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☆日々
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案の定、いつも来てくれる人たちが来なくなった。噂が流れているのだろう。
人が来ないとお店はただの空間になってしまう。
「ごめんね」
私は謝った。
「なんで? 利紗子のせいじゃない。私たちのことだよ。それに、悪いことじゃない」
郁実の正論はきっと周囲との摩擦を生むだろう。
その点で、小向親子は有り難い。偏見がない。
「ゲイの友達いるよ。美容師よりもヘアメイクとかに多いかな」
小向さんの息子さんは源基(げんき)という名で、24歳。
「こっちで年下の知り合い初めて」
今日は私一人で髪を切りに来た。
「利紗子さん、どうします? だいぶ切ってないね」
指摘されたくなかったが、櫛が毛先にひっかかる。
「美容院探す暇もなくて」
「これくらいは切らないと」
毛先から4センチくらいを中指と人差し指で挟んだ。
「お願いします」
チャラいのに、髪を切っているときは郁実と同じ眼差しになる。背が高いから、切る時の姿勢は腰に悪そう。もっと私が座っている椅子を高くしてくれていいのに。
お父さんがコーヒーを淹れてくれる。
「サービス」
「ありがとうございます」
うちと同じで暇なのだろう。
鏡から道路が見える。人も車も通らない。
「ここに来たこと、後悔してない?」
私は源基に聞いた。
「今のところは。親父も調子いいみたいだし」
客席の椅子に座って音楽のリズムを取るおじさんの足先はクロコダイル。
きっとお金に余裕があって、幾つかの選択肢の中からここへの移住を二人で決めたのだろう。
「土曜から郁実、運転免許取りに合宿に行ってしまうの」
私は源基に言った。
「そう、寂しいね」
「うん」
本当に寂しい。決めたのは郁実で、
「ついてくる?」
と今回ばかりは聞かれもしなかった。
「免許って2週間くらい?」
源基が聞く。
「そうだと思う」
「寂しかったらうちに遊びにおいで。親父も喜ぶよ」
「うん」
雑誌を手に取って、こういう本を久しく手にしていないことに気づいた。いろんなものから遠ざかる。反対に、手に入れるものもある。郁実がそれ。私が毎月こういう本を読まないと気が済まない性格だったら郁実とは一緒にいられない。郁実はルーズで、そのくせ妙なこだわりを持つ。
郁実のお店に本棚を置くことを勧めてみよう。
ガシガシ頭を洗われて、頭皮が痛かった。郁実はふわっと洗ってくれるから。
私はおじさんとのほうが会話が続く。東京での行動範囲が近かった。
「駅の近くの赤い看板の店のつくねがおいしくて。利紗子ちゃん、わかる?」
「わかります。つくねにネギが入ってるんですよね」
「そう。それにまたネギ味噌つけて」
こうやって話していると、本当に認知症なのかなと疑うほどだ。
珍しく息を切らせて郁実が走ってきた。
「利紗子、帰って来て」
何事かと思ったら店のホームページから注文が入っていた。嬉しいのか頭が半乾きの私の手を引いて家に戻る。
「まずはありがとうございますの返信。注文の確認を必ず。この人は配達日時を指定しているから、その日に着くようにこの伝票に書く。わかった? 郁実、感動してないでちゃんと覚えて」
「はい」
なぜ、三重県の人がわざわざうちのシュークリームを注文してくれたのだろう。
「郁実、冷蔵だからね。ここに丸するんだよ。忘れないでね」
「うん、わかってるよ」
嬉しそうな郁実に注文詐欺かしらとは言えない。そのための確認メールを送信。
念を押しても、対策を講じても騙されることはあるのだろう。無銭飲食とか。
宅配業者さんに引き取りに来てもらって、発送のメールを送れば完了。
お店は現金しか対応していないがネットからの注文はクレジットカードが使える。見えないお金が推進されているが、やっぱりちょっと怖い。こんなに嬉しそうな郁実を裏切らないでほしい。真面目な郁実が真剣に作っているおいしいシュークリームだから。
人が来ないとお店はただの空間になってしまう。
「ごめんね」
私は謝った。
「なんで? 利紗子のせいじゃない。私たちのことだよ。それに、悪いことじゃない」
郁実の正論はきっと周囲との摩擦を生むだろう。
その点で、小向親子は有り難い。偏見がない。
「ゲイの友達いるよ。美容師よりもヘアメイクとかに多いかな」
小向さんの息子さんは源基(げんき)という名で、24歳。
「こっちで年下の知り合い初めて」
今日は私一人で髪を切りに来た。
「利紗子さん、どうします? だいぶ切ってないね」
指摘されたくなかったが、櫛が毛先にひっかかる。
「美容院探す暇もなくて」
「これくらいは切らないと」
毛先から4センチくらいを中指と人差し指で挟んだ。
「お願いします」
チャラいのに、髪を切っているときは郁実と同じ眼差しになる。背が高いから、切る時の姿勢は腰に悪そう。もっと私が座っている椅子を高くしてくれていいのに。
お父さんがコーヒーを淹れてくれる。
「サービス」
「ありがとうございます」
うちと同じで暇なのだろう。
鏡から道路が見える。人も車も通らない。
「ここに来たこと、後悔してない?」
私は源基に聞いた。
「今のところは。親父も調子いいみたいだし」
客席の椅子に座って音楽のリズムを取るおじさんの足先はクロコダイル。
きっとお金に余裕があって、幾つかの選択肢の中からここへの移住を二人で決めたのだろう。
「土曜から郁実、運転免許取りに合宿に行ってしまうの」
私は源基に言った。
「そう、寂しいね」
「うん」
本当に寂しい。決めたのは郁実で、
「ついてくる?」
と今回ばかりは聞かれもしなかった。
「免許って2週間くらい?」
源基が聞く。
「そうだと思う」
「寂しかったらうちに遊びにおいで。親父も喜ぶよ」
「うん」
雑誌を手に取って、こういう本を久しく手にしていないことに気づいた。いろんなものから遠ざかる。反対に、手に入れるものもある。郁実がそれ。私が毎月こういう本を読まないと気が済まない性格だったら郁実とは一緒にいられない。郁実はルーズで、そのくせ妙なこだわりを持つ。
郁実のお店に本棚を置くことを勧めてみよう。
ガシガシ頭を洗われて、頭皮が痛かった。郁実はふわっと洗ってくれるから。
私はおじさんとのほうが会話が続く。東京での行動範囲が近かった。
「駅の近くの赤い看板の店のつくねがおいしくて。利紗子ちゃん、わかる?」
「わかります。つくねにネギが入ってるんですよね」
「そう。それにまたネギ味噌つけて」
こうやって話していると、本当に認知症なのかなと疑うほどだ。
珍しく息を切らせて郁実が走ってきた。
「利紗子、帰って来て」
何事かと思ったら店のホームページから注文が入っていた。嬉しいのか頭が半乾きの私の手を引いて家に戻る。
「まずはありがとうございますの返信。注文の確認を必ず。この人は配達日時を指定しているから、その日に着くようにこの伝票に書く。わかった? 郁実、感動してないでちゃんと覚えて」
「はい」
なぜ、三重県の人がわざわざうちのシュークリームを注文してくれたのだろう。
「郁実、冷蔵だからね。ここに丸するんだよ。忘れないでね」
「うん、わかってるよ」
嬉しそうな郁実に注文詐欺かしらとは言えない。そのための確認メールを送信。
念を押しても、対策を講じても騙されることはあるのだろう。無銭飲食とか。
宅配業者さんに引き取りに来てもらって、発送のメールを送れば完了。
お店は現金しか対応していないがネットからの注文はクレジットカードが使える。見えないお金が推進されているが、やっぱりちょっと怖い。こんなに嬉しそうな郁実を裏切らないでほしい。真面目な郁実が真剣に作っているおいしいシュークリームだから。
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