4 / 5
タイムトリップ・メール
1
しおりを挟む「沙耶、今日デートでしょ?」
仕事を終えて同僚の加奈子と入った更衣室。
加奈子とロッカーは隣同士。
90度に開けた私のロッカーの扉が邪魔だと言わんばかりに、上半身を反らせて顔をのぞかせた。
「どうして、分かるの?」
顔が引っ込んだと思ったら、
「はん、」と、ため息とも非難とも取れるような呼吸が聞こえてきた。
「メイクいつもと違うし、髪型も気合い入りすぎ。」
知らない人が会話を聞けば、仲の悪い二人かと思われるかも知れない。
だけど決してそんなことはない。
休日に待ち合わせて遊んだり、旅行することもある気の置けない友人だ。
気心が知れ過ぎて、時々加奈子は暴走気味な意見をしてくる。
「営業の田山君とか、広報の篠塚さんとか、イイ男に言い寄られてるのに。
何であえて相原さんなの?」
「ちょっと加奈子、個人名出さないでよ。」
私と加奈子、二人共に製薬会社の本社ビルで受付をしている。
自社、他社を問わず、男性と接する機会も必然的に多くなって、中には業務外でのお誘いを受けることもあった。
今、更衣室の中で小声で話してるとは言え、死角に誰がいるかも分からない。
「はい、はい、気をつけます。」
抑揚なく、反省もしてない返事をしながら加奈子が、ロッカーの扉を閉めた音が聞こえた。
振り向いて見ると着替えを済ませて、加奈子はもう帰る準備万端だった。
「私は一人寂しく帰宅します。」
おどけて頭を下げて見せた後、「お先に。」と、笑顔でドアを出て行った。
一人寂しくなどと言ってはいるものの、加奈子にだってイケメンの彼氏がいる。
取引先、それも名の知れた大手企業の社員だった。
今は地方に出張中で、しばらく会えないって言ってたっけ。
私も着替えを済ませると、ロッカーの扉裏の鏡に顔を映した。
目、小鼻、口元とゆっくり左右に顔を動かしながら崩れがないかをチェックする。
明日は土曜、仕事は休み。
もしかしたらホテルでお泊まりかも知れない。
そうじゃなかったとしても、彼のマンションへ行くことになるだろう。
バッグの中には換えの下着が忍ばせてあった。
達也さんに、用意周到って笑われるかな…
その時、ロッカーの下段のそんなバッグの中からメール着信の音がした。
友達との連絡はLINEで済ますことが多い。
両親とでさえLINEが主流だった。
もしかしたら、たまに届く迷惑メールかも知れない。
それでも気にはなるもので、名残惜しく鏡から目を逸らすとバッグを手に取った。
スマホを取り出して、メール着信通知をタップする。
受信一覧の一番上、最新メールの送り主は、どういう訳か私の名前。
袴田 沙耶(はかまだ さや)
同姓同名、漢字まで丸々一緒。
これだけならどこかで漏れた情報からの迷惑メールに思えただろう。
驚いたのはその件名だった。
『初恋は、たんぽぽ第三保育所のダイスケ先生』
たんぽぽ第三保育所は、私が通ってた保育所だ。
ダイスケ先生は、今となっては顔も思い出せない。
でも確かに私は、ダイスケ先生が好きだった。
私が年長に上がった頃、ダイスケ先生は同じ保育所の保母さんと結婚した。
それを知った時、幼心を痛めたのを覚えてる。
ただその恋心を誰かに語ったことは決してない。自分一人の胸に秘めてたはずだった。
知らぬ間に寝言か何かで、母か保母さんに聞かれてしまったとか?
記憶をすり替えてるだけで、誰かにどこかで初恋を語ったのかも知れない。
ともかく、中身を。
私は本文を開いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
放課後の生徒会室
志月さら
恋愛
春日知佳はある日の放課後、生徒会室で必死におしっこを我慢していた。幼馴染の三好司が書類の存在を忘れていて、生徒会長の楠木旭は殺気立っている。そんな状況でトイレに行きたいと言い出すことができない知佳は、ついに彼らの前でおもらしをしてしまい――。
※この作品はpixiv、カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる