引いたやつだから小せえけど」
「ありがとうございます」
牧場だけでなく農業もやっている。子どもたちは遊んでいるようで草むしりのお手伝い。
「お前ら、保育園の前に服汚すな」
黒田さんの旦那さんは強面のイケメン。
「はーい」
とかわいいお尻を突き出して子どもたちが新しい車に乗り込んだ。自らチャイルドシートに収まる。あの車を買うから私たちの車をいただけたのだ。お金を貯めていい車を買いたいとは思うが、うしろが広いほうがいろいろ便利。
私たちの車と違って最新の車はエンジン音が静かだ。
「いってらっしゃい」
奥さんと見送る。
「いいですね、家族」
私の言葉に奥さんは、
「うん」
と頷いた。もちろん、いいことばかりではないだろう。伴侶からの暴力とか、借金とか、面倒な親戚づきあいとか。一人だったら自分のことは自分手して当然。誰かが一緒だとどっちの比率がどうとかすぐに人間は考えてしまう。利紗子だから許せる、許してもらっている部分が大きい。
「女同士でも結婚できるんでしょ?」
奥さんが聞く。この人に悪意がないことはわかる。
「パートナーとしての契約を結ぶだけなんです。財産のこととか権利は結婚に似ていますが、それもまた個別に決めるカップルが多いみたいですよ」
「そうなんだ」
無関係の人は知らなくて当然だ。
「それに、日本ではパートナーシップ契約が結べるのはまだ幾つかの区とか市だけなんです」
「そう」
利紗子と同じで黒田さんの奥さんもわかりやすい。こちらが傷つかないように、言葉を選んでくれている。
傷つけてもらっても構わない。だって、利紗子と生きることは間違っていないから。罵られてもやめるつもりはないから。
牛乳は自宅とカスタード用、生クリームにバター。倒れないように荷台の箱に隙間なく並べる。
それらも大事だから来るときもゆっくり帰る。
店に戻ったら、店の前の椅子に小向さんのお父さんと利紗子が談笑していた。利紗子って、なんとなく年上の男の人から標的にされやすい気がする。黒田さんのところでも旦那さではなくおじさんとかおじいちゃんと喋っていることが多い。かわいいからしょうがないのだろうけど。
「ただいま」
「郁実、おかえり」
「おかえりなさい。お、初心者マークが似合ってるよ」
小向さんはコーヒー豆を持って来てくれた。
「ありがとうございます」
「ちょっと高級なやつ。少しでごめんね」
ウインクまでして、本当にこの人が病気だなんて信じられない。
「もう、いい匂い」
豆の袋を開けて利紗子がきゅっと笑う。嫌だな。その笑い方は私の前だけにしてくれないかな。
「ケーキだ。この家、既視感あるなと思ったらカットケーキだね。高さがあるからシフォンケーキ?」
おじさんが店を指さす。
「ああ」
と私と利紗子は同時に納得。
「じゃあね」
小向さんが帰って、慌てて仕込み。たくさん作ってもお客さんは来ないのだけれど。
「郁実、小向さんがくれたコーヒー淹れたよ」
「ありがとう」
キリマンジャロだった。コーヒーって値段に味が出る。
「おいしいね」
「うん」
利紗子がもう一度深く頷く。胃痛が続いて一時コーヒーを避けていたが、やはり仕事中はほっとするのだろう。それだけ飲んでまた利紗子は階段をのぼった。
食材に触れる前に丹念に手を洗ってしまうのは癖だ。小手先だけでもきれいにしたいわけではない。仕事においての通常運転。
穏やかに生きていきたいのに波風はすぐに立つ。私は自分自身に苛立つことが多い。利紗子のように何でも当たり前のようにできないし、私たちのこともどうでもいいとそっぽ向けない。
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