上 下
5 / 11
本編

第5話

しおりを挟む
「それでは!高橋さんの結婚と、新たな門出を祝して乾杯!!」
「乾杯!!」
グラスの鳴る音がし、皆思い思いに頼んだドリンクを飲んでいる。
薄暗い居酒屋の個室には、椿を含めて五人の同僚が居た。
椿は少し困ったように微笑むと、隣の同僚……佐々木に小さく声をかける。
「……ねえ、他の人たちは?」
「ん、誘ってないよ。言ってなかったっけ?」
「………」
今回は、園主催の送別会だと聞いていた。
だから、園に勤める同僚は皆参加するものだと椿は思っていたのだ。
ところが、蓋を開けてみれば集まったのは自分を含めたったの五人。
「今日は園主催だって聞いたけど……」
椿はそういうと、佐々木は苦笑いをしながら『まあまあ』と椿を宥めた。
「だっておまえ、園の行事以外来ないじゃん?だからさ」
「………」
椿は僅かに眉を下げると、小さく吐息をつく。
「怒るなよ、高橋さんがどうしてもおまえを呼びたいって言ってんだよ」
「怒ってはいないよ」
椿はそういうと、ビールに口をつける。
まあ、来てしまったものは仕方がない。
適当に理由をつけて途中で帰ろう。
椿はそう決めると、料理に箸をつけた。
「ねえねえ、古谷さん!古谷さんって彼女いるんですか?」
不意に高橋が椿にそう質す。
「彼女?」
椿は困ったように微笑みながら聞き返した。
「そう、彼女!古谷さんモテそうだし、いるのかなー?」
既に、一杯目のビールを秒殺して軽く出来上がっていた水谷が、そう矢継ぎ早に質問をする。
「……いや、彼女は……」
「えー?!もしかしていないんですかーーー?!」
きゃあきゃあとはしゃぐ女性陣に苦笑すると、椿は口を噤んだ。
実際彼女はいない。
しかし、それは椿の場合イコール恋人がいないという意味ではないのだ。
しかし、それをどこまで説明して良いものかは分からない。
椿は曖昧に笑うとビールを口にする。
「上田さん、彼氏いないんじゃ無かった?古谷なんてどう?」
「ええー!私なんかでいいんですか?!私は全然オッケーですよ!」
椿は形だけ微笑みをたやさずに、四人の話を聞いている。
「どうよ、古谷?」
佐々木の言葉に、椿は穏やかに答える。
「上田さんは綺麗だし、優しいし……俺なんかにはもったいないよ」
やんわりとそういうと、佐々木は椿の背をバシッと叩く。
「んなことないって!すげーお似合い!」
「そんなこと言ったら上田さんに迷惑だよ」
椿の言葉に、上田はブンブンと首を振る。
「そんな事ないです!」
「やだー春奈!めっちゃ乗り気!」
水谷はそう言って上田を囃し立てると、上田……春奈は顔を赤くした。
「もうさ、付き合っちゃえよ!」
佐々木の言葉に、椿はやんわりと首を振る。
「いや、流石にそれは暴論すぎるよ」
「んな事ないって!……あ、お姉さん!こっちビール追加!」
「あ、こっちもお願いしまーす!」
椿を除き、どんどんとメンバーは杯を空けていく。
椿は少し眉を下げると、佐々木に目配せをした。
「ちょっと……ペースが早くないか?」
「そうかー?ほら、おまえも飲めよ!」
佐々木はそう言うと、椿のグラスにビールを注ぐ。
「いや……俺はそろそろ……」
椿がそう言って席を立とうとすると、いつのまにか隣に座っていた春奈が椿の腕を掴む。
「ええー、古谷さん帰っちゃうんですかぁ~?!わたし、ずっとこうやって古谷さんとお話ししたいなーって思ってたんですよー!」
春奈はそう言うと、椿を再び席に座らせる。
「………」
困ったような顔で再び席に座ると、椿は聞こえないように小さくため息をついた。
しおりを挟む

処理中です...