コガレル

タダノオーコ

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焦がれる理由

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防波堤での小休止を終えると、漁協を取材した。
これから旬を迎えるワタリガニやマダコの水揚げが記事にできそうだった。

一通り取材も終えると、冬馬君の運転する車で編集部へ戻った。

冬馬君はフリーのカメラマン。
地元の写真館の息子さんで、学生の修学旅行の同行や運動会の様子を撮影することもある。
そのピーク時や他に仕事が重ならない限り、タウン誌の撮影を手伝ってくれる。

今は私の取材に同行してくれることが多い。
冬馬君はカメラのシャッターボタンは押すけど取材はしない。
それでも取材初心者の私よりも、勝手知ったるで現場がスムーズになる。

なんとか仕事に慣れてきた今、私が撮影しながら取材すれば冬馬君の出番は減る。
それなのに同行してもらうのは、私のデジカメ撮影の腕に救い難いものがあったから。

初取材を終えて見せた私の画像に、編集長の頬は引き攣った。
食べ物を撮れば美味しそうに見えず、人物を撮れば顔に深い影を写した。

だから今は取材しながら、シチュエーションごとに上手く写せるコツを伝授してもらってる。
レフ板かざしたり、照明当てたり、何故か冬馬君のアシスタントのようになることもあるけど。


「ただいま、戻りました」

エレベーターもない雑居ビルの二階、
“くまたん編集部”
とプレートの貼られたドアを開けた。

「お帰りなさい、弥生さん」

そう私に声をかけてくれたのは、雑務事務、経理、兼留守番の夢ちゃん。

夢ちゃんは熊本生まれの熊本育ち。
都会に憧れながらも、

「熊本情報を発信する仕事に就いてしまった!」

って、頻繁に嘆いてる22歳。
冬馬君とは中学まで同じ学校、同級生だそうだ。

いつもは出迎えなんてしてくれないのに、何故か立ち上がってこちらに向かって来る。
私は押さえてたドアを、後ろから来た冬馬君にバトンタッチした。
冬馬君も夢ちゃんの行動に疑問を持ったみたい。

「どうした夢、右手と右足が同時に出てるぞ」

「さ、真田 圭…さんが、」

入ってすぐにカウンターがあって、それを越えたすぐ向こうが夢ちゃんのデスク。
夢ちゃんのデスクからスペースを開けて隣、向かい合わせに並べられてるのが、冬馬君と私のデスク。
さらにスペースを開けて窓際に編集長のデスク。
ちなみに編集長は夢ちゃんのお父さん。

“くまたん” はこのデスクの主達、四名で出来上がっていく。

夢ちゃんの変な歩き方を笑いながら、冬馬君はカメラバッグをデスクに下ろした。
私も自分のデスクに着くと、冬馬君と顔を見合わせて苦笑いした。

夢ちゃんは圭さんの大ファン。
夢ちゃんの口から、圭さんの名前が出ることは頻繁で、 “また始まったか…” の苦笑い。
私への圭さん情報の垂れ流しは、全て夢ちゃんによるものだった。

つい最近も、ワイドショーで見たベネチアでのタキシード姿が、夢ちゃんの腰を砕けさせたそうだ。

夢ちゃんの脇を通ってデスクに着いたのに、まだ変な歩き方で私を追って来た。

「笑かすな夢、嫁に行けなくなるぞ」

可笑しな夢ちゃんを笑う冬馬君の台詞に、堪らず私も笑ってしまう。

「弥生さん、さ、真田圭さんが、」
「うん、圭さんがどうしたの?」

何か新しい情報が入ったのか、って思った。
同時に夢ちゃんの止まらない慌て様から、私の笑いは止まった。
もしかして悪いニュースかと心臓がトクンと痛んだ。


「居ます」

「います?」

夢ちゃんの人差し指がゆっくりと持ち上がった。

斜めに振り返って見れば、編集長のデスクの横に書棚。
その横に会議室のドアがある。
指差されたのはその、今は開いてるドア。

電気が点いてたし、中の長テーブルで接客中の編集長には気づいてた。
ただ相手はこのデスクからの角度では見えなかった。
よくある日常的な光景、何も気にしてなかった。

事務用イスにギュルっと音をさせて、立ち上がった。
ゆっくりと会議室へ歩いた。
一歩づつ、見える角度が変わる。
編集長とテーブルを挟んで向かい合う人物。


「ホントだ、真田圭だ」

そう言ったのは、私の後ろから会議室をのぞき込んだ冬馬君だった。

「なんで、こんなとこに?」

この発言も冬馬君。
でも何故かそれを私に尋ねた。

ブンブンと頭を横に振ったのが答え。
私の方が聞きたい…

「随分にぎやかなんですね」

圭さんは私を見て敬語でそう言った。
不機嫌スイッチ、入った…

「真田さんは周辺を案内して欲しいそうだよ」

編集長も何故か私に声をかける。
もう訳が分からない。
あんなに恥ずかしい別れ方をしたのに、圭さんにこれ以上どんな顔を向けたらいいのか分からない。
私も編集長を見て答える。

「では夢ちゃんが良いと思います。私は何年もの間、熊本を離れていたので。まだ仕事も残っていますし」
「就業時間が終わるまで待ちますよ。葉山さんに連絡事項もありま…」
「編集長、今日は仕事が終わった後、約束があるんです、ね、冬馬君?」

圭さんの言葉にかぶせ気味で断りを入れた。
振り返ると冬馬君に目力で訴えた。
さっき海岸で有耶無耶にした食事の話を有効にしてもらうために。

「ん、あぁ、夕飯奢る約束ね」

良かった…
話を合わせてくれた冬馬君に感謝だった。
油断して圭さんへ視線を戻して、眉間にしわが刻まれる瞬間を見てしまったけど。

「編集長、」

圭さんは編集長を呼ぶと、耳元に話をした。
小声だから内容は全く分からない。

会話の終わり、編集長が胸に手の平を当てて、うんうんと頷いた。
その後、二人の身体は元の位置まで離れた。



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