初愛シュークリーム

吉沢 月見

文字の大きさ
上 下
27 / 41
★忙しくても

26

しおりを挟む
 翌日、利紗子が早速、車の保険の件で電話をしてくれた。関係を問われて戸惑っている。家族じゃないと面倒なことってある。きっと生計を共にするなんちゃらでないとだめなのだろう。家族は嫌い。利紗子のほうが好き。でも、家族ではない。
 この先も家族になれないのだろうか。書類上だけのことではない。
「はい、はい。わかりました。お願いします」
 利紗子が電話を切る。
「もういいの?」
 私は聞いた。
「うん」
「保険料が高くなったりするんでしょう?」
「うん」
 利紗子の元気がない。気に障ることを言われたのだろうか。私は耳障りなことには耳を塞ぐ性質。利紗子は真面目だから真に受けてしまうのだろう。
 頭をぽんぽん。
「ありがとう。じゃあ一人で仕入れに行ってきます」
「一緒に行くよ」
 利紗子は言った。
「それじゃ、免許取った意味がない」
「そうだね」
 初めて一人で車に乗る。教習所ではいつも教官がいたし、完全なる一人って初めて。不思議と昨日より緊張していないことに気づく。利紗子がいないと自分の命を軽んじてしまう。
 坂道も楽ちん。雨が降っても平気。でもちょっと寂しかった。利紗子がいたなら、空が青いだけで幸せなのに。
 黒田さんのところに行った。
「そう、郁実ちゃんも免許取ったの。車もお店の名義にすれば?」
 黒田さんから法人化や経費のことを聞いて、しばらく立ち話。黒田さんのお父さんから小松菜をいただく。おじいちゃんからは玉ねぎ。
「間引いたやつだから小せえけど」
「ありがとうございます」
 牧場だけでなく農業もやっている。子どもたちは遊んでいるようで草むしりのお手伝い。
「お前ら、保育園の前に服汚すな」
 黒田さんの旦那さんは強面のイケメン。
「はーい」
 とかわいいお尻を突き出して子どもたちが新しい車に乗り込んだ。自らチャイルドシートに収まる。あの車を買うから私たちの車をいただけたのだ。お金を貯めていい車を買いたいとは思うが、うしろが広いほうがいろいろ便利。
 私たちの車と違って最新の車はエンジン音が静かだ。
「いってらっしゃい」
 奥さんと見送る。
「いいですね、家族」
 私の言葉に奥さんは、
「うん」
 と頷いた。もちろん、いいことばかりではないだろう。伴侶からの暴力とか、借金とか、面倒な親戚づきあいとか。一人だったら自分のことは自分手して当然。誰かが一緒だとどっちの比率がどうとかすぐに人間は考えてしまう。利紗子だから許せる、許してもらっている部分が大きい。
「女同士でも結婚できるんでしょ?」
 奥さんが聞く。この人に悪意がないことはわかる。
「パートナーとしての契約を結ぶだけなんです。財産のこととか権利は結婚に似ていますが、それもまた個別に決めるカップルが多いみたいですよ」
「そうなんだ」
 無関係の人は知らなくて当然だ。
「それに、日本ではパートナーシップ契約が結べるのはまだ幾つかの区とか市だけなんです」
「そう」
 利紗子と同じで黒田さんの奥さんもわかりやすい。こちらが傷つかないように、言葉を選んでくれている。
 傷つけてもらっても構わない。だって、利紗子と生きることは間違っていないから。罵られてもやめるつもりはないから。
 牛乳は自宅とカスタード用、生クリームにバター。倒れないように荷台の箱に隙間なく並べる。
 それらも大事だから来るときもゆっくり帰る。
 店に戻ったら、店の前の椅子に小向さんのお父さんと利紗子が談笑していた。利紗子って、なんとなく年上の男の人から標的にされやすい気がする。黒田さんのところでも旦那さではなくおじさんとかおじいちゃんと喋っていることが多い。かわいいからしょうがないのだろうけど。
「ただいま」
「郁実、おかえり」
「おかえりなさい。お、初心者マークが似合ってるよ」
 小向さんはコーヒー豆を持って来てくれた。
「ありがとうございます」
「ちょっと高級なやつ。少しでごめんね」
 ウインクまでして、本当にこの人が病気だなんて信じられない。
「もう、いい匂い」
 豆の袋を開けて利紗子がきゅっと笑う。嫌だな。その笑い方は私の前だけにしてくれないかな。
「ケーキだ。この家、既視感あるなと思ったらカットケーキだね。高さがあるからシフォンケーキ?」
 おじさんが店を指さす。
「ああ」
 と私と利紗子は同時に納得。
「じゃあね」
 小向さんが帰って、慌てて仕込み。たくさん作ってもお客さんは来ないのだけれど。
「郁実、小向さんがくれたコーヒー淹れたよ」
「ありがとう」
 キリマンジャロだった。コーヒーって値段に味が出る。
「おいしいね」
「うん」
 利紗子がもう一度深く頷く。胃痛が続いて一時コーヒーを避けていたが、やはり仕事中はほっとするのだろう。それだけ飲んでまた利紗子は階段をのぼった。
 食材に触れる前に丹念に手を洗ってしまうのは癖だ。小手先だけでもきれいにしたいわけではない。仕事においての通常運転。
穏やかに生きていきたいのに波風はすぐに立つ。私は自分自身に苛立つことが多い。利紗子のように何でも当たり前のようにできないし、私たちのこともどうでもいいとそっぽ向けない。
 ふうっと深呼吸をして粉をふるう。いつものことだ。利紗子のおかげで心が整う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

美しいお母さんだ…担任の教師が家庭訪問に来て私を見つめる…手を握られたその後に

マッキーの世界
大衆娯楽
小学校2年生になる息子の担任の教師が家庭訪問にくることになった。 「はい、では16日の午後13時ですね。了解しました」 電話を切った後、ドキドキする気持ちを静めるために、私は計算した。 息子の担任の教師は、俳優の吉○亮に激似。 そんな教師が

お父さん!義父を介護しに行ったら押し倒されてしまったけど・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
今年で64歳になる義父が体調を崩したので、実家へ介護に行くことになりました。 「お父さん、大丈夫ですか?」 「自分ではちょっと起きれそうにないんだ」 「じゃあ私が

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった

ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。 その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。 欲情が刺激された主人公は…

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...