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小瓶と手紙
しおりを挟むこの間、地元に帰った時の話。
「サキ!久しぶりじゃん。元気にしていた?」
待ち合わせの居酒屋に入るとツボミが待っていた。保育園の時から高校までずっと一緒の幼なじみだ。
「サキがこの街出てもう6年でしょ。私たち24かあ。早いねえ。」
レモンサワー片手にしみじみツボミは言った。彼女は高校を出てずっと付き合っていたバイト先の人と結婚して、もう4歳の男の子のお母さんだ。
「今日はカズくんと空ちゃんは大丈夫なの?」と私が聞く。
「カズの実家に行ってるよ。」ともうすでに2杯目を終えたツボミは答えた。今日は飲みそうだ。
「で、本題。」ツボミは目をじっと見て言う。
「チャラン♫『サキはどうして今年は帰ってきたんでしょうか?』」クイズ番組の問題のように聞いてきた。
「A、突然ふるさとが懐かしくなって。B、初恋の人を思い出して。C、何か報告しに来た。さあ、どれ?」
私は答えた。「C。」
興奮してツボミが乗り出す。「えっ、何何??もしかして…♡♡」ものすごくにやけた顔が口に当てた手から溢れている。
「あんたの期待通りよ。ツボミ。どうやら結婚することになりそうなの。」
「えーーーーー!!!!!まじか!!!!!!おめでとーーーーー!!!!!」
店中に響き渡る声でツボミが叫ぶ。
「ちょっと、恥ずかしいんですけど。」
「まあ、どうせ田舎だしすぐ広まるでしょ。それよりさ、付き合ってた彼がいたの知らなかったんだけど、誰誰?」
「カケルさんって言うの。歳は私たちより2つ上かな。付き合って1年経った。」
「どこで出会ったの?」ツボミはすっかり興奮している。
「マッチングアプリ。」と私は言った。
「え…まっちんぐ…。」興奮が急に冷や水かけられたように鎮まった。
「言いたいことはわかる。でも、今じゃ誰でも使ってるよ。」私は言った。
「いや、別にアプリはいいの。全然いい。ただ、何かこう、ロマンチックな出会いを想像していたからさあ…サキは美人だし。」ツボミは空いたグラスを見ながらそう呟いた。ちょっと拗ねた横顔が昔から変わらない。
「で、写真は?」完全に目が据わったツボミが聞く。
私はスマートフォンから彼と一緒に出掛けた時のツーショットを見せた。
「えっ!?この人???かっこいい!!!!背高いし、お洒落だし、色白くて綺麗だし。この時計だってさ、◯◯の新作でしょ?やば!!」またツボミは興奮した。「仕事、何している人なの??」
「フリーランスのデザイナーだよ。」私は言った。
「へえ、サキと同じなんだね!!アプリって色んな人いるんだ!見直したわ!」
「私は別に何もしてないし、たまたま出会えただけなんだけどね。向こうは結構苦労人で、お家も大変みたいだけれど…私には勿体ない人。」
「サキみたいな美人で、スタイル良くて、しかも今売れっ子の人気デザイナーなら当然よ!はーびっくりしたわ!!」また声が大きくなっていた。
そう。私はカケルさんとおそらく結婚する。顔合わせする前にこの遅めのお盆帰省で親に直接言おうと思い、久々に休暇を得ることができたのでこうして戻ってきたわけだ。でも、ツボミに報告と仲直りがしたいと思っていたのが本心だ。
「はい。これお土産。」私は紙袋をツボミに渡した。
「わ!ありがとう~中見ちゃお!…あっ!これ△△のネイルだ!欲しかったんだ!このキャラ空めっちゃ好きなんだよねー!しかもご当地Tシャツだし。ああ、これ絶対カズ好きなやつだわ~あいつ酒もだけどつまみのこだわり半端ないからなあ…ナイスチョイスだわ。ありがとう!!」
よかった。1ヶ月前からネットで検索しまくった甲斐があった。
「あと、もうひとつツボミに。これ。」私は小さな箱を渡した。
ツボミは中を開けた。「なにこれ?きれい…。」
それは赤い色ガラスの、金箔の繊細な装飾が美しい小瓶だった。
「雑貨屋で見つけたエジプトの香水瓶だよ。そこに私がツボミにおすすめの香水を詰めたの。元気が欲しい時につけてみてね。」と私は言った。
「うん!あとで試してみるね!ありがとう!」ツボミが言う。
そして、「私からも。」と紙袋を渡された。中身は地元の名産の果物のコンポートに、珈琲豆、そして手紙が入ってた。
「ごめん大したものじゃなくて。」恥ずかしそうにツボミが言う。
「そんなことないよ。忙しい中ありがとう。嬉しい。それに、カズ君の店の珈琲好きだもん。大事に飲むね。」と私は言った。
積もる話がある私たちは大いに語った。
夜の9時頃「やっぱり空が気になって。おととい熱出てまだ風邪気味だし。ごめんね。」と言ってツボミは車でカズ君に迎えにきてもらって帰っていった。そして私も実家に帰った。
次の日、休暇をもらってはいたが同期からメッセージが送られてきた。急にクライアントから会社に朝連絡が来たそうで、早々に帰った方が良さそうだと判断した私は帰る支度をしていた。昼食を終えた頃、カズくんが車で私たちの家にやってきた。
「ツボミは?」
「えっ、いないけど。何かあったの?」
そう聞くと、大粒の汗をかいたカズくんは言った。
「昨日、実はあの後ツボミと喧嘩して。あいつ車の中で何かイラついてて話しかけても聞こえないようで、俺もつい空をやっと寝かしつけたところで疲れていたから腹立ってさ、家の近くのコンビニで頭冷したらって降ろしたんだよ。向こうも、『歩いて帰るから。』って言って。その後メッセージ送ったり電話したけど『ごめん、サキの家に泊るから。また明日。』ってだけ来てさ。」そう言ってカズくんはメッセージの画面を見せてきた。
「そうか、ここにいないか。心当たりを探してみるよ。」カズくんは焦りながらもやっぱりな、という風な声で車に乗って戻っていった。
「ツボミ、もうカズくん帰ったよ。」
私は自分の部屋でつぶやいた。
昨晩、私は帰ってツボミの手紙を読んだ。
「助けて。カズが怖い。今スマホも、SNSもGPSで居場所も掴まれて見られている。盗聴器が仕掛けられてるかもしれない。アナログだけど手紙ならいけると思って書いてみたの。あいつは浮気もしてるし、空のことは可愛がって手を出さないけど私のことは殴るの。外ではいい顔しているけれど、家では違うの。みんないい人だねって言うの。空のことや親や周りのこと考えるとずっと我慢してたけど、もう限界。逃げるなら今しかないと思ったの。お願いサキ。私を一緒にこの街から連れ出して。」
カズくんが、ツボミが私と飲みに行った帰り苛立っていたといっていたけれど想像がつく。ツボミは、見栄っ張りだ。容姿、肩書き、ブランド、そういうのに弱い。多分私が羨ましかったのだろう。そうして、元モデルだというカズくんに惹かれてあっさり結婚してしまった。外見しか見ていないのだ。何となく妙に人当たりのよいカズくんが危うい匂いを孕んでいることに私は気づいていた。私は結婚に反対してツボミと喧嘩別れしてしまっていたのだ。地元を出た後も、はじめはささいなことでもメッセージが来ていたが次第に向こうからは来なくなった。SNSの投稿もなくなった。私の予想は確信に変わっていた。
「だからさ、あんたの好きそうな人にしたんだよ。私はさ——。」
押し入れの襖を開けると黒猫がしなやかに出てきた。目は翡翠のような緑色だ。
「あんたのことが好きだったから。」
猫を抱きしめると香水の匂いがした。
あの後、警察に事情聴取されたが私のアリバイは立証され疑いは晴れた。カズくんからはツボミから連絡がきたら教えてくれと言われた。
20代女性行方不明のニュースを目にしなくなってしばらく経った頃。私は郊外の広くて眺めのいい部屋に引っ越していた。仕事を在宅に変えた。お茶をゆっくり飲むのが至福の時間だ。
窓を開けて部屋に風を通す。ああ、気持ちいい。
猫たちに食事を与える。この間の黒猫と、彼の家から連れてきた白い猫に。
「もう何も悩まなくていいんだよ。二人とも。」
夕陽に照らされた二匹の首輪の鈴がちりんと鳴った。
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