69 / 75
番外編
弥生ホリック(2) from 弥生's viewpoint
しおりを挟む頭を下げるしかなかった。
浮かれて、圭さんの事情を今の今まで考えてもなかった。
今さら後悔しても遅いけど、せめてドラマの撮影期間が過ぎるまで待てば良かった。
「あなたに書留を出すように言われたの私。それで去年、彼が熊本で無謀な仕事をした理由が分かった。」
くまたんに載せてしまったことだ。
それも何か…?
頭を上げてマネージャーさんを見つめた。
「圭君、あのせいで仕事できなくなる寸前だった。」
「そんな…」
圭さんの事務所から編集長に、非公認の掲載についての問い合わせがあったことは聞いてた。
でも、それしか聞いてない。
冬休みに会った時には圭さん、その話は一言もしなかった…
「彼を振り回すのは止めて。
鍵は渡さない。タレントを守るのも私の仕事だから。
それに、合鍵って本来いくつもいらないものでしょ?」
「どういう意味ですか?」
「修羅場って嫌じゃない?
私も持ってるもの、あの部屋の鍵。」
マネージャーさんは今はもう隠そうともしないで、冷ややかな笑みを浮かべた。
「あなたの身代わりって分かってるけど、いいの彼が好きだから。
優しくしてくれるし。」
***
どうしよう。
どこかホテルにでも泊まろうかな…
マネージャーさんはエレベーターに消えて行った。
圭さんの元へ帰ったんだろう。
彼女はさっき、裸の鍵とキーホルダーについた鍵を宙で並べて見せた。
それがどちらも合鍵で、キーホルダーに他についてたのは彼女自身の自宅の鍵かも知れない。
圭さんには会わない方が良い。
もし万が一、私と会ってたことがドラマの現場の人達の耳に入ったら、きっと圭さんの印象が悪くなる。
あのマネージャーさんの動向も怖かった。
私が責められるだけならいい。
圭さんに何か害が及ぶことは怖かった。
ポッカリと空いてしまった時間。
代わりに誰かに連絡を取ろうとは思わなかった。
圭さんに会ってたなら、きっとその人のことは思い浮かばなかったはず。
気のきかなさと薄情な自分に、嫌気がした。
スタジオの玄関に背を向けると、安いホテルの検索をしようとスマホを手にした。
そのわずかの動作の間に、着信音が鳴った。
画面に表示された名前に、懐かしさとホッとする安心感を思い出した。
「冬馬君?」
「夢から弥生さんが東京に来てるって聞いたんで。」
冬馬君は編集部をスッパリと辞めて、今年になって上京した。
師匠と呼べる人の元で、本人の言うには “修行してる" そうだ。
「どうしたの?」
「真田さんには会えたんですか?」
質問に質問で返してくる冬馬君。
それでも今は、誰かと繋がってることが嬉しかった。
冬馬君は不思議な人だ。
私が沈みそうなのをタイミング良く救い上げようとしてくれる。
「圭さん、まだ仕事中なの。」
「そうですか。今弥生さん、どこですか?」
「ここ? お台場。」
「混んでなければ10分で行けるんで、」
冬馬君は都会に染まってしまったのかと思った。
俗に言われる『チャラい』男の子になってしまったのかと…
「鬼の居ぬ間にデートしませんか?」
本当に冬馬君は10分程で現れた。
私は促されて冬馬君のミニバンの助手席に乗り込むと、後ろを振り返った。
そこには撮影機材が所狭しと積んであった。
「シートベルトして下さい。」
すぐにそれにしたがった時、圭さんからラインが届いた。
“鍵、受け取った?" って。
“部屋で待ってます"とだけ返信して、既読になったのを確認すると電源を落とした。
「デートなんて言うから、びっくりしちゃった。」
スマホをバッグにしまうと、車を走らせる冬馬君の横顔に話しかけた。
数ヶ月前まではよくこうして隣に乗せてもらって取材した。
私は今は一人で動き回ることが多い。
カメラの技術は完璧じゃないけど、もう冬馬君に頼ることはできない。
「真田さんと何かあったんですか?」
「ううん、何も。」
冬馬君はチラッと私を見たけど、それ以上追及されることはなかった。
「実は弥生さんにお願いがあって。」
「うん?」
「夢が、」
冬馬君は複雑な表情で苦笑いをした。
聞けば夢ちゃんが、バレンタインにチョコレートを送ってくれたのだと言う。
そのお返しにジュエリーを贈りたいそうだ。
そっか、明日はホワイトデーだ。
「夢ちゃん、喜ぶだろうね。」
「どうかな、真田さんみたいに高価な物は買えないから。」
冬馬君が言ってるのは、今私の指に嵌められてる指輪のことだ。
去年私の指のこれを見つけた夢ちゃんは、いかに高価な物かと編集部でこんこんと解説してくれた。
「そんなにするの?」
知らなかった。
世の女性が憧れてやまないジュエリーブランドで、その品質故に値段も張るそうだ。
ちなみに、私の指輪のいじり癖はそこから加速した。
なくしてないか、常に気になってしまうようになったからだ。
そんな私達のやり取りを、冬馬君も傍らで大した興味もなさそうに眺めてたっけ。
「冬馬君から贈られるなら、どんなものだって喜ぶに決まってる。」
幼馴染みの二人が、お互いに惹かれ合ってることは端から見てて分かってた。
それでも夢ちゃんは、写真家としての夢を追い掛ける冬馬君を止めることはしなかった。
もどかしい気もするけど、離れててもお互いを想い合ってるのが分かる。
いつもただ静観してる私まで、優しい気持ちになってしまう二人だった。
車はレインボーブリッジを渡り切った。
冬馬君は六本木にある商業施設の駐車場に車を停めた。
ここには有名な宝飾店の店舗がある。
冬馬君は私にアドバイスして欲しいと言ったから、一緒に車を降りた。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる