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4話 送り狼になるつもりはなかったのに

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 店員の女性が慌てた様子で静弥たちの許へやってきたのは、食事を終えて席を立とうかと言う時だった。
「あっ、す、すいません! あの、清花先輩のお知り合いですよね!」
「そう、ですが……」
「今、清花先輩が酔ったお客さまに絡まれてて……! 助けてください!」
 女性店員の話によると、元々絡まれていたのは彼女のほうで、二階で宴会をしている客たちから酒を飲めと強要されたらしい。彼女ははまだ十八歳ということもあり、何とか断ろうとしていたそうだ。
 けれど、その客たちは「俺たちの勧める酒が飲めねぇってのか?」と、酔客にありがちなくだを巻いているらしい。
 見かねた清花が、横から助け船を出したそうだ。
「店長はどうしたんだ」
「それが、一応注意もしたんですが、常連のお客さんたちであまり強くも言えず……」 
 それで、まったく関係ない静弥たちを頼ろうと思ったらしい。
 カウンター席の向こうから気まずげに愛想笑いを向けてくる気の良さそうな初老男性の姿に、静弥は思わず呆れてしまった。 
 上客だから言いにくいという気持ちがまったく分からない訳ではないが、にしても彼には雇い主としてアルバイトを守る義務があるはずだ。
「海城、俺はちょっと二階に行ってくる」
「お、おう……」
 不機嫌な静弥の様子に海城が気圧されながら返事をした。
 静弥はそのまま、女性店員の先導で二階へと上がる。
 果たしてそこには、完全にできあがったサラリーマンらしき中年男十数名と、困った様子の清花がいた。
 あろうことか男の内の一人が清花の肩を抱き、なれなれしく胸元に視線を注いでいる。
 別の男が猪口を差し出し、「ほらほらさやかちゃん、もっと飲みなよ」などと押しつけるのを、清花は眉を下げながら何とか断ろうとしていた。
「あの、わたし仕事に戻らないといけませんので」
「ちょっとくらいいいじゃないか。このお酒、美味しいよ」
 男たちは大変上機嫌な様子で、にこにことしていたが、笑っている場合ではない。
 なぜならば清花はもう無理矢理酒を飲まされた後だったらしく、頬を桜色に染めて、ろれつも少し回っていない。
「清花ちゃん、たったこれだけでもう酔っちゃったのかな~?」
「かわいいねぇ」
 さすさす、と男の一人が清花の太股を撫でた。
 完全に静弥の逆鱗に触れた瞬間だった。
「失礼ですが、彼女を返していただきたい」
 一声掛けた後、静弥は強引に男たちの魔の手から清花を救い出す。
 腕を掴まれぐっと引っ張られた清花は、目を丸くして静弥を見つめた。
「かっ、筧さん? どうしてここに……っ」
 しかしその質問に答えるより先に、男たちの声がそれを遮った。
「おっおっ、兄ちゃん何だいいきなり!」
「もしかして、さやかちゃんのこれかい?」
 男の一人が、親指を立てる仕草をする。
 男たちは特に気を悪くした様子もなく、むしろ突然の闖入者に益々盛り上がってしまったようだ。赤ら顔を静弥に向けながら、興味津々といった様子で聞いてくる。
 どうやら根が悪い人間ではないらしいが、酔った勢いでセクハラをしたことは赦せない。
「あなたたちには関係ないことです」
 素っ気なく言って、清花の腕を引いてその場を立ち去る。
 静弥の背中に、男たちのやんややんやとはやし立てる声が投げかけられた。
「かーっ、いいねえ若いってのは!」
「さやかちゃんも隅におけないね、あんな男前の彼氏がいるなんてさ」
「か、かれしじゃありませんー!」
 ろれつの回らない口調で反論する清花を、もういいからと宥めて、静弥は一階へと連れ戻した。
 カウンターの向こうでは、先ほど静弥に助けを求めにきた女性店員が、はらはらした様子で待っている。
 店長は気まずかったのか、厨房のほうへと引っ込んでしまったようだ。
「あっ、ありがとうございます! 清花先輩っ、大丈夫ですか!? すいません、わたしのせいで……」
「うん、だいじょうぶだいじょうぶー。きにしないで、リエちゃん」
 間延びした声と赤い顔は、とても大丈夫そうには見えない。
 静弥は眉間に皺を寄せながら、ため息を吐いた。足下もおぼついていない様子だし、恐らく、相当度数の高い酒を飲まされたに違いない。
「君、さや……上条さんの家がどこにあるか知っているか?」
「えっと……確か、裕林町のほうだったかと思います。シュクールっていう名前だったかな。アパートに一人暮らしって聞いてます」
「……分かった」
 席に起きっぱなしだった鞄から財布を取り出し、海城へ一万円札を渡す。
「俺は、タクシーで彼女を送ってくる。悪いが、会計済ませといてくれ」
「ああ、分かった」
「さあ、行くぞ上条さん」
「んー……」
 呼びかければ、清花は既にうとうとして静弥の肩にもたれかかってきた。
 頬が熱を持つのは酒のせいだ、と心の中で言い訳をして、二人で店を出る。
「おい、静弥! 送り狼になるなよ!」
「……」
 三日間放置した生ゴミを見るような目で海城を見ると、静弥はぴしゃりと店の扉を閉めた。
 繁華街を歩き、大通りに出てからタクシーを拾う。その時になるともうほとんど清花は夢と現実の狭間を行ったり来たりしているようで、ムニャムニャ言いながら静弥の胸に頭を擦りつけてくる始末だ。
「っ……!!」
 静弥はほとんど泣きそうになりながら、ぎゅっと掌に爪を食い込ませた。痛みでも与えなければ、意識がどこか彼方に飛んでいってしまいそうだった。
 タクシーの運転手は、そんな二人のことを恋人同士とでも思ったのだろう。微笑ましげな表情を、ミラー越しに向ける。
「お客さん、どちらまで?」
「裕林町の、シュクールというアパートなんですが、分かりますか」
「シュクール、ですか……」
 ちょっとお待ち下さいね、と前置きした上で、運転手はナビを弄り始めた。
 そうしてしばらく画面を操作する音が車内に響いていたが、やがて申し訳なさそうな答えが返ってくる。
「すいません、ちょっと該当する建物が見つからないみたいですね」
「え……?」
 確かに先ほど、あのリエと言う女店員は『シュクール』と言っていたと思うのだが。
 あわててスマートフォンを取り出し店に電話をかけたが、繋がらなかった。恐らく忙しいのだろう。
 困り果てた静弥は、目を閉じてもたれかかる清花をじっと見つめた。
 やがて決心したように運転手に視線を移すと、できるだけ冷静な声を心がけながらこう告げる。
「……では、葉座見町二丁目のアルベールヴィル・マンションまで」
「はい、分かりました」
 今度は一発で通じたらしく、運転手がほっとしたように頷く。
 ゆっくりと走り出した車の微振動を感じながら、静弥は心の中で天を仰いだのだった。
 どうしてこうなったんだ……と。
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