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★お店はじめます
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恋人の利紗子と群馬で暮らし始めて一週間が経った。お店を始めるはずだったのに、諸々の手続きにのんびり屋の気性が合わない。
利紗子はてきぱきと私にやらなくちゃいけない事柄を早口で説明する。
なんとなく後回しにして薪を割っていたら、
「そんなのいつ使うの?」
と叱られた。
「冬の間に店の暖炉使ってみようよ」
「えー、やだよ。怖い」
利紗子が屋根の煙突を見上げる。
「そう? ワクワクしない?」
私たちは性格が合わない。それでも一緒にいるのは好きだからだ。こういうカップルは世の中にたくさんいると思う。
利紗子の好きなところは、人にやれという以上に自分がきちんとやっているところ。
今日はネットの契約で電話会社の人が来た。
「お店の電話も引きたいんですけど」
私は言った。
「郁実、そういうことは先に言ってよ。二度手間になるじゃん?」
家が古いせいなのかルーターの工事が必要なようだった。
「大丈夫ですよ、仕事ですから。電話機を買ったら連絡ください。では、今日の工事を進めます」
この作業服を着たお兄さんに、私たちはどう見えているのだろう。友達だろうか。
女の私の目から見ても利紗子はかわいい。前髪はなくて、髪は肩のちょっと下。すとんとした髪質で、色白の目デカ。口紅はピンク系。いかにも女の子という格好をする。
反対に私は、もう人生の半分以上ピンクを身にまとっていない。ストールなども淡い色は敬遠してしまう。黒が無難なのではなくて落ち着く。下着類もほとんど黒。
最初は軽井沢で店舗を探した。観光地のほうが利益が見込めるし、ケーキのお店が多くても相乗効果で何とかなると思った。
半年ほど前から軽井沢に足を運んで、家賃の相場にびっくり。しかも、冬にクローズするシステムを知らず、それではその間はどうやって生活したらいいのか困り果てる。
「雪がすごいですからね」
不動産屋のおじさんはそう言うけれど、夏前に移住を決めたから冬のイメージが湧かない。
路面店の家賃なんて東京並み。
「こちらは年間契約ができますよ」
てっきり10万円未満で月の契約ができると考えていた。甘かった。
「大誤算」
まだエクレア店も続けているときで、利紗子も会社に勤めていた。休日が合うことはほとんどないからその日も一人で行ってきたのだ。
「しょうがないよ」
肩を落としながら報告をする私にプリンを一口くれた。軽井沢で買ったいちごのプリン。
「またいい物件あったら連絡するって言ってくれたけど」
私は抹茶プリンを食べた。
「今度は一緒に連れてって。土日じゃなくても今なら有給取れるから」
「うん」
私の部屋でソファに座って並んでいた。女二人でも太腿がくっついてしまうソファだった。
利紗子がすごい人だってわかっていた。デートを決めるのはほとんど利紗子。行きたい場所、お菓子のイベント、ぶどう狩りなどなど。土日休みの利紗子と平日休みの自分とでは休みを合わせること自体が大変だった。利紗子がだいたい有給を取る。
無欲ではない。ただ、わがままを言ったり相手を困らせることが好きじゃない。気を使っているようで相手に気を使わせる人間の典型だ。
利紗子はたいてい笑って許してくれる。だから、別れなかった。
軽井沢に行くのはいつも新幹線。待ち合わせの時間を決めようと連絡をする。
「車出すよ。二人ならそのほうが安いし」
電話の向こうで利紗子は言った。
「利紗子、免許あるんだ?」
「うん。あんまり運転しないけど」
利紗子と車の運転が結びつかない。すごく、下手そう。でも実際に乗るとスムーズだった。
白のセダンは利紗子に合っていない。
「レンタカー借りてくれたの?」
そうならばお金を払わなければ。利紗子がナビを設定する。
「カーシェアリング。アプリで予約するだけだから簡単だよ」
ナビの設定も慣れていた。利紗子は見かけによらず、しっかり者で、きっかりしている。そういうところを尊敬している。新幹線だと寝れないのに、利紗子の運転なら眠れた。命を預けられるというと大袈裟だが、つまるところ、そういうこと。
不動産屋の薄毛の親父にも、
「このお家賃、どうにかなりませんか? だったらこの敷金を。ええ、敷金が退去後に返金されるのはわかっています。でも…」
と利紗子が食い下がる。自分が、ずけずけ、ぐいぐいいけないほうなので、見惚れた。
空き店舗を見ても、
「日当たりが悪い。狭い。虫が死んでる。階段を下っての玄関って雪が降ったら埋もれないんですか?」
と不動産屋さんを困らせる。あざといのが好まれる世の中だから、目ざといのは嫌われる。そんな利紗子をますます好きになる。
「今日の中でならどこがよかった?」
遅いランチにピザを頬張りながら利紗子が聞く。
「今日ならここかな。でもあんまりイメージが湧かない」
素直になってしまうのはジェノベーゼソースのせい。
「前はパン屋だったところね。中軽井沢とかでも探してみようよ」
「うん」
テラスだったから、利紗子の髪を揺らす風が許しがたい。二人ともレモンソーダを飲んでいた。ひとつの気泡が他の泡を巻き込んで上昇する。二人でそうなりたいと思った。
部屋には泊まらないくせにホテルだと泊まるのだ、利紗子は。前に勤めていたホテルでも従業員特典で安く泊まれた日に利紗子を呼んだ。あのときも夜に落ち合って朝には帰った。一緒に暮らしたら、こうやって毎日一緒に眠るのだろうか。鎖骨に噛みつきたいのは自分だけなのだろうか。なぞっても起きやしない。翌日は仕事だったから、朝早く二人で帰った。朝に見る利紗子は新鮮。すっぴんで、いつもよりきれい。その頬を、舐めたい。
「じゃあね」
と車が遠ざかっていった。
利紗子からはしばらく連絡がなかった。私は暇なのに、あまり物件を探したりはせず、ただどうしようと唸ってばかりいた。エクレア店を閉める算段をオーナー夫人としたり、私だって忙しかったのだ。長袖になって、ふと手首を掻いてしまう。一度だけ自殺をした傷が消えない。自殺だったのか、手首を切ってみたかっただけなのかももう覚えていない。一重まぶたのことを女性の性器と例える人もいるが、手首に残ったその目の形の傷とよく視線が合う。寂しいときは特に。そこだけ、白いのだ。
利紗子の繁忙期が終わった頃、唐突にその連絡は来た。私よりも熱心に探してくれていたようだ。
『賃貸ではないんだけど、どうかな?』
それがこの家。一軒家で、しかも賃貸ではないことに戸惑いはあった。買ってしまったら終われない気がした。一生のことだ。利紗子はどう思っているのだろう。それと結婚は近しいのだろうかと悩む。プロポーズをするべきなのか、リングを用意するべきなのか。
悩んで、困った。
でも、利紗子と内見をして、なんとなく利紗子と暮らすイメージは不思議と持てた。
不動産屋さんは、
「北軽沢だよ」
と言うが、住所は群馬だった。髪の薄いおじいさんだったが肥えていない。いつもニットベストの肩書は社長さん。軽井沢のスーツが2着分作れそうな不動産屋は店長だった。別に肩書で人を見ているわけではない。信用できるのは年齢だからでもない。
鍵を借りては他の空き店舗と比べるではなく、そこに利紗子と幾度も訪れた。秋と冬の間だった。
「もう少し考えさせてください。お取り置きみたいなのってできるんですか?」
利紗子が不動産屋さんにかけあう。
「じゃあ、もし他に買いたい人が現れたらすぐに連絡しますよ」
優しい口調も好印象。
「お願いします。また見に来てもいいですか?」
「いつでもいらしてください」
その物件を見つけてからデートはそこばかりになった。
「ここに本棚置いたら眠るスペースないよね。セミダブルなら置ける? 本棚はダイニングにする?」
利紗子は当然のように最初から一緒に暮らそうとしてくれていた。
「利紗子、仕事辞めるの?」
「あ、もしかして私と住むつもりない?」
の返答に困る。
「あるけど」
「よかった。はやとちりしてたかと思うじゃん」
はやとちりとちりとりって似ているなと思ってしまって、一緒に暮らしてくださいとは言えなかった。
レストランの什器が残っていて助かる。こういうのは高いのだ。台の高さもちょうどいい。棚も申し分ない。炊飯器はいらないが、何かの役に立つかもしれない。エクレアの店を片づけるときにいらないものはここに送ろう。
そういうふうに前向きに考えられることは珍しかった。いつも立ち止まってしまう性質だから。
「郁実、また厨房にいる」
と利紗子が笑う。
「利紗子だって、二階のあの意味不明なスペースを作業場にしようって考えてたんでしょう?」
「うん」
階段をのぼって右がダイニング、左が広い空間。仕切りもない。利紗子はそこにパソコンを置いて自分のスペースにするようだ。
「部屋なら10畳以上あるのにね。なんだったんだろう? 倉庫かな」
利紗子が首を傾げる。
「祭壇とか」
「やめてよ、怖い」
利紗子は不用意に手を掴む。いつだってどきっとする。
なんとなく決めてしまって、それでも私の貯金をはたけば買えるほどの金額で、しかし一軒家だから他に住まいを決める必要もない。
とびつけたのはラッキーなのだ。本当はどうして前の人がこのレストランを手放したのか聞きたかった。どうでもいいって思えたのは利紗子のおかげ。
買うことが決まってからお風呂とトイレの入れ替えを提案されて、お金はかかるがお願いした。なぜか少し生活用品も残っていて、冬の間に住めるようにしておいてくれるそうだ。
私もオーナーの奥さんとエクレア店をたたむことで忙しかったから、雪の間には足を運ぶことができなかった。
「うちのソファいるの? 捨てたほうがいい? 食器とかも処分したほうがいい?」
利紗子は引っ越しのときもたくさん連絡をくれた。自分で決めたらいいのだ。押しつけたくないし、そういう利紗子をかわいいなと思ってしまう。
まだ荷解きが全部終わっていなくて、段ボールのまま、無駄なスペースに放置してある。あのスペースがなかったらきっとケンカになっていた。世の中に無駄なものなどないのだ。
「作業終わりました。これでこの建物の中ならWiFi使えますから」
電話会社のお兄さんの説明を利紗子と聞く。この人たぶん、利紗子をかわいいと思っている。目線でわかる。利紗子の鈍感なところだけちょっと苦手で、自分の過敏なとこにはうんざり。
利紗子はてきぱきと私にやらなくちゃいけない事柄を早口で説明する。
なんとなく後回しにして薪を割っていたら、
「そんなのいつ使うの?」
と叱られた。
「冬の間に店の暖炉使ってみようよ」
「えー、やだよ。怖い」
利紗子が屋根の煙突を見上げる。
「そう? ワクワクしない?」
私たちは性格が合わない。それでも一緒にいるのは好きだからだ。こういうカップルは世の中にたくさんいると思う。
利紗子の好きなところは、人にやれという以上に自分がきちんとやっているところ。
今日はネットの契約で電話会社の人が来た。
「お店の電話も引きたいんですけど」
私は言った。
「郁実、そういうことは先に言ってよ。二度手間になるじゃん?」
家が古いせいなのかルーターの工事が必要なようだった。
「大丈夫ですよ、仕事ですから。電話機を買ったら連絡ください。では、今日の工事を進めます」
この作業服を着たお兄さんに、私たちはどう見えているのだろう。友達だろうか。
女の私の目から見ても利紗子はかわいい。前髪はなくて、髪は肩のちょっと下。すとんとした髪質で、色白の目デカ。口紅はピンク系。いかにも女の子という格好をする。
反対に私は、もう人生の半分以上ピンクを身にまとっていない。ストールなども淡い色は敬遠してしまう。黒が無難なのではなくて落ち着く。下着類もほとんど黒。
最初は軽井沢で店舗を探した。観光地のほうが利益が見込めるし、ケーキのお店が多くても相乗効果で何とかなると思った。
半年ほど前から軽井沢に足を運んで、家賃の相場にびっくり。しかも、冬にクローズするシステムを知らず、それではその間はどうやって生活したらいいのか困り果てる。
「雪がすごいですからね」
不動産屋のおじさんはそう言うけれど、夏前に移住を決めたから冬のイメージが湧かない。
路面店の家賃なんて東京並み。
「こちらは年間契約ができますよ」
てっきり10万円未満で月の契約ができると考えていた。甘かった。
「大誤算」
まだエクレア店も続けているときで、利紗子も会社に勤めていた。休日が合うことはほとんどないからその日も一人で行ってきたのだ。
「しょうがないよ」
肩を落としながら報告をする私にプリンを一口くれた。軽井沢で買ったいちごのプリン。
「またいい物件あったら連絡するって言ってくれたけど」
私は抹茶プリンを食べた。
「今度は一緒に連れてって。土日じゃなくても今なら有給取れるから」
「うん」
私の部屋でソファに座って並んでいた。女二人でも太腿がくっついてしまうソファだった。
利紗子がすごい人だってわかっていた。デートを決めるのはほとんど利紗子。行きたい場所、お菓子のイベント、ぶどう狩りなどなど。土日休みの利紗子と平日休みの自分とでは休みを合わせること自体が大変だった。利紗子がだいたい有給を取る。
無欲ではない。ただ、わがままを言ったり相手を困らせることが好きじゃない。気を使っているようで相手に気を使わせる人間の典型だ。
利紗子はたいてい笑って許してくれる。だから、別れなかった。
軽井沢に行くのはいつも新幹線。待ち合わせの時間を決めようと連絡をする。
「車出すよ。二人ならそのほうが安いし」
電話の向こうで利紗子は言った。
「利紗子、免許あるんだ?」
「うん。あんまり運転しないけど」
利紗子と車の運転が結びつかない。すごく、下手そう。でも実際に乗るとスムーズだった。
白のセダンは利紗子に合っていない。
「レンタカー借りてくれたの?」
そうならばお金を払わなければ。利紗子がナビを設定する。
「カーシェアリング。アプリで予約するだけだから簡単だよ」
ナビの設定も慣れていた。利紗子は見かけによらず、しっかり者で、きっかりしている。そういうところを尊敬している。新幹線だと寝れないのに、利紗子の運転なら眠れた。命を預けられるというと大袈裟だが、つまるところ、そういうこと。
不動産屋の薄毛の親父にも、
「このお家賃、どうにかなりませんか? だったらこの敷金を。ええ、敷金が退去後に返金されるのはわかっています。でも…」
と利紗子が食い下がる。自分が、ずけずけ、ぐいぐいいけないほうなので、見惚れた。
空き店舗を見ても、
「日当たりが悪い。狭い。虫が死んでる。階段を下っての玄関って雪が降ったら埋もれないんですか?」
と不動産屋さんを困らせる。あざといのが好まれる世の中だから、目ざといのは嫌われる。そんな利紗子をますます好きになる。
「今日の中でならどこがよかった?」
遅いランチにピザを頬張りながら利紗子が聞く。
「今日ならここかな。でもあんまりイメージが湧かない」
素直になってしまうのはジェノベーゼソースのせい。
「前はパン屋だったところね。中軽井沢とかでも探してみようよ」
「うん」
テラスだったから、利紗子の髪を揺らす風が許しがたい。二人ともレモンソーダを飲んでいた。ひとつの気泡が他の泡を巻き込んで上昇する。二人でそうなりたいと思った。
部屋には泊まらないくせにホテルだと泊まるのだ、利紗子は。前に勤めていたホテルでも従業員特典で安く泊まれた日に利紗子を呼んだ。あのときも夜に落ち合って朝には帰った。一緒に暮らしたら、こうやって毎日一緒に眠るのだろうか。鎖骨に噛みつきたいのは自分だけなのだろうか。なぞっても起きやしない。翌日は仕事だったから、朝早く二人で帰った。朝に見る利紗子は新鮮。すっぴんで、いつもよりきれい。その頬を、舐めたい。
「じゃあね」
と車が遠ざかっていった。
利紗子からはしばらく連絡がなかった。私は暇なのに、あまり物件を探したりはせず、ただどうしようと唸ってばかりいた。エクレア店を閉める算段をオーナー夫人としたり、私だって忙しかったのだ。長袖になって、ふと手首を掻いてしまう。一度だけ自殺をした傷が消えない。自殺だったのか、手首を切ってみたかっただけなのかももう覚えていない。一重まぶたのことを女性の性器と例える人もいるが、手首に残ったその目の形の傷とよく視線が合う。寂しいときは特に。そこだけ、白いのだ。
利紗子の繁忙期が終わった頃、唐突にその連絡は来た。私よりも熱心に探してくれていたようだ。
『賃貸ではないんだけど、どうかな?』
それがこの家。一軒家で、しかも賃貸ではないことに戸惑いはあった。買ってしまったら終われない気がした。一生のことだ。利紗子はどう思っているのだろう。それと結婚は近しいのだろうかと悩む。プロポーズをするべきなのか、リングを用意するべきなのか。
悩んで、困った。
でも、利紗子と内見をして、なんとなく利紗子と暮らすイメージは不思議と持てた。
不動産屋さんは、
「北軽沢だよ」
と言うが、住所は群馬だった。髪の薄いおじいさんだったが肥えていない。いつもニットベストの肩書は社長さん。軽井沢のスーツが2着分作れそうな不動産屋は店長だった。別に肩書で人を見ているわけではない。信用できるのは年齢だからでもない。
鍵を借りては他の空き店舗と比べるではなく、そこに利紗子と幾度も訪れた。秋と冬の間だった。
「もう少し考えさせてください。お取り置きみたいなのってできるんですか?」
利紗子が不動産屋さんにかけあう。
「じゃあ、もし他に買いたい人が現れたらすぐに連絡しますよ」
優しい口調も好印象。
「お願いします。また見に来てもいいですか?」
「いつでもいらしてください」
その物件を見つけてからデートはそこばかりになった。
「ここに本棚置いたら眠るスペースないよね。セミダブルなら置ける? 本棚はダイニングにする?」
利紗子は当然のように最初から一緒に暮らそうとしてくれていた。
「利紗子、仕事辞めるの?」
「あ、もしかして私と住むつもりない?」
の返答に困る。
「あるけど」
「よかった。はやとちりしてたかと思うじゃん」
はやとちりとちりとりって似ているなと思ってしまって、一緒に暮らしてくださいとは言えなかった。
レストランの什器が残っていて助かる。こういうのは高いのだ。台の高さもちょうどいい。棚も申し分ない。炊飯器はいらないが、何かの役に立つかもしれない。エクレアの店を片づけるときにいらないものはここに送ろう。
そういうふうに前向きに考えられることは珍しかった。いつも立ち止まってしまう性質だから。
「郁実、また厨房にいる」
と利紗子が笑う。
「利紗子だって、二階のあの意味不明なスペースを作業場にしようって考えてたんでしょう?」
「うん」
階段をのぼって右がダイニング、左が広い空間。仕切りもない。利紗子はそこにパソコンを置いて自分のスペースにするようだ。
「部屋なら10畳以上あるのにね。なんだったんだろう? 倉庫かな」
利紗子が首を傾げる。
「祭壇とか」
「やめてよ、怖い」
利紗子は不用意に手を掴む。いつだってどきっとする。
なんとなく決めてしまって、それでも私の貯金をはたけば買えるほどの金額で、しかし一軒家だから他に住まいを決める必要もない。
とびつけたのはラッキーなのだ。本当はどうして前の人がこのレストランを手放したのか聞きたかった。どうでもいいって思えたのは利紗子のおかげ。
買うことが決まってからお風呂とトイレの入れ替えを提案されて、お金はかかるがお願いした。なぜか少し生活用品も残っていて、冬の間に住めるようにしておいてくれるそうだ。
私もオーナーの奥さんとエクレア店をたたむことで忙しかったから、雪の間には足を運ぶことができなかった。
「うちのソファいるの? 捨てたほうがいい? 食器とかも処分したほうがいい?」
利紗子は引っ越しのときもたくさん連絡をくれた。自分で決めたらいいのだ。押しつけたくないし、そういう利紗子をかわいいなと思ってしまう。
まだ荷解きが全部終わっていなくて、段ボールのまま、無駄なスペースに放置してある。あのスペースがなかったらきっとケンカになっていた。世の中に無駄なものなどないのだ。
「作業終わりました。これでこの建物の中ならWiFi使えますから」
電話会社のお兄さんの説明を利紗子と聞く。この人たぶん、利紗子をかわいいと思っている。目線でわかる。利紗子の鈍感なところだけちょっと苦手で、自分の過敏なとこにはうんざり。
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