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☆日々
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合宿から帰ってきた郁実は、
「太った」
と自嘲した。
「うん、そうね」
ひと回り、全体に丸くなった。
「ごはんが食べ放題で、おいしくて」
「郁実、最初に顔につくもんね」
「そうかな」
私の言葉に傷ついたのか、数日後、郁実は源基にパーマをかけてもらっていた。それで誤魔化せるとは思えない。源基のお父さんのカフェでぼんやり郁実を眺めていた。
店休の日にパーマって、正しい休日だ。私は休みを決めていないから、急ぎの仕事もないし、郁実に合わせる。郁実は私に店番を任せない。お金のことというよりも、商品のことが気にかかる様子。お客さんから何かを聞かれても私では答えられない。
「利紗子ちゃん、ジンジャークッキーの試食どうぞ」
お父さんは白髪のオールバック。
「ありがとうございます」
生姜強めでほんのり甘い。
郁実は源基と楽しそうに話している。二人の会話が気になるから同行したわけではない。
源基は郁実と思考が似ている気がする。
郁実は中学生の夏休みに一人で海外旅行をしたそうだ。
「すげえ。ツワモノ」
源基の声が店内に響く。美容室とカフェの間に仕切りはあって、美容室は清潔な白、カフェはウッド調。デッキが広くてテーブルも置いてある。
田舎とはいえ、これを建てたのだからおじさんはお金持ちなのだろう。
「キワモノではあったかもね」
私は郁実の声に耳をそばだてる。
「あ、それで英語話せるの?」
「ううん。高校は留学してたから」
聞いてないよ。
「利紗子ちゃん、おいしい?」
おじさんが私の顔をのぞき込む。
「はい」
嘘ではなく、そう思う。懐かしい味がする。
郁実が認知症になって私のことは忘れてもシュークリームづくりは忘れなかったりするのだろうか。
「よかった、源基は飽きたって食べてくれないし。折角、あいつの母親の味を再現したのに」
それがいけないのではないだろうか。
郁実の笑い声まで聞こえてきた。あっちとこっちで別の世界みたい。
おじさんのことは好き。でも異性としてではなく、ご近所さんとして。おじさんはいつも源基を見ているような気がする。自分のためにここへ移住してくれた息子が心配なのだろう。
「症状はどうですか?」
私は聞いた。
「自分だとつい目を逸らしちゃうんだけど、実は昨日もやかんを焦がして怒られた。次やったらポットのみって、源基がうるさいんだ」
「そうですか」
笑って話せるおじさんをすごいと思う。私だったら塞ぎ込んで、精神を病む自信がある。そういう傾向ってわかっている。だから、最初から病院に入りたい。
源基も偉いな。悪くなる父親を看取る覚悟があるということだ。
「利紗子、終わったよ」
郁実がひょっこり顔を出す。
「初パーマだからあんまりかかんなかったな」
源基が郁実の髪に触れたとき、ちょっと嫌だなって思った。私って、実はものすごく嫉妬深いのかもしれない。源基でこんな気持ちになるなら、郁実が素っ裸になるようなエステに行ったら悶絶しちゃう。
「いいと思うよ」
としか言えなかった。
「もっと、こうくるんってなると思ったんだけど」
帰り道で郁実は言った。
「私もパーマかかりづらいよ」
直毛で、かけても一ヶ月持たない。
「利紗子は毛先だけかけても似合いそうだね」
郁実が私の髪を撫でた。
家まですぐなのに。また人に見られるかもしれないのに。
このへんの人たちはわかりやすくて、私たちの噂が流れて拒絶する人は来ないし、大丈夫な人は見て見ぬふりをしてくれる。
咲き誇っている菜の花を見て、
「食べればいいのに」
と郁実が言った。
「もう硬いだろうね」
「うちでハーブくらい作れたらいいな」
郁実の提案に、
「いいね」
と私は同意した。農産物直売所にゆくと野菜の種がたくさん売っていて、この前は確か郁実の好きなスナップエンドウの苗も見た。オクラもあった。駐車場の奥が荒れ地だから、あれを耕せばいいのだろうか。鳥が鳥を捕食していた場所だ。もう骨になっているだろうか。雑草もにょきにょき生える。
家に帰って郁実は夕飯を作り始めた。
「利紗子、ミルフィーユ鍋でいい?」
「うん、大好き」
郁実に好きだと言ったのは一度きり。郁実は返事の代わりにぎゅっと抱きしめてくれた。ずるいなと思った。返事は未だにない。
料理を作る郁実の後ろ姿が好き。抱きつきたくなるのをぐっと堪えている女がここにいます。少しくらいあなたが肥えても気持ちは変わらない。
不安になるのは愛されている実感がないからだろうか。
郁実が振り返って、3歩歩いて、私のおでこにキスだけして料理に戻る。私の目に撮影機能があって、脳に再生機能があればいいのに。リピートしちゃうよ。幸せで、泣いちゃうよ。
「太った」
と自嘲した。
「うん、そうね」
ひと回り、全体に丸くなった。
「ごはんが食べ放題で、おいしくて」
「郁実、最初に顔につくもんね」
「そうかな」
私の言葉に傷ついたのか、数日後、郁実は源基にパーマをかけてもらっていた。それで誤魔化せるとは思えない。源基のお父さんのカフェでぼんやり郁実を眺めていた。
店休の日にパーマって、正しい休日だ。私は休みを決めていないから、急ぎの仕事もないし、郁実に合わせる。郁実は私に店番を任せない。お金のことというよりも、商品のことが気にかかる様子。お客さんから何かを聞かれても私では答えられない。
「利紗子ちゃん、ジンジャークッキーの試食どうぞ」
お父さんは白髪のオールバック。
「ありがとうございます」
生姜強めでほんのり甘い。
郁実は源基と楽しそうに話している。二人の会話が気になるから同行したわけではない。
源基は郁実と思考が似ている気がする。
郁実は中学生の夏休みに一人で海外旅行をしたそうだ。
「すげえ。ツワモノ」
源基の声が店内に響く。美容室とカフェの間に仕切りはあって、美容室は清潔な白、カフェはウッド調。デッキが広くてテーブルも置いてある。
田舎とはいえ、これを建てたのだからおじさんはお金持ちなのだろう。
「キワモノではあったかもね」
私は郁実の声に耳をそばだてる。
「あ、それで英語話せるの?」
「ううん。高校は留学してたから」
聞いてないよ。
「利紗子ちゃん、おいしい?」
おじさんが私の顔をのぞき込む。
「はい」
嘘ではなく、そう思う。懐かしい味がする。
郁実が認知症になって私のことは忘れてもシュークリームづくりは忘れなかったりするのだろうか。
「よかった、源基は飽きたって食べてくれないし。折角、あいつの母親の味を再現したのに」
それがいけないのではないだろうか。
郁実の笑い声まで聞こえてきた。あっちとこっちで別の世界みたい。
おじさんのことは好き。でも異性としてではなく、ご近所さんとして。おじさんはいつも源基を見ているような気がする。自分のためにここへ移住してくれた息子が心配なのだろう。
「症状はどうですか?」
私は聞いた。
「自分だとつい目を逸らしちゃうんだけど、実は昨日もやかんを焦がして怒られた。次やったらポットのみって、源基がうるさいんだ」
「そうですか」
笑って話せるおじさんをすごいと思う。私だったら塞ぎ込んで、精神を病む自信がある。そういう傾向ってわかっている。だから、最初から病院に入りたい。
源基も偉いな。悪くなる父親を看取る覚悟があるということだ。
「利紗子、終わったよ」
郁実がひょっこり顔を出す。
「初パーマだからあんまりかかんなかったな」
源基が郁実の髪に触れたとき、ちょっと嫌だなって思った。私って、実はものすごく嫉妬深いのかもしれない。源基でこんな気持ちになるなら、郁実が素っ裸になるようなエステに行ったら悶絶しちゃう。
「いいと思うよ」
としか言えなかった。
「もっと、こうくるんってなると思ったんだけど」
帰り道で郁実は言った。
「私もパーマかかりづらいよ」
直毛で、かけても一ヶ月持たない。
「利紗子は毛先だけかけても似合いそうだね」
郁実が私の髪を撫でた。
家まですぐなのに。また人に見られるかもしれないのに。
このへんの人たちはわかりやすくて、私たちの噂が流れて拒絶する人は来ないし、大丈夫な人は見て見ぬふりをしてくれる。
咲き誇っている菜の花を見て、
「食べればいいのに」
と郁実が言った。
「もう硬いだろうね」
「うちでハーブくらい作れたらいいな」
郁実の提案に、
「いいね」
と私は同意した。農産物直売所にゆくと野菜の種がたくさん売っていて、この前は確か郁実の好きなスナップエンドウの苗も見た。オクラもあった。駐車場の奥が荒れ地だから、あれを耕せばいいのだろうか。鳥が鳥を捕食していた場所だ。もう骨になっているだろうか。雑草もにょきにょき生える。
家に帰って郁実は夕飯を作り始めた。
「利紗子、ミルフィーユ鍋でいい?」
「うん、大好き」
郁実に好きだと言ったのは一度きり。郁実は返事の代わりにぎゅっと抱きしめてくれた。ずるいなと思った。返事は未だにない。
料理を作る郁実の後ろ姿が好き。抱きつきたくなるのをぐっと堪えている女がここにいます。少しくらいあなたが肥えても気持ちは変わらない。
不安になるのは愛されている実感がないからだろうか。
郁実が振り返って、3歩歩いて、私のおでこにキスだけして料理に戻る。私の目に撮影機能があって、脳に再生機能があればいいのに。リピートしちゃうよ。幸せで、泣いちゃうよ。
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